暁
明美さん・・80歳前後女性。認知症の夫を介護している。
店員・・・・普段は喫茶店で働いているが役者として活動もしている。
明美、寝不足な様子で入ってくる。
店員「いらっしゃいませ。」
明美「おはよう。」
店員「おはようございます。いつもので?」
明美「お願いします。」
店員「かしこまりました。ではコーヒーから。ちょうど入れたてです。どうぞ。」
明美「ラッキー、はー落ち着く。」
店員「本日は何時にもましてお疲れな感じですね。」
明美「そう。うちの人が昨日、徘徊してね、一晩中追っかけてたの。」
店員「それは、それはお疲れ様です。」
明美「本当に疲れた。何であんなに歩けるんだろう?町内10周はしたね。」
店員「10周!?膝大丈夫ですか、この前病院行ったって仰ってたから。」
明美「何とかね。今日はヘルパーさん頼んでる日だし。この後、預けたら少し寝れるし。」
店員「それなら良かったです。今は寝てらっしゃるんですか?」
明美「そう、のんきなもんよね。私の苦労も知らないで。ここが家から近くて良かったわ」
スマホを取り出す明美
明美「うん、まだ寝てる。」
店員「それは?」
明美「うちの様子をスマホから見れるの。」
店員「凄いですね。」
明美「凄いでしょう!犬とかのやつなんだけどね。」
店員「あーペット見守りカメラみたいな。」
明美「そうそう、今って便利よね。スマホで何でも出来るんだもん。これ教えてくれたヘルパーさんに感謝よ。こうしてモーニングも食べに来られるし。」
店員「それで最近また来てくれるようになったんですね。僕も感謝しないと。」
明美「何で感謝なのよ。」
店員「明美さんとお会いするとなんか力貰えるんです。」
明美「昔、同じような事言われた気がする。」
店員「え?」
明美「何でもない何でもない、ありがとう。」
店員「こちらこそです。お待たせしました。」
明美「ありがとう、嬉しい。」
小倉トーストを頬張る明美
明美「んー美味しい。何、ニヤニヤしてるの?」
店員「いや、本当に美味しそうに食べるなって思って、作った甲斐があります。」
明美「食べる事は私の生きがいだからね。」
店員「知ってました。」
明美「なに?」
店員「すみません、そういえば明美さんの一番好きな食べ物ってなんなんですか?」
明美「ん~オムライスかな。」
店員「あれそうだったんですか?うちのオムライス食べてるところ見たこと無いですけど。」
明美「うんっとー、旦那の。」
店員「それには勝てませんね。」
明美「もう、年寄困らせない。」
店員「すみません。」
明美「うちの人が認知になってから、食べてないな、嫌って程食べた筈なのに、
食べれなくなると恋しくなる。」
店員「昔、お店やってたんですよね、お二人で。」
明美「そう、大変だったのよ。勢いで始めたお店だったから何にも分からなくて全部手探りでね、一つ解決したと思ったらまた新たな問題が出てきて、とにかくバタバタバタバタして気が付いたら30年経ってた。」
店員「30年ですか、凄いな。」
明美「結局、潰れたんだけどね。辛いことばかりだったのに楽しかったな」
店員「僕も行ってみたかったな、そのお店。」
明美「貴方がお客さんで私が店員なんて変な感じね。」
店員「確かに、逆に緊張しそうです。」
明美「上京して何年だっけ?」
店員「もう5年ぐらいたちますね。」
明美「もうそんなたつんだ。立派になる訳だ。」
店員「いやいや、全然。夢追いかけて上京しましたけど、今だ鳴かず飛ばずですし。」
明美「まだまだ若いじゃない。」
店員「もう26ですよ。焦ります。」
明美「これから男盛りじゃない。貴方なら絶対に役者で売れるわよ。」
店員「嬉しいな、本気にしますよ。」
明美「・・・どうぞ、どうぞ。」
店員「なんか間がありましたよ。」
明美「違う違う、昔を思い出して、今日はそういう日みたい。」
間
明美「年寄の話に付き合ってくれる?もう付き合って貰っちゃてるか。」
店員「いくらでもお付き合いします。」
明美「ありがとう。二人でこの店に来た時のあの人のこと覚えてる?」
店員「ちょっと怖かったですね、ご注文伺っても一言も無かったですし。」
明美「でしょ?」
店員「いや、僕も働き始めで慣れてなかったから。」
明美「気遣わなくて大丈夫よ。あの人ね、昔おしゃべりだったのよ。」
店員「そうなんですか、お席でお二人の会話も無かったから無口な方かと。」
明美「実は全然違ったのよ、お店やってる時なんて手より口の方が動いてたぐらい。お客さんやアルバイトの子と話してばっかり。」
店員「へー」
明美「そんなおしゃべりがさ、お店畳んでから、めっきり喋らなくなってね。なんかプッツリ切れちゃったんだろうけど、辛気臭くてね。夫婦仲、冷めに冷めちゃって、熟年離婚もじさないって感じになったの。」
店員「そこまで行ってたんですか。」
明美「そう、でもあの人に認知の症状が現れ始めてね。あの人の面倒見れるのなんて私だけじゃない。」
店員「それで離婚にはならなかったんですね。」
明美「なし崩し的にね、毎日大変で、そんな考えにならなかった。毎日、毎日、おじいさんの世話をおばあさんがするのよ。そのおじいさんときたら、私の顔を忘れるは、急に怒りだすは、昔の話を延々とするは、徘徊するはやりたい放題。」
店員「家の祖母がそうだったんで、少し分かります。」
明美「あら、大変だったでしょ?」
店員「いえ、僕は時たま話すぐらいで介護という介護はしてないですし。結局は施設に入って貰ったので。」
明美「それが賢明よ、私は今を生きている人の生活の方が大切だと思う。それに施設だって決して悪い所じゃない。」
店員「ありがとうございます。明美さんは考えなかったんですか?」
明美「勿論考えたし、勧められた。でも私はそうはしたくなかった。大変だし、しんどいし、腹も立つんだけど楽しいって思えたから。」
店員「楽しい?」
明美「だってね、あんなにぶすっと黙ってる人がね、延々喋るのよ。昔のことを楽しそうに、なんだ、話せるじゃないって思ってね。私ってね、いい女だったんですって、今もいい女だわ。」
店員「はは、間違いなく。」
明美「でしょ?それに時たま、ありがとうって言ってくれるし、私が作った料理を美味しいって言うのよ。あんたそんな事、思ってたのって?なんか可愛くなってきちゃって。」
店員「はは」
明美「勿論、しんどいのはしんどいのよ、だから最近は手伝って貰ってるし。
でも不思議なのが、体はボロボロで、年老いて行くのに心は若返っていってるの。」
店員「なんか素敵ですね。」
明美「そう言ってくれる?いい男だね。」
店員「でしょ?」
明美「フフッ、昨日の夜、徘徊しだした時もね、途中、本当に殺してやろうかと思った、ボロボロの体、膝は痛いし、もう本当に勘弁しくれって。私の年齢考えてくれって、坂は登り出すし、離婚しとけば良かったって本気で思った。でもね、あの人が道の途中で急に止まって海の方を見だしたの、なんなのって思って見たらさ。朝日が登って来たの。」
店員「朝日ですか?」
明美「そう、綺麗だった。思わず涙が出るくらい。あの人もニコニコ、ニコニコしながら見ててね。私ね、長く住んでるけどこの街で朝日が見れるなんて知らなかた。」
店員「確かにイメージないです。」
明美「でしょ?朝日で街が少しずつ明るくなって行く。私がこの街に来てこの人とお店始めた時からずっとこうして朝日が昇ってたんだなぁとか思っちゃって。」
店員「見せたかったんですかね。」
明美「そう思っちゃうでしょ?絶対に違うんだけどね。しょうがないから最後まで騙されてあげます。」
店員「なんかいいなぁ、そうありたいな。」
明美「あなたは先ず彼女作りなさい、5年も居ないなんてびっくりよ。」
店員「ですよね。」
スマホを除き込む明美
明美「あ、起きてきたみたい。帰らないと、犬の方が大人しいんだから。(コーヒーを飲み干す)ごちそうさま。話聞いてくれてありがとうね。また来ます。(丁度の金額を置いて)」
店員「こちらこそ、素敵なお話ありがとう御座います。またお待ちしております。」