16. 学園生活
スタークが高等魔法学校に編入してくると案の定、すごい騒ぎになった。元々人気だったのに更に背も伸び、格好良くなったスタークを一目見ようと他の学年の女生徒達がスタークのいる教室を覗きに来たり、休み時間には勇気のある令嬢達が声をかけてくる。
「なんか、スタークの人気、前よりひどくなってない?」
食堂の隅の方に座り、カインはスタークに耳打ちした。女子生徒達が遠巻きにチラチラとこちらを見てくる。
「多分…俺だけのじゃない気がする。まぁ…久々に学校に戻って来たから珍しいんだろ。そのうち冷めるさ」
スタークは気にする様子もなく、サラダを食べる。
「あ、アリアだ」
食堂に入って来たアリアとキャロラインを見つけるとカインは立ち上がり、手を振った。
「アリア、こっちこっち!」
ただでさえ目立つのに、カインはうっかり大きな声でアリア達に声をかけた。
__うわ…お兄様、やってくれたわね、、注目の的じゃない…
アリアはため息を吐いてキャロラインを見た。
「無視できないわよ、見て、あの満面の笑顔」
キャロラインはそう言ってアリアに行って来いと言わんばかりに笑う。
「お兄様は私がキャロラインと友達になったって喜んでたわ」
「え? わ、私は遠慮するわ…」
アリアはニヤリと笑い、キャロラインの手を握り、カイン達の場所へと道連れにした。
「ここ、座りなよ」
「あ、うん、ありがとう、お兄様」
早朝、アリアはスタークとカインと三人で街中を走った。カインは途中で騎士団の朝稽古に行ってしまった。スタークがアリアを屋敷まで送ってくれたので、会うのは朝ぶりである。
スタークは初めて見るアリアの制服姿に一瞬見惚れてしまう。
「…アリア、制服似合ってるね」
「そう? ありがとう。スターク、紹介するわ。お友達の…」
「キャロライン・マーキュリー・エルビスです」
「どうも、スターク・ステイサムだ、よろしく」
スタークの笑顔にキャロラインは少し緊張して顔を赤くした。
初等魔法学校の時、二学年上のスタークを校内で見たことがあった。あの頃は学年が上だし、話す機会などない。ただ、クラスのませた貴族令嬢達数人がスタークのファンだったのは覚えている。
__こんなイケメンに微笑まれたら誰だってのぼせちゃうわ。
「これは毒だわ…」
ボソッと呟き、アリアの横に座った。女子生徒の視線が痛い。
自分の眼の前にキラキラとオーラを放つイケメン二人が座ってる。キャロラインはそのキラキラにあてられないよう、アリアの方を見た。アリアも眩しいくらい美しい。
__見慣れたけど、そう言えば、アリアも同じ人種だったわ。
「…はぁ」
「ん?キャロライン、どうかした?」
「あなた達のキラキラ、どうにかならないの?」
「きらきらって? あ〜、この二人?」
「あなたもよ」
キャロラインはそう言ってアリアの鼻をつまんだ。
「午後から初めての剣術の授業があるの。女子は希望者だけらしいんだけど、私の他にも四人いるんだって」
アリアは楽しみな表情でスープを飲む。
「キャロラインは剣術は希望しなかったの?」
カインの質問にキャロラインは頷いた。
「貴族令嬢は剣なんて普通は使えませんわ。剣なんて持ったこともありませんし」
「え? じゃあ何を持つの?」
アリアはキョトンとしてキャロラインを見る。
「持つ持たないじゃないのよ。そりゃ、アリアはあのハルク元侯爵の孫だから当たり前かもしれないけど、親が騎士じゃない限り、令嬢は剣なんて触ることもないし、貴族令嬢なんていずれは政略結婚の駒でしかないんだから」
「政略結婚…」
「私の家だって元々商家で、爵位を買ったの。だから私の父は私を伯爵以上の家に嫁がせたいみたい」
「自分の結婚相手を爵位で親が決めるなんて納得いかないわ」
「私もそう思うわ。だから私は、成人するまでに何か自分の商売を立ち上げて、親をギャフンと言わせるの」
「へぇ、カッコいいな、キャロライン」
カインの言葉にキャロラインは赤くなる。こんな話をしても今までは鼻で笑われるだけだった。
「じゃあ魔法学校に入ったのも目的があるんだ?」
スタークはキャロラインに尋ねる。
「はい。もちろん、貴族社会のコネを広げるのも目的ですが、私、魔道具を開発して商品化したいんです」
「それ、かなり面白いね」
「ほんと。キャロライン、すごい」
アリアとカインの目がキラキラしている。この兄妹は感受性が豊かなのか、すぐに感動して表情に現れる。
「僕が留学していたカラパイトではここより魔道具の種類が多かったな。例えば、暑い場所で風を送る道具とか。水を集める道具とか」
「スターク様!その話、もっとお聞かせ願いますか?!」
前のめりになるキャロラインを見てアリアが言った。
「キャロラインのほうがキラキラしてるじゃない」
「キラキラ…ギラギラだね」
カインの言葉にキャロラインは顔を赤くし、スタークが笑った。
剣術の授業が始まった。五人以外は全員男子生徒で、小等部でも剣術の授業はあったため、全員が経験者である。
女子生徒達は稽古着のパンツ姿に着替え、髪を縛る。
「二人一組で戦ってください。決して魔法は使わないように、防御もです」
剣術の教師、ハリスがそう伝えると生徒達は次々とペアを組んで行く。四人の女子生徒はアリアに見せつけるようにペアを組み、当然一人ぼっちのアリアはあふれた。皆が影でクスクスと笑うが、アリアは別に気にしてはない。
「先生、ペアがいません」
ハリスは最初から理解していたかのように頷き、木剣をアリアに渡した。
「でしょうね。あの中に君ほど掌にマメを作っている生徒はいません。僭越ながら、私が相手をしよう」
「本当ですか!?」
アリアは嬉しくて笑顔を見せるとハリスの無表情だった顔が釣られてほころんだ。
「恐ろしい、その笑顔も武器ですね」
黒髪に茶色の瞳、剣術の教師と言うには線が細い。しかし服の下は鍛えられた身体があり、その鋭い眼差しに睨まれると普通の人間なら動けなくなる。
ハリスが構えるとアリアの顔から笑顔が消えた。ハリスはその空気の変化にゾクッとし、斬り掛かって来たアリアの剣を剣で受け止めた。
『ガシッ』
手が痺れるくらいの衝撃にハリスは後ろに飛ぶが、アリアは容赦なく打ち込んで来る。剣で止めるのが精一杯で反撃の余地を与えてくれない。
木剣の重なり合う音の凄さと二人の速さに生徒達は唖然として見ている。力はハリスの方が上だが、スピードはアリアが速い。剣で受けて逃げるのに精一杯で反撃する暇を与えない。ハリスは一旦体勢を整えようと大きく身を翻した。アリアは執拗に剣で襲い掛かってくるがハリスは距離を取り、反撃を試みる。アリアは反射的に防御魔法を使おうとするが、最初に魔法禁止言われたことを思い出し、一瞬躊躇った。
「!」
『カラン』
アリアの剣がハリスに弾かれ、地面に落ちた。
「参りました」
アリアはそう言って頭を下げた。なんとか教師としての面目が立ち、ハリスは少しホッとしてため息を吐いた。
「カインが一年だった頃より今の君の方が強いな」
アリアはその言葉を聞いて嬉しそうに微笑んだ。男子生徒達が呆然と立ち尽くしたまま、その笑顔に見惚れている。
「ジェイド師に習ったのにカインとまるで戦い方が違うのですね」
「お祖父様は私が女だから、力ではなく、速さで攻めるよう、私に合った戦い方を教えてくれました」
「さすがですね」
「ハリス先生はお祖父様を知っているのですか?」
「ええ。私も昔は騎士団にいたので。所属は違いましたが何度も稽古を付けてもらいました」
ハリスはまだ呆然と立ち尽くす生徒達を見て言った。
「貴族の嗜みで剣術を習いたい者と、本気で目指したい者を選別する必要がある。本気とは今見た通りだ。目的が違う者同士を同じ授業内容にするわけにはいかないからな。どちらも正解で、どちらの目的も大事だ。まずはその実力を見せてくれ」
ハリスのかけ声で生徒達は少し興奮気味に戦い始めた。
放課後、アリアとキャロラインが教室を出た所で上級生の女子生徒四人に呼び止められた。
「ハルク侯爵嬢にお話があるの。エルビス伯爵嬢は外してくれないかしら」
気位の高そうな上級生の令嬢に周りは見て見ぬふりをする。キャロラインは心配そうにアリアを見つめるがアリアはキャロラインに目でその場を立ち去るように合図をする。キャロラインは頷き、その場を離れた。
上級生達はブレザーに付けてあるピンバッジで二人が三年生でもう二人が二年生だと分かる。
「あなた、どういうつもり? あなたみたいな人がスターク様を呼び捨てにするなんて許されると思ってるの?」
__あぁ、そっちの話ね。
アリアは自分が平民出身の元孤児であると言う出自に対しての嫌がらせだと思っていたのに、スタークの名が出たことで令嬢達が何を言いたいかを理解した。
確かに、スタークは王弟であるステイサム公爵の孫であり、目上の存在だ。アリアはこの令嬢達の方が正しいと思い、頷き、微笑んだ。
「…そうですね。私が間違っていました。これからはわきまえて接しますね。ご忠告、ありがとうございます」
「な…、何よ、口から出まかせでしょ!」
「そ、そうよ!」
案外素直な返事に拍子抜けしたのか、二年生の二人はたじろぐ。見かねた一番プライドの高そうな三年生の令嬢がアリアを見下すように冷たい視線を落としながら口を開いた。
「分かってないわね」
緑色の瞳に艶のある茶色い髪に高価な銀の髪飾りを付け、香水の香りをまとったその令嬢は貴族の中でも力のあるサイナス公爵のカリナ令嬢だった。
「そもそも…平民出身の孤児のくせにこの学校にいること自体、分不相応なのよ」
__うわぁ…やな言い方。同じセリフでもこの人が言うと迫力あるわね。
アリアはそう呑気に思いながらどう対処しようかと考察する。
__キャロラインが、女同士のやっかみは面倒だから、はいはい頷いてその場を流した方がいいと言ってたけど。
「そうですね、分不相応ですので大人しくしておきますわ。どうぞ、お目汚し、お許し下さい」
そう言ったものの、誰がどう見ても美しく気品のあるアリアの口から出たセリフはそれ自体不相応である。
カリナ嬢の顔が先ほどより怒りに満ちている。
__あれ…間違えたかしら、、
「えっと…私のような者に構わず…」
アリアは慌てて付け足そうと口を開くが、怯えもせず、堂々とカリナの目を見て発言する様子にカッとなる。
「ふざけないで…」
カリナ嬢が右手でアリアを平手打ちしようとした時だった。
「…カリナ嬢ともあろう方が珍しい。だが、ここは身分差もない、平等な校内だ」
止めに入ったのは赤髪のピエール第四王子だった。厳しい声色にカリナ嬢もハッとする。
__あぁ、余計に面倒臭い
「ぴ、ピエール様…わ、私はただ…」
「…この方々は私の至らぬ所を指摘してくださっただけですわ」
アリアはそう言ってカリナ嬢を見た。
「ご忠告、ありがとうございました、では、私は失礼しま…」
ピエールは立ち去ろうとしたアリアの手を掴む。
「アリア嬢、私の馬車で屋敷まで送ろう。忠告にしろ、なんにしろ、上級生に囲まれては怖かっただろう?」
「あ、いえ、まったく…大丈夫ですので…」
「遠慮せずとも…」
また強引なピエールの申し出にアリアはかなり困っている。
「アリア!」
廊下を慌てて走って来たカインがピエールからアリアの手を引き離した。
「あ~、ごめんね、アリア。授業終わったら買い物に行くから迎えに来るって約束したのに。僕、先生から用事で呼び出されて。あれ、ピエール様、カリナ嬢も妹に何かご用ですか?」
カインはわざとらしく二人を見た。
「お兄様、遅いわ。なんでもないの、ちょっとした勘違いでピエール様が声をかけてくださっただけ。さ、買い物に行かなくては」
「…ふぅん、ピエール様、婚約者のティアナ様はお元気ですか?」
「ん、ああ、なんで今ティアナ嬢のことを…」
「先日のお茶会でアリアが、ティアナ嬢を見て綺麗な方だと。さすがピエール様の婚約者でお似合いだと言ってましたよ」
「あ、ああ」
「ええ、本当にお似合いですわ。では、お兄様、行きましょう。失礼いたします」
アリアはピエールと上級生にカーテシーをしてカインと共にその場を去った。
「はぁ…ありがとう、お兄様。キャロラインが伝えてくれたのでしょ?」
「うん。スタークも駆けつけようとしたんだけど、あのカリナ嬢のことだから、きっとスターク絡みだと思って僕だけにしたんだ。まさかピエールまでいるとは…」
「お兄様、ここまだ学校だから、様、付けて。どこで誰が聞いてるか分からないわよ」
「アリアって、意外に淑女のフリ上手だよね」
「お兄様がうっかりなだけだわ」
二人が校門に向かって行くとキャロラインとスタークが二人を待ち伏せていた。四人は歩いて街のカフェへと向かう。そこはキャロラインのエルビス家が経営するカフェだった。
「大丈夫だった?アリア。 カリナ様、結構厳しいから」
「ありがとう、キャロライン。お兄様が来る前にもっと厄介な人が来ちゃったけど」
「まさかピエール王子が来たの?」
スタークが心配そうにアリアを見る。
「そう。こちらが穏便に済ませようとしてたのに、ピエール様が入って来て、馬車で送るって」
「ちゃっかりアリアの手を握ってたんだ。ったく、油断も隙もない」
カインの言葉にスタークが小さく舌打ちをするのをキャロラインだけが聞こえていた。キャロラインは一人でニヤリと笑い、アリアを見る。
「何?」
「別に」
「そうそう、キャロラインが女のやっかみは面倒だから、はいはいって流せばいいって言ったでしょ?」
「ええ」
「うまくいかなかったわ。逆に怒って平手打ちしてこようとしたもの」
「なんて言ったの?」
「分不相応だから大人しくしておきますって。お目汚ししてすみませんって」
「お目汚しって」
キャロラインもスタークもプッと吹き出す。
「何?」
「アリアが言ったらただの嫌味にしかならないわよ」
「なんでよ。笑ってるけど、そもそも呼び出されたのってスタークのせいよ?」
「やっぱりそうか」
「でも、あの令嬢達の言う事は正しかったわ。スタークの呼び方、怒られたの」
「ああ、確かに」
キャロラインは納得する。
「これからはスターク様って呼ぶわ」
「それは…そんなの俺は気にしないけど」
スタークは焦ってそう言ってはみたものの、そのことによりアリアが咎められるのも困る。
「えー、僕も様付けないとダメかな?」
「勘弁してくれ、そもそも学校では爵位など関係ないし…アリアもカインも友達だ」
「カイン様は男性だし、スターク様と同じ年ですもの、ある程度許容されても、アリアは年も下だし、女性が男性を、呼び捨てにするのはやはり問題になりかねないですわ」
「じゃあせめて…学校の中だけにしといてくれ」
「わかったわ。でも私、学校の中では二人とは距離を置こうと思ってるの」
「ええ!? なんで!?」
カインもスタークも紅茶を飲む手を止める。
「だって、二人とも目立つんだもの」
「や、でも、、」
「女の嫉妬って、結構怖いのよ? 怖いってよりも、いちいち面倒臭いわ」
「でも、、僕はアリアに変な虫がつかないよう父上と母上から託されてるんだ」
カインは必死にそう言ってはみるが、アリアは平気そうに紅茶を飲んでいる。
「虫なんて怖くないわ。そもそも王都に虫なんてあんまりいないじゃない」
「その虫じゃなくて…」
残念そうな顔をするカインとスタークにキャロラインは得意げな顔をして紅茶を飲む。
「私、スターク様とアリアの問題を一気に解決する方法、知ってますわ。でもその前に、皆さんに召し上がって頂きたいものがあるの」
キャロラインはカフェの店員を一人呼び、「そろそろあれを四人分お持ちして」と言いつけた。
ニコニコした表情で店員が持って来たのはイチゴやリンゴ、バナナやブドウなどの果物が載った皿と焦げ茶色の何かが入っている器だった。甘く薫るチョコレートだ。店員はそのチョコレートの器をテーブルの中央に置く。
「何、これ、溶けたチョコレート?」
「そうよ」
「溶けてたら食べれないわ」
「こうやって食べるの」
キャロラインはイチゴをフォークで突き刺し、その溶けたチョコレートの中にくぐらせた。
「!」
イチゴについたチョコレートはすぐに固まり、キャロラインはそれを口にパクリと入れた。
「! 何、そんな反則な食べ方!」
三人は驚いて目を丸くした。
「このお皿はチョコレートが焦げない、そして冷めない温度で保たれてるの。このお皿の下に敷いているこのプレートが魔道具。私が開発したの」
「すごい! って言うか、食べていい?」
「どうぞ召し上がれ。まだ試作品のメニューだけど、どうかしら」
「チョコレートを付けたフルーツがまずいわけない」
「すごい発明!」
三人はこぞってフルーツをチョコレートにくぐらせ、口に運んだ。




