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30/30

30 信頼

「……奥様ではないですか!!」


 私はここまで数え切れないほどの扉を叩き、それを無視されていた。


 だから、その扉から彼が顔を出した時に、願っていたにも関わらずに信じられなかった。


「……サム!」


 それは、キーブルグ侯爵家に居るはずの庭師のサムだった。どうして彼がこんな場所に居るの? という疑問が頭をかすめたけれど、今はそんなことを気にしている場合でもなかった!


「どうかなさったのですか? それに、その血は……」


 私の服や手は、アーロンの血で汚れていた……初対面の人は関わりたくないと目を背けて行ってしまうだろう。けれど、一年間とは言え私に仕えてくれた庭師サムならば、事情を聞けばわかってくれるはずだ。


 ああ……神様!


 思わず、天を仰いで感謝したかった。これで、アーロンの命が繋げるかもしれない。


「サム! お願い助けて……アーロンが背後からヒルデガードに刺されてしまったの。ヒルデガードは彼が倒してくれたけれど、今重傷なのにどうしようもなくて……早く医者に連れて行かなくては!」


「なんと……ヒルデガードが……老体ですが、それならば儂にお任せください。今旦那様はどちらにいらっしゃいますか?」


 サムは一瞬呆気に取られていたようだったけれど、私から事情を聞いて、すぐに扉から出て来た。


「こっちよ!」


 私はサムをアーロンの元にまで導き、様子を見ていたらしい村人たちも、第三者たるサムが出て来てくれたことで顔を見せ始めていた。


「……旦那様……旦那様。サムでございます。ああ……なんとお労しい……」


 アーロンは自分で止血しようとしてか、着用していた上着を刺された場所に巻いていた。


「サムか……すまない。俺は今、歩けない……どうにかなるか?」


 簡潔に自分の状況をサムに説明したアーロンは、もう目の焦点が合っていなかった。さっきも……見えなくなっているって言っていたから、もう私たちも見えないのかもしれない。


「大きな布を、借りてまいります。人手があれば、運べますので」



「悪い……」


 サムにそう告げてもう限界だったのか、アーロンは目を閉じて身体の力を抜いた。


 その様子を見たサムは慌てて立ち上がり、知り合いらしい人に声を掛けて、にわかに周囲が騒がしくなっていた。ヒルデガードが居る方向を見れば、近付いて来た人に悪態をついているようだ。


 けれど、もう私には関係ない。アーロンはもう家族でもなんでもないと先んじて言っていたし……いくら私でも夫を殺そうとした殺人犯に、情けを掛けることもないと理解出来る。


「奥様!」


 倒れているアーロンと私の元にやって来てくれたのは、執事のクウェンティンだった。彼らしくとんでもない状況を目にしても、冷静沈着だった。


「クウェンティン! ああ……帰って来てくれたのね」


「はい。旦那様を医者まで運びます。奥様はお怪我はございませんか?」


 クウェンティンは私の身体に付着した血を見て、そう尋ねてきた。


「……私は大丈夫よ。アーロンが、守ってくれたの……身体のどこにも、傷はないわ」


 堪えていた涙が溢れて、止まらなくなった。アーロンは自分が大怪我を負っても、妻の私の事は守ってくれた。


 ……アーロン。お願いだから、死なないで。


 クウェンティンの連れていた従者たちも手伝い、大きな布に載せられてアーロンはようやく医者の元へと運び出されることになった。


 おそらく、遠のいていた意識が、不意に目を覚ましたのだと思う。


「……嫌だ! 初夜もまだなのに、死にたくない!」


 こんな命の危険がある状況ではあるのだけど、彼の発言が響いて周囲もぽかんとしてしまった。


「……大丈夫です。旦那様は、絶対に死にません。奥様。奥様と幸せになるために、死んだって、何回でも地獄の王を騙して生き返りますよ」


 クウェンティンは呆れたようにそう言ったので、止まらないのではないかとまで思って居た私の涙も引っ込んでしまった。


 生涯不敗の軍神。そして、知略を使わせれば右に出る者は居ないと言われてしまうほどの将軍アーロン・キーブルグ。


 絶望しているだろう私と彼が育てた執事クウェンティンを、こんな発言で笑わせて安心させてしまうのだって、彼にはきっと……お手のものなのよね。


「ふふ。なんだか、アーロンらしいわね」


 そして、アーロンがそう思わせたのなら、勝算があるのだと思う。そういう人だもの。これまでの彼との時間で、私は夫アーロンのことを十分過ぎるほどに理解していた。


「奥様……笑っている場合ではありません。これは、国中で面白い噂話になりますよ。あの人らしいですけどね」


 シュレイド王国では、将軍アーロンは有名人なのだ。下手すると周辺国まで笑い話として、この話は広まってしまうかもしれない。


「けど、アーロンならば、きっとこう言うわ。誰かを守るために勝てるのなら、自分が笑われるくらいどうでも良いことだって」


 アーロンならばどんな戦いでも最後に勝って、私の元に帰って来てくれる。そう信じられる。


 これまでもこれからも、そうしてくれるだろう。



◇◆◇



 テラスでお茶を飲んでいた私と傍で給仕していたクウェンティンは、今では剣の稽古まで出来てしまえるようにまで治ったアーロンを見ていた。


「そうね……サムには、本当に感謝しているわ」


 あの時、サムは村に住んでいる息子夫婦の家に遊びに来ていて……本当に奇跡だったのだ。


「奥様がエタンセル伯爵夫人のような人であれば、彼も助けなかったと思います。奥様は旦那様が亡くなったと聞いても、キーブルグ侯爵家を支えねばと頑張っていらした。サムもそれは……ええ。奥様がどれだけ辛い状況に居ても使用人に当たるようなお方ではない事を知っていましたので」


 私はその時、庭園に鋏を置き忘れたサムを怒ろうとしたお義母様のことを知っているような気がしたけれど……もう良いかと肩を竦めた。


 あの時は本当に義母を恐れていたけれど、今では何も思わない。どうしてあんなにも恐れていたのかと、不思議に思ってしまうほどだ。


「アーロンの命が助かったのだから、サムにはいくらでも支払って良いと思っているわ」


「ええ……本当に、あの怪我でここまで動けるようになる事は、奇跡的なことだったんですが……」


 アーロンの怪我はかなり深刻だったようで、連れて行った医者が血相を変えて処置する事態になったのだけど、三ヶ月後には歩けるくらいにまで驚異的な速さで回復し、半年経てば日常の生活を送れるようになっていた。


 アーロンはあの発言が、大体の国民の笑い話になっていると知っても特に気にせずに面白そうに笑っていた。


 自分が死んだ事にしても自軍に有利に働く状況を作り出す人なのだから、妻と初夜を過ごさずに死んでしまうかもしれないと大怪我をした時に嘆いたと言われたって……きっと、どうでも良いのね。


「アーロンがそうしたいと言うのなら、きっと大丈夫でしょう」


 私はまだ夫を怪我人扱いしている執事クウェンティンにそう言った。


「やけに信頼されているんですね。医者はまだ安静にしろと、この前に指示されておりましたが」


「……アーロンほど、信頼出来る人なんて居ないわ。貴方もそう思うでしょう?」


 少々怒りっぽいところがあるのだって、彼の意志の強さを表していた。多くの軍人を纏めるのならば、舐められてはいけないと常に気を張っているところだって。



「……奥様。旦那様と結婚出来て、良かったでしょう? 結婚式後の一年間は大変でしたが」


 無表情のままのクウェンティンは、これまでにそうとは見せずにキーブルグ侯爵家に嫁いだ私が、アーロンと結婚したことについてどう思って居るか、気になっていたに違いない。


 クウェンティンにとってアーロンは自慢出来るほどにとても大事な主人なので、妻の希望を最優先にしろと指示されていたから、出会ったばかりの私の願いだってすべて叶えてくれた。


 ……今では何もかもが、理解出来る。


「ええ。とても幸せよ。アーロンと出会えて……結婚出来て、本当に良かったわ。彼以上の人なんて、どこにも居ないもの」


「それが聞けて……本当に安心しました。ただ、領地経営については無理なさらないでください。奥様」


 クウェンティンは未だに私がキーブルグ家の領地経営を、夫の代わりに全部してしまっていることについて、あまり良く思っていない。


 きっと他の貴婦人のように、お茶会や夜会に出て優雅に遊んで暮らせと言いたいのだろう。


「まあ……領地経営って、面白いのよ。改善して行けば上手くいくのも楽しいわ。クウェンティン。けれど、それもアーロンと結婚してから知ったわ。私、アーロンに見初められて、本当に幸運だったわね」


「そう言っていただけて、旦那様にお仕えしている僕も良かったと思います……ですが、深夜まで執務されることについてはですね……僕も……なので……」


 クウェンティンはキーブルグ侯爵の未亡人をしていた一年間の時のように説教を始めたけれど、あの時とは違って私は聞き流し、剣の稽古に汗を流す夫に目を向けた。


Fin



お読み頂きありがとうございました。

もし良かったら、最後に評価していただけましたら幸いです。


また、別の作品でもお会いできたら嬉しいです。


待鳥園子

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