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01 幸せになれる日

 会ったこともない亡き夫と、書類上だけの結婚して訃報を聞いたあの日から、ようやく一年が経ち、私が自由に……いいえ。


 私が幸せになれる日が、やって来ました……!


 私は将軍として、名誉の戦死を遂げたアーロン・キーブルグ侯爵の未亡人、ブランシュ・キーブルグ。もうすぐ、素敵な男性と恋に落ち、幸せな再婚を果たす。


 母が亡くなって何年も前から、ずっとずっと願い続けた幸せになれる日が、すぐそこまで迫って来ているわ。


 ……そう信じる。ぎゅっと握りしめた手の平に走った鈍い痛みは、もう気にしないことにした。


 未来への期待に我知れず笑みが浮かんでしまう顔で、一人で夜会の会場入りした私は、好奇の視線が自分へと集まるのを感じた。


 驚きを含んだ騷めきが会場中ぶわりと広がり、それでも私は背筋を伸ばして前を向き堂々と歩いた。


 今までのように、亡き夫の喪に服し顔を隠す必要はないはずだから。


「……ねえ。あちらの貴婦人。見て。あまり見ないお方よ、誰なのかしら」


「まあ。あの女性は、もしかしたら……今までヴェールで顔を隠していた、キーブルグ侯爵夫人なのではなくて? 髪の色も背格好も彼女のようだわ」


「かの有名な血煙の軍神が亡くなってから、一年が経って、ようやく侯爵夫人の喪が明けたのね。それにしても……」


 ひそひそ声で交わされる好奇心旺盛な会話が私本人の耳にまで届いて、澄ました表情を貼り付けているはずの顔は、恥ずかしさのあまり、ついつい赤くなってしまっているだろう。


 つい数日前まで、夫を亡くした私は何処へ行くにも黒いレースのヴェール付きの帽子で顔を隠し、真っ黒な喪服に身を包んでいた。


 地味な装いが常だった未亡人が、今夜は胸元が大胆に開いた赤いイブニングドレスを身に付けているのだから……こちらを見るな自分に注目するなと言う方が、無理な話だった。


 それに、私は注目を集めたいと思い、このドレスを選択したはず。


「そういえば……キーブルグ侯爵夫人は、元々何処の家の方だったかしら?」


「確か、エタンセル伯爵家でしょう? キーブルグ侯爵と結婚されるまで、エタンセル伯爵のご令嬢は、ハンナ様のお話しか聞いた事がなかったけれど……結婚されたと聞いた時は、本当に驚いたわ」


 複雑な家の事情が重なり、正式な社交界デビューを、ろくろく出来なかった私には、貴族に親しい友人だって居ない。


 キーブルグ侯爵家にまるで売られるように嫁いでからというもの、社交の必要に迫られ夜会へ出席しても、話し相手となる友人なんてどこにも居なかった。


 これまでは会場の隅の方で、領地で縁のある貴族との仕事の会話以外は静かに過ごしていた。


 喪明けすぐの夜会で私は再婚する相手を探していると目立たなければいけないと決心し、注目されたくて扇情的な赤いドレスを着て……ええ。そうされたかったはずだった。


 ……だけど、注目されることに慣れていない私は、既にこの場で居たたまれなくなってしまっていた。


「なんと、キーブルグ家の未亡人は、これまでは顔が見えなかったが、あのように美しい女性だったのか。これは驚いた」


「ああ。今まで顔をヴェールで覆い隠し、夫の喪中だからと万事控えめで、気が付かなかったが……」


 実際にこうして周囲の貴族たちから無遠慮な視線を向けられ注目されると、まるでお皿の上で食べられるのを待つしかない料理になった気分だった。


 ええ。私は確かに未亡人だけれど、亡き夫の喪明けを済ませたのだから、これからは誰とでも恋愛も結婚だって出来るはず。


 ……だけど、私は生まれてからこれまで、書類上の夫とも誰とも恋愛も結婚もしたことがなかった。


 つまり、こうして貴族の社交場である夜会に来たからって、何をどうして恋愛を始めれば良いのかなんて何も知らない。


 わざわざこんな色気あるドレスを着て、この夜会へとやって来た当初の目的も忘れ、くるりと方向転換をして一目散に走って逃げ出したくなった。


 現在着用しているドレスは、我が家御用達のメゾンで勧められた、光沢のある深紅の生地で出来た装飾を極力排除したデザインの大人っぽいドレス。


 良く叩かれて艶が出た絹がとてもとても高価であることは、お目の高い貴族たちには、一目見てわかるはず。


 身体のラインに、ぴったりと沿うように縫製されていて、胸元はかなり深いラインまで開き、私のような成人したばかりの年齢には、かなり背伸びした色気あるデザイン。


 未亡人という立場で条件の良い再婚相手を見繕うのだから、このくらいは攻めた方が良いと、したり顔のマダムから強く勧められ、押しに弱い私は戸惑いつつも、その時は確かに頷いた。


 私はこれまでの自分から生まれ変わって、良き再婚相手を探して幸せになるのだと固く決意していたのだから。


 けれど、周囲の男性の視線が私の胸の辺りにやけに集まっているのを感じると、もう少し生地を上まで付け足して貰えば良かったかもしれないと日和ってしまった。


 ……いいえ。いけないわ。


 私は自分の幸せを掴むため再婚相手を見つけに、ここへ来ているのだから、男性に注目されることそれ自体は、良い事のはず。そうなのよ。


 色気あるドレスを含む私の外見は、単に男性からの注目を集める手段。


 声を掛けてもらう男性の人数を増やし、中身は時間をかけてわかってもらえば良いはずだわ。


 ……求婚者を募る若い令嬢たちは、皆、そうしているはずだもの。


 今夜、この会場に集まっている貴族、ほぼ全員が知っている事実。


 この私。ブランシュ・キーブルグは結婚式の日に一度も会わぬままで出征し、その戦いで戦死してしまった夫アーロン・キーブルグ侯爵の未亡人。


 つまり、私は旦那様とは初夜の肉体関係どころか、手を触れたことさえない、白い結婚であることは明らか。


 彼の亡くなったという連絡のあった日から一年が経ち、私の夫アーロンの喪がやっと明けた。


 彼はシュレイド王国軍を率いる若き将軍で、生涯不敗を誇り『血煙の軍神』という名前が近隣諸国に轟き、とても有名な軍人だったそうだ。


 結婚式の日に私と初めて会うはずだった直前に、我が国を狙いに三国の連合軍が国境を越えたらしいという急報を聞いて、シュレイド王国軍の将軍である彼は急ぎ出征してしまった。


 つまり、私たち夫婦は一度も会わないままに結婚することになってしまった。


 結婚式用の白いドレスを着たままで取り残された私は、書類上のみはアーロンの妻となり、それから一週間してから彼が戦場で亡くなったという訃報を聞いた。


 軍勢の数にどれだけの大きな差があろうが自軍を勝利に導く奇策を鮮やかに繰り出すかの軍神さえ居れば、シュレイド王国は必ず勝てるだろうと、それまでに大半の国民は安心しきっていた。


 だと言うのに、急な訃報に宮廷や国民たちは旦那様の死を聞き唖然としてしまい、その時ばかりは国内全体が沈痛な重苦しい空気に包まれ、彼が居るならばと余裕のある貴族たちも、慌てて軍勢を率いて国境にまで出征したと聞く。


 それは、私が後から詳しく聞いた話で……その時には既に彼の妻であった私は、遺族としての葬式の準備や親戚一同への対応などで忙しく走り回り、悲しんでいる時間などはなかった。


 多くの軍勢を突破するために、将軍の彼は無茶な作戦を自ら先導し、激しい戦いの中、死体すらも見つからなかったそうだ。


 とは言っても、私たち二人は生前に一度も会ったこともないのだから、お葬式に彼の伴侶として出席していても、不思議な気持ちになってしまった。


 悲しい事は、悲しかった。もしかしたら、実家へ帰れと言われてしまうかもしれないと思っていたからだ。


 妻なのだから葬式では嘆き悲しむべきなのだろうけれど、会ったこともない書類上だけの夫とは、何一つ思い出もなかった。


 慌ただしい時期を越えて落ち着けば、キーブルグ侯爵邸の女主人や、領主代行としての書類仕事は山積み。


 夫アーロンが亡くなってからというもの。ここ一年は怒涛の日々で本当に大変だった。


 数年前に勘当されて旅から帰って来た義弟から再婚を迫られることになり、旦那様の愛人を名乗る身重の女性などを保護する対応なども含め、本当に……夢見ていた幸せな結婚生活なんて程遠くて、常に悩み苦しむ激動の日々だった。


 けど、そんな辛い日々は……もう、終わる。


 ……いいえ。ブランシュ。私は逃げても逃げても何処までも追い掛けてくるような不幸を、自分の力で終わらせるのよ。


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