100. 宝物
マリウスが復帰した。魔道具の義足を付け、騎士の砦の執務室のドアを開けた瞬間、報告書の処理に追われたキリアが立ち上がり、マリウスに抱きついた。
「…お帰りなさい、団長」
いつもクールなキリアが震えていた。
「…ああ、すまない、遅くなった」
「足は?」
「カインの婚約者に良い義足を着けてもらった。状況は?」
「スタークとカイン、二十七人がエルドラに加勢に行ってます。おそらく今日中には討伐を済ませ、そのまま、スタークとカインだけ要請のある他の国に移動します。昨日の時点で同盟国十ヵ国のうち、緊急事態宣言を解除した国は七ヵ国。エルドラが今日解除するので残り二ヵ国です」
「どこだ?あとの二ヵ国は」
「ニルスとマンダリです」
「ニルスは俺が行こう」
「な!?バ、バカですか!?昨日まで気を失ってたくせに…」
「義足がまだしっくり来なくてな。一戦くらいすれば馴染むはずだ」
いつものマリウスの笑顔にキリアは呆れて笑った。
「しょうがないですね…付き合いますよ」
「お前がここを離れたら…」
キリアはリアンでマーガレットに連絡する。
「マーガレット、現場はペドロに任せてお前が執務室で指揮を執れ」
『は?なんで私?キリア副隊長はどこに行くのよ?』
「ペドロより、マーガレットの方が全体を把握できるだろ? 俺は今からマリウス団長とニルスに魔物討伐に行って来る」
『あーね…え!?団長!?目を覚ましたの!?』
キリアはマリウスにリアンの指輪を渡した。マリウスはリアンを騎士達全員に向け、発信する。
「あー、心配かけたな。キリアから聞いた。皆、本当によく頑張った。誰一人命を落とすことなく、この国を守ってくれて、俺は心から騎士団を誇りに思う」
リアンから聞こえてきたマリウスの声に王都の街の現場で復興の手伝いをしていた騎士達は手を止めた。
『マリウス団長!』
『団長!』
リアンから騎士達の喜びの声が聞こえてくる。
「一仕事してくるから、お前達もきっちり仕事してくれ」
マリウスは皆にそう言うとキリアに代わった。
「と言うことで、マーガレット、指揮を頼むな。俺も団長の介護をして来るよ」
「言ってくれるな、キリア」
キリアは笑いながらマリウスと執務室を出て行った。
「ヴィオラさん、代わりますよ」
「スターク…帰って来たのね」
アリアのいる部屋にスタークが空間移動して来た。アリアの心繋は相変わらず掴めないため、ヴィオラの心繋を辿り、王城に戻って来た。ヴィオラはスタークの顔を見てホッとした表情で微笑んだ。
「カインは騎士の砦に戻りました」
「そう…お帰りなさい」
ヴィオラの顔が少しやつれたように見えた。ユルゲイも仕事が忙しく、屋敷には帰って来ていない。きっと不安だったのだろう。
「もう五日もたったのに…」
「…」
ヴィオラはアリアの頬を手で撫でる。
「まるで眠ってるだけみたいなのに…アリアの魂はここにはいないなんて…」
アリアの魂はこの世界にはいない。いたら感じるはずだ。スタークはそのことをヴィオラには言えず、唇を噛みしめた。
「必ず…戻ってきます」
絞り出すようにスタークがそう言った。
「そうね。私も…そう信じてるわ。あの子の好きな洋ナシのフランを作ったら帰ってくるかしら。あの子は甘いものが大好きだから…」
泣きそうな声で呟くヴィオラの肩にスタークは優しく手を置いた。
「屋敷に戻って休んで下さい。ヴィオラさんが笑顔じゃないと、アリアが心配しますよ」
部屋のドアをノックし、ユルゲイが入って来た。ユルゲイもやつれていた。
「スターク、お帰り。無事で良かった。風メール、ありがとう」
ユルゲイはヴィオラを見て抱きしめる。
「ごめんよ、こんな時に仕事で…」
「ううん、どうせ私もアリアに何もしてあげれてないわ」
「仕事は少し目処が付いた。今日は屋敷に帰れるよ。一緒に帰ろう」
「…ええ」
ヴィオラがそう頷いた時、空間の歪みから、カインとジェイドが現れた。
そしてカインの横には何故かレオがいる。
「カイン…お義父様まで…どうされたのですか?」
ユルゲイが尋ねると、カインが少し戸惑った表情で説明をしようとした。レオは少し不安そうな顔でカインの後ろに隠れている。
「レオが…騎士の砦に訪ねて来たんだ」
カインがスタークを見た。
「レオがどうしてもアリアに会いたいって…。ずっと城に来てたけど、身内以外は面会できないからって兵士に追い返されてたみたいで」
泣きそうなレオにスタークは跪き、目線を合わせて頭を撫でた。
「どうした、レオ。なんでアリアに会いに来たんだ?」
「…わからないんだ。でも…なんか俺の中のもう一人の自分が…行かなきゃって思って」
「?」
支離滅裂なレオの言葉にカインもスタークも少し戸惑う。
魂のないアリアを十歳の子供に見せて良いのか、自分達でさえこんなに苦しいのに、、と葛藤する。
ただ、必死にカインに頼み込んで連れてきてもらったのであろうと思い、スタークはカインを見て頷いた。
「レオ、アリアはまだ眠っているんだ。魂が…迷子になってる。それでもいいかい?」
スタークがそう言うとレオは頷き、アリアのベッドに近付いた。
「…宝物」
レオはアリアの顔を見てそう呟いた。
「え?」
スタークはその言葉に耳を疑った。
レオはくるっと振り返り、ゆっくりとヴィオラ、ユルゲイ、ジェイド、カイン、そしてスタークの顔を見て全員にむけ、右手を胸に当て、頭を下げた。その立ち居振る舞いに皆唖然とする。それは王族か貴族がする挨拶の仕方だ。
「!?」
その姿にジェイドはハッとしてレオを見た。昔、どこかで見た姿だった。
様子の違うレオにスタークは近付く。
「…レオ?」
「…僕に任せてくれない?」
レオの言葉にスタークは驚く。雰囲気と口調がいつもと違う。
「迷子になっても必ず見つけるって約束したんだ」
レオはそう言ってニッコリと笑った。
「心配しないで。…宝物を捜すのは得意なんだ」
レオはアリアの方を向くと跪き、アリアの額に手を当てた。レオの身体から淡い金色の光がにじみ出てくる。その淡い光はアリアの身体を包み込んで行く。
不思議な光景に誰も止めず、その様子を黙って見守っていた。




