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17 青いドレス

「奥様。旦那様より、奥様へのお手紙をお預かりしております」


「……わかったわ。置いておいて」


「失礼致します」


 手紙を置いたクウェンティンは、いつも通りな淡々とした調子で、部屋から去って行った。私は彼と夫の話を聞いた昨日から、体調が悪くなったと嘘をつき、ベッドの上で丸まっていた。


 父が再婚してから、義母から使用人同然の生活を強いられても、それは仕方がないことなんだと、私は自分に何度も言い聞かせて来た。


 義母グレースの持つ圧倒的な権力を前に、私はただ生き残るだけで精一杯で、エタンセル伯爵家当主である父だって、彼女と再婚した利益はあれど、自分の身を守ることで懸命になっていたはずだ。


 虐げられていたことを夫アーロンに知られてしまったことが、私には恥ずかしくて堪らなかった。


 家族全員と上手くやれず、一方的に虐待されていたことを知られ、結婚したことを後悔されてしまったのではないかと不安で仕方なかった。


 だって……それは、私にとっては、隠したい汚点だった。


 アーロンは誰とでも、結婚出来る。こんな私には、彼しか居ないのに……。


 枕元のチェストに置かれた手紙に手を伸ばして取って、私は横になったままでそれを開いた。


 体調が悪いと嘘をついていて、カーテンは閉められて薄暗いけれど、彼の男性らしく角張った文字は読むことが出来た。


『体調はいかがですか? ゆっくり休んでください。愛を込めて。アーロン』


 私は馬車の音がしたと思い、窓から外を見た。


 そこにはおそらく、私を気にして仕事中に一旦帰宅したアーロンが居て、窓に居ることに気がつき笑顔で手を振ってくれた。


 驚いた私も小さく手を振って、彼は嬉しそうに微笑むと馬車に乗って仕事に向かった。


 アーロンはきっと体調が悪いと言った私を気にしてくれていたから、部屋の窓を見ていたのだろう。


 だから、私が自分を見ていたことに、気がついてくれた。


 わからない……どうして、アーロンは私に対し、あんなにまで優しいのだろう。


 これまでは、向かい合うことを、逃げてばっかりだった。アーロンと、一度話さなくては。


 だって、私はほんの数日前に幸せになるって決めて、再婚相手を探そうと赤いドレスを着て夜会に出た。


 その気持ちを、思い出すのよ。


 帰って来てくれた夫アーロンとわかり合って幸せになれるとしたら、それが一番良いことだし、話が早いはずだわ。



◇◆◇



 体調が良くなったと執事クウェンティンへ伝えた私は、アーロンが夜会に出席予定であることを知った。


「もしかして……陛下がアーロンのために、祝勝会を開催されるということ?」


 もし、そうならば、スレイデル王国の国民として、とても栄誉あることだ。


「昨夜から奥様は伏せっておりましたので、旦那様は今夜お一人で出席されることを予定されております」


 クウェンティンはそう言って、私の返答を待っていた。


 そうね。つまり、私が今夜一緒に出席するか、どうするかを知りたいのよね。


「まあ……どうしようかしら。私、喪服とあの赤いドレスしか持っていなくて……」


 アーロンと共に出席しようにも、夜会に相応しいドレスがないから出席出来ない。


「こういうこともあろうかと、旦那様があの赤いドレスを勝手に捨てたお詫びに、奥様が行きつけのあのサロンでドレスを作らせました。よかったら、見られますか?」


「あの、赤いドレス……アーロン、捨ててしまったの?」


 確かにあれを着ていたのを見られた時、彼はひどく怒っていたけど、既に捨ててしまっていたんだ……。


「ええ。ですが、既に代わりのドレスを用意してございますので、問題ないかと」


 合理的な考えのクウェンティンはそう言って、私の衣装部屋から、真新しい青いドレスを持ってきた。


「あ……青いドレスね。素敵」


 私はアーロンが帰ってきたばかりのあの時、色を尋ねた理由をここで知った。


 だから、彼は私の好きな色が知りたかったのだ。


「こちら、揃いの靴と髪飾り、身につける宝石も、全てご準備してございます」


「……早いのね」


 通常であれば一ヶ月、凝ったものであれば数ヶ月もかかりそうな工程なのに、こうして実物を目の当たりにしても信じられない。


 それだけキーブルグ侯爵家の力が、強いのかもしれないけど……。


「ええ。旦那様は今回の勝利の立役者ですので、奥様もこういう機会に同行されることも多いかと……」


 私はおそるおそるクウェンティンが持っているドレスに触れた。


 上質な生地に美しく精密なレース。いくらかかったのか、価格はあまり考えない方が良いのかもしれない。


「アーロンは……今夜、キーブルグ侯爵邸へ、戻って来るの?」


 夜会に出るならば、男性だってそれなりの準備が必要だ。夫婦は夜会中、共に過ごすことになるから、そこでゆっくり話す時間も取れるだろう。


「そのように伺っております。奥様も今夜の夜会には、同行なさいますか?」


 アーロンと話すことも目的だけど、夜会の主役にパートナーが居ないなんて考えられない。


「準備するわ。お願い」


「かしこまりました」


 お辞儀をして頷いたクウェンティンは、何人かのメイドを連れて戻って来て、私は慌ただしく夜会へ行く準備をすることになった。



◇◆◇



 城の大広間は、光に満ちていて、眩しく美しい。色とりどりのドレスが会場を舞い、あちこちで楽しそうな会話の切れはしが聞こえていた。


 馬車で共にやって来たアーロンは、戦勝を祝う夜会の主役となるので、壇上で王より紹介され集まった貴族たちに挨拶もしたりするらしい。


 私はここで待つようにとアーロンに言われた場所で、一人シャンパングラスを片手に彼が戻るのを待っていた。


「……お義姉様?」


「ああ……ハンナ。今夜も、可愛らしいわね」


 そこには義妹のハンナが居て、私を驚きの表情で見つめていた。


「……お義姉様……肌もすっかり良くなって、良かったですね」


 義母が化粧品を取り上げ、私の肌を故意に荒れさせたことを、この子だって知っているだろうに……けれど、今更何の嫌味を言われても、特に響くこともない。


 アーロンが生きて傍に居てくれるなら、ハンナも義母だって、彼の妻の私にはどうしたとしても手出し出来ないからだ。


「ええ。ハンナだって求婚者が列を成して、大変なのではない? 私に構わず、踊ってきたら良いわ」


 彼女から早く解放されたい一心で私がそう言うとハンナは顔を青くして、不機嫌そうに眉を寄せた。


「お義姉様……私について、誰かに……何か言いませんでした?」


「ハンナのことを? ……いいえ。知っているでしょう。私はあまり交流する人も少ないから、貴女のことを話題にするなんて……」


「ですがっ……」


「ブランシュ。待たせたな……こちらは?」


 そこには、壇上から戻って来た様子のアーロンだ。ハンナと話している間に、挨拶が終わってしまったらしい。


 せっかくの夫の晴れ姿を、見逃してしまった。


「……ブランシュお義姉様の、夫ですって?」


 信じられないと言わんばかりのハンナは、わなわなと唇を震わせていた。


「ああ……ブランシュに、血の繋がらない義理の妹が居ることは聞いていた。初めまして。俺はアーロン・キーブルグだ。敵を騙すための作戦で、妻のブランシュには苦労をかけてしまったが、これからは何も心配することはないので、よろしく頼む」


 大きな手を差し出し堂々と挨拶をしたアーロンに、ハンナは眉を寄せて気に入らない表情を浮かべながら、スカートを摘んでカーテシーをした。


「ハンナ・エタンセルです。素晴らしい将軍閣下と縁続きになれて、嬉しいです。ご夫婦のお邪魔になるといけませんので、私はこれで失礼します」


 そうすげなく言い放つと、ハンナはアーロンの反応を待つことなく、さっさと去って行った。


「……アーロン。ごめんなさい」


 彼からの握手を拒否し、カーテシーのみで去っていった義妹は、アーロンが死ぬ気で国を守ってくれなければ、自分がどうなっていたのか、知っているのだろうか。


「それは、ブランシュが、謝ることではない。気にするな。この程度で気分を害する人間だと、良くない誤解をされても困る。しかし、あの性格では……いろいろと、難しそうだ」


 大人の対応で苦笑したアーロンに、義理の妹の失礼な態度を擁護することも出来ず、私は曖昧に笑うしかなかった。


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