2. ジェイド・アレース・ハルク
大陸には七つの国がある。その中でもラスタ王国は最も領地が広く、経済も農業も豊かで平和な国だ。かつてはその領土を侵略しようと軍事的な国同士の衝突や魔物や魔獣による攻撃はあったものの、王国騎士団が活躍し、国を守って来た。
その中でもこの三〇年、鉄壁な守りを貫いて来たのは魔聖と呼ばれる位の魔法使いであり、騎士団長でもあるジェイド・アレース・ハルク侯爵の存在だった。平民だった彼は幼い時から三種の魔法属性を持ち、その才能を買われ、十七歳の成人の儀と同時に騎士団へと入隊した。
当時、前国王が崩御し、現国王が即位する混乱に乗じて、敵対国であったナスディ国が大陸協定を破り、魔物を使役して侵略を図ろうとしたが、先陣を切って活躍したのがジェイドだった。
最小限の被害とナスディ国を潰した活躍に国から伯爵の称号と領地を賜り、王族の従兄弟にあたるピアナ嬢と恋愛の末、十九歳の時に結婚。数々の魔物討伐でもその力は遺憾無く発揮され、後に侯爵に昇格。ラスタの守護竜とまで呼ばれた。四十七歳になった今も現役で騎士団長を務めてている。
茶色く短い髪、切れ長の焦げ茶色の瞳にたくましく鍛え抜かれた身体は齢四十を過ぎても衰えることはない。戦いの時に見せる冷酷な表情とは裏腹に、普段見せる笑顔はくしゃっとして可愛らしい。
一人息子のユルゲイはジェイドとは全く正反対の分野で頭脳を発揮し、王宮で財務省の長として働き、孫にあたるカインは七歳になった。
魔法と言われる不思議な力は基本、火、水、土、風、の属性が¥あり、一人の人間は一つの属性しか持たない。
ところがジェイドは水、土、風の三つの属性を持ち、同時に操れる。その魔力量はかなり膨大でそれに耐えきれるだけの器も兼ね備えている。剣の腕と魔力で国を救ってきた英雄である。
普通、王国騎士団は四十歳を過ぎる頃には引退する。ところがジェイドはラスタ王であるラジール国王からの信頼が厚く、現役続行を懇願され、未だに引退できない。
「団長、遅くなりすみません。…これは!」
副団長のマリウスが6人の兵を連れ、部屋に入ってくるなり先程の騎士2人と同じリアクションをした。
「…間に合わなかった。捜索願いが出てたのは二人だったよな?」
ジェイドは抱えた少女の背中の奴隷紋を隠すように自分のマントで包む。マリウス副団長は懐から子供の顔が念写された紙を取り出した。
「イーゼル子爵とハンス商会のお嬢さんです。二人とも5歳で…」
マリウスはそう言って念写された絵姿と横たわる四人の子供の顔を見比べた。
「…この子とこの子ですね。なんてひどい…アイツがやったんですか?」
マリウスは暖炉の横でうつ伏せに死んでいるバッカムを睨みながら尋ねる。
「ああ。奴隷の焼印を押した後に首をかき切りやがった」
「バッカムは団長が?」
「いや。魔物が憑いてたみたいだが…俺が来たときにはもう死んでいた」
マリウスは不思議そうにバッカムの遺体を見つめる。たくさんの返り血を浴び、手には焼印を握っている。
「外傷がないですね」
「死因がわかるか?」
「ちょっと待って下さい」
マリウスはバッカムに手をかざす。
「火傷の跡も切り傷もない。おかしいな…窒息死みたいですが首を絞められた痕もなく」
不思議そうに首を傾げるマリウスにジェイドは口をつぐみ、自分の腕の中に眠る小さな少女の顔を見つめた。
間違いない。バッカムを殺したのはこの少女で間違いない。ただ、何魔法でだ?
「ジオルグの兵士から聞いた話ですが、先週、ジオルグの郊外の屋敷で同じくらいの歳の女児の遺体が8体見つかったそうです」
「それも奴隷商の仕業か?」
「それがまだ捕まっておらず…。まぁまだ国が混乱の最中ですからね。ですが、今、ジオルグとラスタ王国との国境は警備が厳しく、このバッカムがジオルグでやらかしたとは考えにくいですね」
「我が国は奴隷禁止だ。おそらくバッカムはこの4人…いや、5人の子を誘拐してジオルグに売り飛ばす手筈だったんだろう」
「じゃあ、この子たちもラスタの?」
「ああ。おそらく平民の子だろう。念写で親を探してやれ」
「その子は生きてるんですよね? それならその子の念写も…」
「…いや、この子はいい。心当たりがある。おそらくこの子の家族は…。マリウス、4人死亡、一人孤児を救出と報告しておいてくれ」
「孤児ですか?」
「ああ…」
何やら思い詰めたジェイドの表情にマリウスは「はい」と頷いた。
「それと、この責任は俺がとる」
ジェイドはそう言って少女を抱えたまま、館を出て行った。