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23 約束(Side Aaron)

 ……キーブルグ侯爵家など継ぎたくないし、ましてやお上品な貴族でなんて居たくない。


 俺には(スペア)であるヒルデガードが居るのだから、やる気のない嫡男が爵位から逃げたとしても問題はないだろうと幼い頃から考えていた。


 育ちが試される面倒くさい礼儀作法や、貴族独特の言い回しや、思ってもいない美辞麗句を学び、うんざりしていた。


 産まれた家が……貴族だから、なんなんだ。


 王から貴族だと認められた血筋だというだけなのに、偉そうにふんぞり返る人生など、絶対に向いては居ない。


 剣に生きる方が向いている。そう思っていた。逃げ出せばよいのだ。


 ある日、俺は祖父にスレイデル王城へと連れて行かれた。


 なんでも祖父さんの旧友が未来のキーブルグ侯爵に会いたいと言い出したとかで、挨拶だけを済ませれば、子どもにとっては大人同士の会話は暇で退屈で堪らなかった。


 俺が応接室を出ても、誰も気にしていないし、城の中を探検して帰ろうと思った。


「……こんにちは」


「こんにちは」


 近くの庭に出ると同じ年頃の女の子が居て挨拶をして来たので、俺も普通にし返した。


 育ちの良さそうな、金色の髪に明るい緑色の瞳を持つとても可愛らしい女の子だった。多分、同じ年頃なのだろうが、俺は成長が遅く背が低かった。


 背の高い彼女に見下ろされて、なんとなく面白くない気分になった。


「大人の会話に退屈になってしまって、逃げてきたの……貴方も一緒ですか?」


「……そう。いつまで経っても終わりそうもないから、逃げてきたんだ。祖父さんたちの武勇伝は、面白くないし」


 質問に同意して俺が肩を竦めると、彼女は楽しそうに笑った。


「同じです! 私はブランシュ。スレイデル伯爵レナードの娘です。あなたは?」


「アーロン」


「アーロンは……貴族ですよね?」


 どう考えても身なりの良い貴族なのに、何故家名を名乗らないのかと尋ねたブランシュに、俺は目を細めて首を横に振った。


「俺は独り立ち出来るようになったら、すぐに家を出るから。だから、もうすぐ貴族ではなくなる。ブランシュにも名乗らない」


「まあ……」


 ふふっと微笑んだ彼女は、貴婦人何人かが笑い合っているお茶会の様子を確認して、俺に視線を戻した。


「貴族が嫌なの?」


「嫌だ。性に合わないと思う。俺は剣に生きるんだ。強い傭兵になれば、お金には困らない。貴族であれば、王には逆らえない」


「この歳で、そんなことを? ……すごい。格好良いわ。アーロン」


 ブランシュは軽く拍手をして、俺のことを褒めた。


「そうだろう。俺もそう思ってるんだ」


 真面目な顔で、ブランシュは真剣に頷いた。


「ええ……きっと、アーロンなら、名のある傭兵になるわね」


 俺は心の中で、驚いていた。これまでに傭兵になりたいと話しても、まだ子どもだからとため息をつかれるか、何を馬鹿な事をと嘲られるだけだった。


 彼女は産まれて初めて俺がやりたいと思っていることを、笑わなかった人だった。


 もしかしたら、ブランシュは俺のことをかなり年下だと思っているのかもしれない。今のところ、彼女よりもかなり背が低いし、同じ年齢の同性よりも童顔である自覚はあった。


 けれど、ブランシュはあくまで自然体で、嘘をついている様子もない。


 ただそう思ったから、素直に口に出しただけのようなのだ。


 それが……とても、嬉しかった。


「……そう思うか?」


「ええ。大丈夫。貴方なら、きっとなれるわね。いつか、有名な傭兵の話を聞くのが、楽しみだわ」


 そう言って微笑んだブランシュは、彼女の母親らしき貴婦人に名前を呼ばれて手を振って呆気なく去って行った。


 素直で可愛らしい女の子だった。


 貴族のご令嬢と言えば、我が儘で高慢ちきな女しか会ったことのない俺には、とても新鮮な驚きだった。


 ふわっと風に靡く柔らかな白いドレスと、走り去る姿から目が離せなかった。


「アーロン……可愛いご令嬢だな」


 不意に低い声が聞こえて見上げれば、そこに居たのは祖父だった。にやにやと嫌な笑いを浮かべていて、顔を顰めるしかなかった。


 どうせ可愛い女の子に見とれていたことを思う存分に、揶揄うんだろうなと思った。


 ……俺の祖父は、そういう人だった。反発もしたくなるというものだ。


「もし、アーロンがキーブルグ侯爵になるのなら、あの子と結婚出来るぞ」


 その頃の俺は、勉強が嫌いで嫌だ嫌だと逃げ回り、剣の稽古だけをしていた。跡継ぎがそんな様子では両親も頭が痛かっただろうし、既に爵位を譲った祖父とて何か手を打たねばと思っていたはずだ。


 それは、俺自身だってわかっていた。爵位を受け継ぐ嫡男で貴族であるならば、こなさねばならない面倒くさい事だって。


誰もに見透かされていた。ただ、背負っていた責任から、逃げていたことを。


「あの子と結婚したいなら、キーブルグ侯爵家を継げって?」


「いいや、ああいう良い血筋の見目の良い貴族令嬢を娶りたいのなら、お前は彼女に選んでもらわなければいけないということだ」


「……え?」


 思ってもいなかった事を聞き俺は驚いた。


 ブランシュは今の時点でも、可愛くて気立ての良い貴族令嬢だ。


 彼女が社交デビューをすませて求婚者を募ることになれば、男たちが我もと群がるだろうことは簡単に想像出来る。


「おいおい。雨のように降ってくる縁談の中で、今のお前のような、何も出来ずに何も持たない男が選んでもらえるとでも思って居るのか。その名前を見ただけで、姿絵を捨てられてしまうだろう」


「……脅しているのか?」


 ……そんな良くわからない理由で、俺が勉強を真面目にしようと、決心するとでも?


 単純に動くと馬鹿にされたと思い俺が睨み付けても、祖父は楽しそうに笑うだけだった。


「いいや。これは、単に事実だ。お前のように剣の稽古だけをしていても、何の礼儀もなく知識もない。女性の喜ぶような話術もなければ、魅力あるご令嬢には絶対に選ばれることはない。ほらな。ただの事実だろう」


「それは……」


 ……確かに、嫌だった。少し話しただけだが、ブランシュは確かに魅力的な女の子だ。


 そんな子の目には、今の自分はどのように映るのだろうか。勉強嫌いで逃げ回り、爵位など嫌だと責任から逃げ回っている……祖父さんの言うとおり、駄目な男だと?


 それは、嫌だと思った。


「魅力ある貴族令嬢は、剣しか使えない男は選ばぬ。お前が何をどう強がろうと、それは事実だ」


 祖父に断言されて、思わず胸が痛くなった。選ばないと彼女に選ばれないとでは、その差は雲泥だった。


「あの子と、結婚出来ないなら……キーブルグは継がない」


 その時にそう条件付けた理由は、自分でもわからない。


 けれど、貴族として生き、キーブルグ侯爵を名乗って生きるのなら、そのくらいのご褒美がないと嫌だと思ったのだ。


 ブランシュは可愛かった。もし、初対面で婚約者として会えたならば、俺は喜んだだろうと確信してしまうくらいには。


 祖父は思惑通りになったと思ったのか、にやにやと笑って頷いていた。


「……あの子の父親に、先に話をつけてやろう。その代わり、お前は将軍になれ。それが結婚の条件だ」


「え! ……無理だよ!」



 キーブルグ侯爵家は代々軍門の家系だ。かくいうこの祖父も若い時には将軍職を務め、父だって軍部の要職に就いていた。


 だが、軍の頂点、将軍になるのなら……どれほどの努力を、必要とするのだろうか。


「アーロン。あの子と、結婚出来ないぞ」


 脅しつけられるように祖父にそう言われて、俺はそれ以上は何も言えなくなった。


ーーその時の祖父との約束は、十年後に無事に守られた。


 ブランシュの父スレイデル伯爵は、亡くなった祖父との約束を守り、縁談を打診すれば娘ブランシュを俺の妻にするとすぐに頷いてくれたのだから。


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