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24 初めてのキス

 私たちは海に落ちてしまって、キーブルグ侯爵邸へと戻るとすぐに湯浴みをした。


 私の使っている部屋へとアーロンはやって来て、私たちが幼い頃に会っていた話……そして、アーロンの祖父から私と結婚するための条件として提示された将軍になるという目的を遂げて、縁談を申し込んだのだと、教えてくれたのだ。


「まあ……そんなことが」


 寝間着に着替えベッドに座った私の隣に居るアーロンから、実は私たち夫婦は幼い頃に会っていた話を聞いて、私は驚いてしまった。


 お母様は話好きな社交的な人で、病で倒れてしまうまでは、良く人と会っていた。城にも私を連れて数えきれぬほどに登城していたし、その中の一回でアーロンと会っていたのだろう。


「ああ。ブランシュが覚えていなくても、仕方ない。あの時の俺は背が低くて、君の方が背が高いくらいだったから」


 苦笑をしたアーロンは今では見上げるほどに背が高く、幼い頃があったと頭で理解はしているけれど、こんな彼に私より背が低かった頃があったなんて思えない。


「ごめんなさい……忘れていたのは、私だったのね」


 恥ずかしく思い呟いた私に、アーロンは苦笑して首を横に振った。


「いいや、仕方ない。俺の方は祖父さんから、将軍になるという目的を完遂するまでは会うことは許されないと言われていたし……ブランシュの社交界デビューはまだだと聞いていたから、とにかく将軍になることを最優先に考えていたから……」


「……アーロン……けほっ……ごめんなさい。咳が」


 水に落ちて身体が冷えたのか、咳き込んだ私に気がつき、アーロンは大きな手で背中をさすってくれた。


「まだ、寒い季節ではないが、冷えて風邪をひいたかもしれない……横になった方が良い」


 アーロンにそう言われて、私は座っていたベッドに入って横になった。


 なんとなく……アーロンはそのまま、彼が眠っている主寝室に戻るのかと思っていた。けれど、帰らずに私の手を握ったままだ。


 彼の青い目にじっと見つめられて、私は頬が熱くなってしまった。


 そうだった……私たち、結婚して一年も経っているのに……。


「そうだ……俺たちは、初夜もまだだった。結婚して一年も経つのに」


「えっ……!」


 どうやらアーロンも同じことを考えていたようだ。落ち着いて考えれば、それはおかしなことでもなんでもないのだけど、私は驚き過ぎて高い声を上げてしまった。


「心配するな。体調の悪い妻を、襲ったりはしない。理性は持っているから」


 言葉とは裏腹に私の顔に顔を近づけようとするので、私は慌てて毛布を顔の上に引き出した。


「駄目です。キスは、出来ません!」


 まさかここで拒否されると思っていなかったのか、アーロンは驚いた顔をしていた。


「……え? 何故だ。キスくらい良いだろう? 一年も我慢したんだ。せっかく、こうして要らぬ誤解も解けたのに」


 アーロンはキスを拒まれて、面白くなさそうだった。けれど、私は恥ずかしいだけではない、ちゃんとした理由があるのだ。


「いけません。アーロン。キスをすると、風邪がうつってしまうかもしれないので……」


 現在の私は咳も出ているし、寒気だって少し感じている。そんな状態だというのに、アーロンとキスをして彼に風邪をうつしてしまわないか、不安になってしまった。


「別にうつっても良い。ブランシュが、治るのなら……」


 アーロンの顔がより近付いて、私は自然と目を瞑った。唇には柔らかくて熱い唇が触れて、産まれて初めてのキスをした。


 閉じていた唇を割って熱い舌が口内に入り込み、気がつけばお互いに舌を絡ませていた。


 キスというと私は触れるだけのキスを想像していたので、唾液を交換し合うような深いキスになって、少なからず動揺していた。気持ち良くて止めたくないけれど、アーロンに風邪がうつってしまう。


 余計なことを気にしていると彼に気がついてしまったのか、アーロンはふと顔を上げて私の顔を見た。


「顔が真っ赤だ」


 そう言って嬉しそうに微笑んだので、私は何も言えなくなってしまった。


 本当に恥ずかしいく思ったし息も上手く出来なかったので、顔が真っ赤になってしまうことは仕方ないと思うのに。


「……アーロン」


「こんなにも純情なブランシュが、あんな扇情的な赤いドレスで夜会に出席していたとは……誰に言っても信じないだろうな」


 しみじみとした口調でそう言ったので、私は毛布を再度顔の見えぬように引き上げた。


「もう、忘れてください! 私だって、あれは……忘れたいです」


 再婚相手を見つけるのだと、そう決心して会場に足を踏み入れたというのに、すぐに回れ右をして帰りたくなってしまった。


 立ち上がったアーロンは私の髪を撫でると、真面目な表情になった。


「俺は幼い頃……自分のことが、嫌いだった。怒りを抑えられず、いつも失敗した。だが、ブランシュに好かれるならば、どうだろうと考えて、それを実践していた。今将軍になれたのも、すべてあの時に会ったブランシュのおかげなんだ」


「アーロン?」


「俺に爵位を継がせたかった祖父にけしかけられたと言えば、それはそうなのだろうが……ブランシュ。君と結婚したくて、ここまで頑張れたんだ。それほどまでに、君を愛している。もう……絶対に離れない」


 髪にキスをして去って行ったアーロンは、一度会っただけの私と結婚したかったと話したし、そのために将軍になったのだと言った。


 だとしたら……あの結婚式があった、あの日。


 やっと会えることになった私と離れて……自分は亡くなった事にしてでも、この国を守ろうと決断したアーロンの気持ちを考えると、私はその夜、なかなか眠りに落ちることが出来なかった。


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