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20 行き先

 結局、クウェンティンやキーブルグ侯爵家で雇われた護衛や騎士団総出で探しても、逃げてしまったヒルデガードは見つからず、不法侵入をした弟を取り逃してしまったことに、夫アーロンは怒り心頭のようだ。


 これは、職権濫用とも言えるけれど、軍関係の部下たちも駆り出され、王都内のどこかに潜んでいるはずのヒルデガードの行方を追っているらしい。


 ううん……ヒルデガードは、もう立ち入るなと兄に勘当された家に無断で入り込むという罪を犯しているのだから、職権濫用とは言い切れないのかもしれないけれど……。


 私も血眼になって探しているアーロンと違う理由で、ヒルデガードに会いたいと思っていた。


 あの言葉の意味。そして、やけに自信満々な態度の理由を知りたい。


「……奥様。旦那様は本日、いつもより早い時間に帰られるようです。近くのレストランに予約してあるので、そこで待ち合わせようとのご伝言です」


 私が自室でぼんやりとしていると、執事クウェンティンが、城で忙しく仕事をしているはずのアーロンからの伝言を預かって来たようだった。


 事件が立て続けにあったせいか、ここ数日、私があまりにも元気がないから、心配して気分を変えようとしてくれたのかもしれない。


 わかっているのに、ヒルデガードの言葉が頭を離れていかない。


「……わかったわ。準備します」


 クウェンティンは、私の返事を聞いて、無言で礼をして出て行った。


 最近は彼から何か教わることもないし、アーロンからの伝言であるとか、こういった機会でもないと会わない。


 夫アーロンが帰る前は、クウェンティンが唯一の味方のようにも思えていた。けれど、彼はアーロンに命じられて私の傍に居てくれただけで、ただ職務に忠実なだけだ。


 ……私の味方なんて、何処にも居ない。


 悲観的になり過ぎているとは、自分でも分かってはいるけれど、楽観的に考えても今居る状況は変わらないのだから。


 昨夜のヒルデガードのあの言葉、アーロンが侯爵家を継ぐために、見知らぬ私と結婚したというあの言葉。


 禍々しい呪いのように、私に纏わりつき、どんなに振り払っても離れてくれない。


 彼の言う通りアーロンは、私を見たこともなかったはず。


 ……けれど、縁談を申し込み、本来ならばエタンセル伯爵家から持参金を貰うところを、それなりの金額を払うというあり得ない条件を呑んでまで私と結婚した。


 確かに、不思議だった。ヒルデガードの言葉を聞けば、その謎は解けてしまう。


 先のキーブルグ侯爵から、爵位を受け継ぐ条件として、私と結婚することを望まれていた。だから、アーロンは仕方なく私と結婚した。


 あの……優しい眼差しも、安心出来る抱擁も、全ては爵位を継ぐための嘘だったのかもしれない。


 一人馬車に揺られてアーロンが予約したと言うレストランまで辿り着き、外に立ち私を待っていた夫の姿を見て、このままではいけないと思った。


 いつも……誰かに何かしてもらうのを、待つだけではいけない。


 たとえどんな理由だとしても、アーロンと本当の夫婦になりたいならば、ここで勇気を出さなければいけない。


 美味しいと評判なはずなのに、緊張のあまり味のしない豪華な夕飯を食べ終わり、腹ごなしに川沿いを歩こうと夫に提案され私は頷いた。


 静かな川沿いは、私たち以外にも散歩している男女が多かった。


 距離が近く街灯りが絶妙に見えて、そこまで暗くなく、川面には小さな星のような無数の灯りが散っていた。


 恋人たちが愛を語らうような……そんな雰囲気のある場所だ。


 私たちのような、よく分からない理由で結婚した夫婦には、あまり似合わないかもしれない。


「ブランシュ……どうだった? 元気がないようだが」


 隣を歩くアーロンは、心配そうに私に聞いた。彼はとても優しい。


 アーロンは優しいけれど、必要あって結婚しただけで、別に私を愛している訳ではないと思うと、胸が張り裂けそうになった。


 そうよ……私はアーロンのことを、愛し始めていたから。


「旦那様……キーブルグ侯爵家を継ぐための条件には、私と結婚することも含まれていますか?」


 唐突な私の言葉に、アーロンは驚き目を見開いた。私がそんなことを言い出すなんて、思いもしなかったに違いない。


「待て……何故、ブランシュが、それを知っている?」


 唖然としたアーロンがそう言った時、私の心の中にある張り詰めていた糸が切れてしまった。


 ああ……やっぱり……やっぱり、そうだったんだ。


 あの時にヒルデガードが、私に言っていた通りだったんだ。アーロンは私のことを、彼が望んだからと、妻として迎え入れてくれた訳ではなかった。


 すべては、彼が侯爵位を受け継ぐための条件であったから。


「……ごめんなさい!」


 堪えきれずに目に涙を浮かべた私は、その事実をどうしても受け入れがたくなってしまい、川沿いを走り出した。


「ブランシュ……待ってくれ!」


 アーロンの焦った声が聞こえたけれど、私はそんな彼を待つことなく、まっすぐに走った。私に決めた行き先なんてある訳がなくて、闇雲に走り暗い路地に入り何度か何も考えずに道を曲がった。


 もし、アーロンが足が速かったとしても、私に追いつくことは容易ではないと思う。そんな風に走った。


 ……とにかく、今はもう一人になりたかった。やはり、夫アーロンは、私のことなんて、好きではなかった。爵位のために、結婚しただけだった。


 私の事を好きになってくれたからだと、夢見ていたことが破れて、悲しくて……辛くて……仕方なかった。


 私は……ここから、どこに行けば良い? どうしよう。どこにも行けない。実家にも帰れない私には、もう居場所なんて、何処にもあるはずがないのに……。



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