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05 結婚式の日

 結婚式の日。豪華な式用のドレスを着た私は、教会の控え室で夫が迎えに来てくれるのを待っていた。


 ただ、小国が集まったとはいえ、三国の連合軍が攻めて来るかもしれないというきなくさい噂を聞いたのは、結婚式の日のほんの三日前だった。


 天才的な戦略家アーロン・キーブルグは、それまでにも多忙を極めていたらしく、私は結婚する前には彼に会うことは出来なかった。


 もうすぐ夫となる人が特別に用意したという豪華なウェディングドレスは、きらきらと光り輝く美しい宝石が散りばめられて、アーロン・キーブルグが私との結婚を希望したという言葉は信じられそうだと思った。


 結婚式の日には必ず式場へ行くからという約束の書かれた短い手紙を貰い、私はいよいよ夫となる彼と会うのだと思い、胸が痛いくらいに高鳴った。


 キーブルグ侯爵アーロン・キーブルグ。シュレイド王国軍では『血煙の軍神』として将軍職を務め、生涯不敗の戦術の天才と言われている男性。


 人伝てに噂を聞くばかりで、夫となるアーロンがどんな人なのか、これまでにだって、とても気になっていた。


 けれど……もうすぐ、今まで会えなかった彼と会える。


 控えめなノックの音がして、心臓が飛び跳ねたようになり、緊張感が高まり、いよいよその時が来たと思った。


 落ち着けるように何度も深呼吸をしてから、私は扉の前で待っている人へ声を掛けた。


「……どうぞ」


 私はその時、今日自分と結婚する夫が、迎えに来てくれたんだと思っていた。


 けれど、そこに居たのは品の良い執事服を見に纏う、私と同じくらいの年若い男性だった。


 ……誰かしら?


「私はアーロン様に仕える執事クウェンティンと申します。ブランシュ奥様。はじめまして……申し訳ありません。旦那様は、つい先ほど、火急の事態を受けて、急遽出征なさることになりました」


「……え? ……けど、あの……結婚式はどうするの?」


 アーロンは軍人で国が危ない時には、急ぎ出征しなければいけないことは理解していた。


 けれど、古くから歴史を持つキーブルグ侯爵家の結婚式なので、両家の親類たちや縁のある家から招待客なども華々しく、なんなら王族だって出席されていた。


 ……だと言うのに、結婚式を中止するの?


 信じられない思いで私が聞けば、クウェンティンは可愛らしい顔の表情を全く変えることなく頷いた。


「ええ。奥様。これは、国の一大事です……三国での連合軍が我が国の国境を越えたという、とてつもない緊急事態が起こったというのに、その重大性のわからぬ痴れ者との縁は、今日で限りにした方がキーブルグ家にとっては賢明でしょう」


 それは……執事クウェンティンの言う通りだわ。


 結婚式だからとほんの数時間だけだからと、その時間、将軍が戦場に行けないとして、どれだけの部下が犠牲になるのだろう。


 私たちにとって、結婚式は人生に一度しかない晴れ舞台だけど、この戦争に負けてしまったら、多くの国民の人生そのものが終わってしまうかもしれない。


「あの、旦那様は、もう既に向かわれたの? ……ご挨拶だけでも、出来ないかしら」


 司令官となる将軍は、戦いにおいて非常に重要な役割。単なる戦闘員ではないし、勝敗の責任を取るのも彼なのだ。


 今日、戦場に出てしまえば、なかなか帰って来ないかもしれない。せめて一言だけでも言葉を交わし、彼の無事を祈りたいと思った。


「……申し訳ありません。先ほど城より早馬が来て、旦那様も共に……」


 それから言葉を濁したクウェンティンの言わんとしていることを理解して、私はこくりと喉を鳴らした。


 早馬の急使と共に、出征するなんて……余程の緊急事態が起こったんだと、私にも理解することが出来た。


「……わかったわ。今日は確かに残念だけど、仕方ないわね」


 せっかく、アーロンが用意してくれたこの美しいドレスも……すべて、無駄になってしまう。結婚式が途中で中止になったら最後、行われることはないだろう。


 私はドレスの裾を触って、白いドレスとの名残りを惜しんだ。


「奥様。旦那様よりこちらの貴族院に提出する婚姻に関する書類をお届けするようにと、申しつけられております……奥様も、こちらにサインの方をお願いいたします」


 そう言ってクウェンティンは、私に一枚の厚い紙を差し出した。


 それは、本来であれば、式中に宣誓してから、二人でサインするはずの婚姻書類だった……私の名前のみが空欄で、アーロンは先に記入を済ませているようだった。


 あまりの急展開に動揺してしまった私は、なんとか落ち着こうと、何度か息をつき、震える手でそれにサインをした。


 結婚式に集まってくれた列席者たちにも、クウェンティンが淡々と詳しい事情を説明し、当事者の私は挨拶するだけになった。


 義母と義妹も参列者に謝罪をする私を見て「みっともない」と小声で言い、意地悪そうに笑った。


 けど、流石にこの場では人目を気にしてか、二人はいつものようなあからさまな嫌味は言わなかった。


――そして、私が彼の妻としてキーブルグ侯爵家入りして一週間後……アーロンの訃報が届いた。



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