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25 町歩き

 翌日は少しだけ風邪気味だったけれど、私はすぐに体調を治すことが出来た。


 アーロンが呼んでくれたという若い医者が朝から往診してくれていたし、高価な薬だって今は飲むことが出来た。


 エタンセル伯爵家では、風邪をひいたとしても、私はただベッドで眠るしか出来なかった。それを思えば、今は夢のような生活を送れていた。


 翌日、朝食を取りに来たアーロンと対面する際に、私は少しだけ緊張していた。


 だって、私は大きな勘違いをしていた。アーロンは私を知っていたし、私と結婚するために将軍になったと聞いた。


 既に誤解は解けていて……彼が私のことを曇りなく好きでいてくれることは、わかっていた。


「おはよう。ブランシュ。身体は、もう大丈夫なのか?」


 いつもと変わらない様子でそう聞かれたので、先に席についていた私は彼の問いに慌てて頷いた。


「……ええ。ありがとう。アーロンの呼んでくれたお医者様が処方してくれたお薬が良かったのね」


 風邪をひいた時に、こんなにも早く回復したのは初めてだった。


「あれは、キーブルグ家にゆかりのある家の医者なんだ。口は悪いけど、腕は確かだっただろう?」


 なんでも、私を見てくれた医者の彼は、元々は先祖に仕えていた従軍医の家系らしい。アーロンとは旧知の仲でそんな関係だというのに、全く遠慮しないのだとか。


 アーロンから話を聞きながら朝食を取っていると、私は彼が軍服を着ていないことに今更気がついた。


 これまで夫は、戦後処理などが大変で、日中は城で仕事をすることが多かったのだ。


「あの……アーロン。もしかして、今日は休日ですか?」


 私がそう聞くと、アーロンは苦笑して頷いた。私は彼が登城すると思い込んでいたし、それを彼も悟ったのだろう。


「そうだ。帰って来てからというもの、仕事が終わらずに留守がちになり、すまなかった。夫婦らしいことも出来ずに、誤解を生んでも仕方なかった」


「いえ。そんな……アーロンは、大事な役目があるもの。忙しかったというのも、仕方がないわ」


「それで、ブランシュ。今日は俺と町歩きしてくれないか」


 少々緊張した様子でアーロンは切り出し、私は驚いた。


「まあ……町歩きを?」


 そういえば、私たちは会えないままの結婚式から一年、夜会には一緒に出たことはあるけれど、町歩きなんて一度もしたことはなかった。


 だからこそ、この提案を聞いて喜んだ。


「絶対に楽しませる。ブランシュは家で仕事ばかりをしていたそうだから、買い物だってなんだって楽しめば良いんだ」


「私は奥様の要求を最優先にするように、旦那様から事前にご命令を受けておりましたので」


 その時に傍に居たクウェンティンをチラリと睨み付けたので、優秀な執事は肩を竦めた。



◇◆◇



 意外なことに……と言ってしまっては、失礼かもしれないけれど、アーロンとの町歩きは本当に楽しいものだった。


 私を誘うと決めてから、女性の好みそうなお店を調べていてくれたのか、見ているだけでも楽しそうなお店を次々に何軒も回った。


 いくつか買う物を決めたけれど、サイズ直しや調整が必要なものが多いので、後日邸へと持って来てくれるらしい。


 本当に、楽しかった。私はこういう楽しみを、母を亡くしてから失ってしまっていたから。


 馬車に揺られてキーブルグ侯爵邸へと帰る途中、私は楽しかったデートのお礼を彼に伝えることにした。


「私……失礼かもしれないのですが、こういった事が苦手そうな旦那様が、私のために楽しませようと努力してくださったことが、とても嬉しかったです。ありがとうございます」


「……いや、ブランシュが喜んでくれて嬉しい。俺もそれを聞いて安心した」


 優しく微笑んでくれたアーロンは、これまでに見てきた荒々しい部分が嘘だったようだ。


 やはり、庭師サムが私に言ってくれた通りだった。軍人として他方に舐められてはいけないと、怖い部分もあるけれど、夫アーロンは思いやりがありとても優しい人なのだと。


「アーロン。その……アーロンは帰って来た時の印象が強くて、怖くてどう思っているかわからなくて……これまでちゃんと話せずに、ごめんなさい」


「いいや。俺が悪かった。もう少し早くに君に打ち明けていれば、こんなことには」


「アーロンは何も悪くないです……私だって、アーロンと向き合う事を避けていましたから」


 アーロンは慌てて謝ってくれたけれど、彼を避けずに言葉を交わすことが出来ていれば誤解することもなかった。


「では、これからは避けないでくれ。俺はそれで良い。もう他人行儀は終わりにしよう。俺たちは夫婦なんだから」


「はい……あ。そうです、これを」


 私はアーロンに、先ほどの店で買った紙袋を手渡した。


「……ブランシュ?」


 アーロンは本日購入した物は後日邸に届くだろうと思っていただろうから、紙袋を見て不思議そうだった。紙袋を開ければ黒い手袋があり、彼は驚いた表情で私を見て居た。


「あの、アーロンが気になっていたようなので……私も、一応現金を持っていたから」


 アーロンは気になっていたようだけど、今回は私を楽しませることに集中しようとしたのか、それを置いて買わなかったのだ。


 手袋を握ったアーロンは無言のままで動かず、私は少し緊張していた。


 喜んで貰えると思ったのに、何も言わないなんて……もしかしたら、私は差し出がましいことをしてしまったかもしれない。


「……アーロン?」


「ブランシュ! なんて俺の妻は可愛いんだ! ああ……君と結婚出来て、本当に良かったよ」


 アーロンはそう言って隣に座っていた私を抱きしめたので、どうやら喜びのあまり黙っていただけのようだったので、私もほっと安心した。


「ふふ……喜んで貰えて、良かったです」


「喜ぶというか……感激だよ。ブランシュは本当に可愛い。愛している……君を守るためになら、何度だって死ねる」


「死なないでください!」


 私は慌ててそう言うとアーロンは微笑み、そのまま顔を近づけると口づけをした。


「ああ……絶対死なない。君を残しては、死ねない。地獄からだとしても、いくらでも舞い戻って来るよ」


 アーロンは『血煙の軍神』とまで呼ばれて、戦術の天才だと称されているらしい。


 生涯不敗を誇る彼さえ居れば、戦いに敗れることはないのだと……けれど、私はこう思った。


「アーロンが生きていれば、それだけで良いです。私は貴族でなくても構わないから……貴方に生きて居て欲しいです」


 母が生きていてくれれば……そう思って、何年も生きて居た。


 結婚してからもアーロンが生きて居てくれればと、そう思って居た。だから、彼が生きて居た奇跡を、もう私は二度と失いたくなかった。



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