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26 愛人を名乗る女

「俺はこれから特に死ぬ予定はないし、あれだけ数の差がある勝算の薄い戦いを勝って、帰って来たばかりなのだから、今ならば何があっても死なないと言い切れるな」


 生涯不敗を誇り軍神と呼ばれている夫アーロンは、余裕ある態度で足を組んだ。


「……アーロンはいつも余裕がありますし、羨ましいです。それだけの余裕が持てるのなら、きっと何があっても大丈夫ですわね」


 私は素直にそう思った。


 夫アーロンはいつも落ち着いているし、帰って来たばかりの時は、彼が感情を昂らせ怒っているところを見たことはあるけれど、あれは仕方ない。命がけで守ったはずの妻があんなドレスを着て夜会に居たら、それは怒ってしまうだろう。


 何か予想外の事態を前にして焦っていたり慌てているところは見せたことはない。


「俺が余裕があるように見えるのは、それは隠しているのが上手いだけだ。余裕なんてない……ブランシュに、嫌われたくないから」


「アーロン……あの、実はアーロンは、最初、私のことをお嫌いだと思っていました。怒ってばかりいたから……」


 私は素直に、その事を伝えた。怒ってばかりという言葉に、自覚はあったのだろう。アーロンはなんとも言えない表情になっていた。


「仕方ない……慣れないんだ! 俺はこれまで、お前だけだったんだぞ!」


「え?」


 私が驚いて彼を見つめると、いかにも心外だと言わんばかりにこう言った。


「お前と結婚すると決めていたのだから、他の女には絶対に手出しする訳がない。もし、それを後から知られれば、嫌われてしまうではないか」


「アーロン……」


 二人見つめ合ったその時に、おもむろに馬車の扉が開き、そこからクウェンティンが顔を出した。


「お話中に、失礼します」


 クウェンティンはてきぱきと私へ手を差し伸べ、用意した足台へと歩を進めるように促した。


「おい……声を掛けるタイミングを、間違えていないか。クウェンティン」


 扉を開ける前に声を掛けろと言いたげなアーロンに、クウェンティンは冷静に言い返した。


「いえ。二人のお邪魔してはいけないと、かなりお待ちしたのですが、ご夫婦がなかなか出て来ないと、使用人全員が動くことが出来ません。僕は執事として適切な行動をしました。旦那様」


 クウェンティンはアーロンに逆らうことも、特に気にしていなさそうだった。


「ごめんなさいっ……もうここへ到着して、かなり時間が経っていたのね」


 私とアーロンが話込んでいる間にキーブルグ侯爵邸に到着していて、そして私たちが話し込んでいる様子から、彼は声を掛ける事を躊躇っていたらしい。


 私たちが邸へと入ると使用人たちが勢揃いし迎えていてくれたから、これを待たせてしまっていたのかと思うと、なんだか申し訳ない気持ちだった。


「いえ。奥様が謝られる事ではありません。ですが、旦那様には早急にお伝えしないといけない事がございまして……」


「なんだ?」


 邸の廊下を歩きながら不機嫌そうにアーロンは答え、クウェンティンは彼から上着を受け取っていた。


「例の……旦那様の愛人を名乗る女です。行方を探させて泳がせていたところ、昨夜、奥様のご実家エタンセル伯爵邸へと裏口から入って行ったとか」


 私はクウェンティンの話を聞いて、息が止まりそうになってしまった。


 サマンサがエタンセル伯爵家に……? どうして。いえ。その事実が伝えて来る事はひとつだけ。


「……ああ。あの女を雇ったのは、エタンセル伯爵夫人だと? 本当に嫌な女だ。信じ難いな」


 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、アーロンは大きくため息をついていた。


「ええ。おそらくは、そういう事でしょう。深夜に人目を避けてという話ですし、そうでなければ、あの邸にあの女が近づく理由はありません」


「未亡人となったブランシュの性格から、俺の子を宿していると主張する女を追い出す訳もなく、あの手紙を偽造したのも、エタンセル伯爵夫人であれば可能だろうな。我々は近い縁戚に当たるし、伯爵夫人から必要だと言われれば業者とて従うだろう」


 クウェンティンとアーロンは、義母があのサマンサを送りこんで来た事を前提に話していた。


 けれど……まだ、信じられない。サマンサは確かに妊婦だった。お義母様ならば、私が追い出さないと踏んで、妊婦を雇って送り込んで来る事だって出来るだろうけど。


 それをして、キーブルグ侯爵家を乗っ取ろうとしていた?


 ああ……どうして、そんなことをしようと思うの。


「それに、旦那様の弟君も居場所を突き止めました……どうなさいます?」


「それは、俺の指示を待つ必要があるか? 前に指示したままだ。さっさと殺せば良いだろう」


「御意」


 私が考え込んでいる内にすんなりと弟を殺すことに決定しているので、慌てて彼らを止めた。


「待ってください! ヒルデガードについては、私も色々と思う所があるので……どうか捕まえるだけにしてください」


「ブランシュ。君だってよくよくわかっただろう。あいつは本当にどうしようもない奴で、更生は望めないんだ」


「けれど……アーロンの血の繋がった弟です。殺せば後悔するかもしれません」


 アーロンが軍人で殺す殺されないの世界で生きていたことは、私だって理解している。それでも、止めたかった。


 私はアーロンのことが好きだから、出来るだけ未来に彼が後悔するようなことを減らしたいと思うのだ。


「それは……あまり考えられない。あいつは、美しい人妻と見れば口説いて寝取るような最悪の倫理観を持ち、その後の事には一切責任を取らない。薄汚い欲望に負け盗みだってやるし詐欺まがいの事だって平気でする。罪悪感なんて、感じることもない。君のような人には信じられないかもしれないが、そういう人間だって存在するんだ」


「まあ……」


 人妻を寝取るなんて、すぐに死罪になりそうなほどに重罪だった。それも、アーロンの口振りでは一回や二回の話でもないらしい。


 それを先のキーブルグ侯爵は何らかの方法で揉み消して、縁を切って勘当したということ?


「ええ。そうですよ。奥様。今でこそお伝えしますが、僕が居なければ、奥様の貞操の危機は、あの男が現れてすぐに訪れておりました」


 クウェンティンはなんでもないような平坦な口調で言ったので、私はその事を理解するまで時間が掛かってしまった。


 ……それって、ヒルデガードが私の寝室に忍び込もうとしていたのを、クウェンティンが必死で食い止めていたということ?


「……そうなの?」


 なんてこと。信じられない。


 けれど、私がヒルデガードを邸に入れるという判断を下したから、クウェンティンは、それを叶えてくれていたのだ。


「ええ。その通りです。生かしても延々と罪を犯すのならば、誰も居ない場所に幽閉するか殺すかの二択しか選択肢はありません」


「そうだ。ブランシュ。血の繋がった兄の俺が言うのもなんだが、あいつは本当に生かしておいても罪を犯し続けるどうしようもない奴なんだ」


 二人からここまで言われると、止めている私の方がおかしいのかもしれないと思って少々悩んでしまった。



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