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DREAM CIRCLE

作者: 文記佐輝

雨が降る中、僕こと竜宮院 ナツメは、死のうとしていた。

ーーー

僕は高校という晴れ舞台で、好きな子にフルパワーでアタックしまくった。しかし、結果は惨敗。

高校の卒業式、僕は好きな子に告白した。しかし、結果は先の通り、惨敗。敗北も敗北。こっ酷くフラれてしまった。

桜吹雪が舞う中、他の生徒達は最後の談笑をしながら、それぞれのやるべき事をやり遂げ、帰っていく。そんな中、僕は告白するんじゃなかったと後悔しながら帰路についていた。

帰り道の最中、悲しくて泣く者たち、再会を誓い合う者たち。そんな存在を見ながら、僕は自分がバカバカしくなってきた。

家に着くと、小さく「ただいま」を言う。

まぁ言ったところで、家族のいない自分には静寂しか返ってこないのだが。

小さい時に、両親は他界した。原因は火災。

僕がなぜ生きているのかと言うと、父が僕を先に外へ連れ出してくれたからだ。しかし、父は母を助けるために、燃える家の中へと入ってしまった。その直後、家は内部から爆破し、それにより二人は焼死してしまったのだと聞いた。

正直二人の顔は知らないし、もちろんどんな人だったのかもわからない。

ただ、僕を引き取ってくれた叔父さんが言うには、二人ともいい人だったという。

叔父さんは、僕が中学三年の最後の春の時に、病気で亡くなってしまった。その際、叔父さんは僕に、この家と多額の遺産を受け渡してくれた。

そんな大切な家で、卒業式で恥をかいた僕は、次の日しようと決心したのだった。

ーーー次の日、生憎な雨。

僕は雨の下を、傘もささずに歩いていた。

びしょ濡れになった体は、僕の意志と反して震えている。

気が付けば、近くの公園に来ていた。

この公園には叔父さんとの思い出があり、思わず微笑んでしまった。

僕は公園で人気な湖に向かった。

桟橋を歩きながら、氾濫寸前の水面を見た。

(ここに落ちれば、きっと死んでしまうだろうな…)

そんな事を考えながら、先に逝ってしまっている両親と、叔父さんに謝った。

(ちょっと早いかもだけど、まあ、良いよね。)

僕は桟橋の柵に手を置き、それを飛び越えようとした時。

「きゃあぁぁぁぁーーー!!!!!」

遠くから、人の叫び声が聞こえた。

僕はその声の主を探すようにあたりを見渡した。

そして、僕はその主を湖の近くに居るのを見つけた。

僕は走り、その女性に聞こえるように大声で話しかけた。

女性はこちらに気付き、湖に妹が落ちてしまったことを伝えてくれた。

湖に目を向けるが、人の姿は見当たらなかった。

僕は柵から身を乗り出し、目を凝らし探した。

そしてついに、その姿を見つけ出した。

僕は一も二もなく湖に飛び込んだ。

湖は目で見ていたよりも深く、水の流れに体が攫われそうになる。だが、それに必死に抵抗しながら、少女がいたであろう場所まで懸命に向かう。

ある程度進んだ僕は、湖の中に腕を突っ込み、少女を探した。

相当運がなくちゃ、とてもじゃないが見つけ出せないであろう氾濫しかけの湖から、それらしきものを、僕はなんとか掴むことが出来た。

そして、僕はそれを全身で引き上げる。やはり、僕が掴んだものは、少女の腕であり、なんとか湖の底から引き上げることは出来た。

しかし、こっからが問題だった。まだ子供とは言え、二人分の体重を支えるのは厳しく、体がどんどん沈んでいく。

(くそっ!このままだとこの子が死んでしまう!)

頭をフル回転し、少女を安全な場所へ避難させる方法を探した。

しかし、寒さと疲労感により、僕の意識が徐々に沈んでいく。

(まずい…!これだと、ダメだ…!どこかに良いところを…!)

その時、大きな岩が先にあることに気が付いた。

僕は一か八かに掛け、流れに身を任せた。

その瞬間、僕と少女は勢いよく流され始めた。

一気に流される中、その岩の場所を確認する。そして、岩が近づいてきた時を見計らい、自分の体を全部使って岩に衝突してその場にとどまった。

だが、僕は岩に体を強打したせいで、悲鳴をあげだした。

僕自身も、今すぐにでも泣きたくなるくらいの痛みだったが、そんなことよりも、少女の安否が心配だった。

少女を岩の上へ上げると、少女に呼びかけ続けた。

そして、やがて少女が口から大量の水を吐き出した。

「…うぁ、ケホッケホッ…!」

少女ほ薄目でこちらを見た。僕はそれを確認すると、一気に力が抜けてしまい。

そのまま意識を失ってしまうのだった。

ーーー?時間後

知らない天井を見ながら、僕は目を覚ましてしまった。

身体に目を向けると、包帯が軽く巻かれていた。

僕は痛みに苦しみながら上体を起こすと、折り鶴が机の上に置かれていることに気が付いた。

折り鶴を手に取り、その精密に作られた折り鶴を見つめていた。

そんなとき、病室のドアが開いた。

「起きましたか!今先生を呼びますからね!そのまま安静にしていてください!」

入ってきたナースはそう言い残すと、慌てて病室を出ていった。

数分もかからず、白衣を着た中年の男性がやってきた。

「おはようございます。早速で申し訳ないのですが、あなたは、自身のことを覚えていますか?」

そう聞かれ僕は頷いた。「もしよろしければ、あなた自身で名乗っていただいてもよろしいですか?」と言われたため、自身の名前と年齢、一応生年月日を先生に伝えた。

先生はそれを聞き、頷いた。

そして、先生は僕をしっかりと見据えながら、やがて覚悟を決めたように、次の言葉を述べた。

「落ち着いて来ていくださいね。

貴方が意識を失ってから、すでに三カ月が経っていました。

つまりあなたは、植物状態だったということです。

もしかしたら、脳に何らかのダメージがあるかもしれません。」

そこまで言うと、僕の様子をうかがった。

僕はさほど驚くこともなく、「そうなんだー」ぐらいにしか話を聞いていなかった。

その様子を見てか、先生は検査を行いましょうと僕を連れ、病室を出た。

検査は案外早く終わり、僕の身体はすでに完治しているらしいことを聞いた。

それを告げながら、先生は驚きを隠せずに居た。その隣にいた看護師も同様の様子だった。

「正直、こんな短時間で完治しているとは思いませんでした。

それに加えへ、なんの後遺症もないとは…」

その後は、色々と手続きを行い、無事?退院するまでに至った。

退院したその日のうちに、僕は大学へ連絡した。

正直もう大学へは行けないと思っていたので、行けると知った時はさすがに驚いた。

大学側から聞いた話によると、どうやら親戚だという女性が、僕が入院していることを連絡し、休学する旨を伝えられたそうだった。

僕はその親戚とされる女性の事を認知していなかったが、その人のおかげで、僕は大学に通うことができるようだ。

連絡を終えると、僕はベッドで横になっていた。

あの日、僕が助けた少女は無事だったのだろうかという疑問と、僕の病院代を払ってくれたのは誰で、大学に連絡しといてくれたのは誰だったのかという、疑問。

それらの疑問は、僕を生かすには十分な理由になったようで、今の僕には死のうという考えはなくなっていた。

しかし、その生きる理由の一つの疑問は、一つの着信音とともに解消されてしまった。

『もっしもーし!退院おめでとー!』

「………だ、だれ?」

聞き覚えのないその声に、僕は戸惑いを隠せずに聞いた。

スピーカーからは、女性のケラケラと笑う声が聞こえてきた。

『いやぁ~そうだよね!オレの事を知るはず無いもんね!』

そう言うと、女性は電話越しでどこかの玄関チャイムを鳴らした。と同時に、僕の家のチャイムが鳴った。

まさかと思い、僕は玄関まで走って、覗き穴から外を見た。

そこに立っていたのは、片目を髪で隠した、白髪で高身長の女性が片耳にスマホを当てながら、満面の笑みを浮かべていた。

そしてさらに、僕はその女性に見覚えがあった。

玄関の鍵を開け、扉を開け放つと、女性はその満面の笑みをこちらに向けてきた。

「やっほ!来ちゃった♪」

「……幸さん」

ーーー夜

お風呂に入っている幸さんについて少し。

幸さんは、僕の母の妹であり、これまで消息不明だった人だ。

最後に会ったのは、両親の葬式以来だ。僕は覚えてないけど。

一応、僕の親戚ではあると思う。

どうして消息不明だったのかは、僕は聞かされてないし、そもそも興味が無かった。

しかし、こうして僕を救い、同じ家で住もうというのであれば、話は変わる。

風呂からあがった幸さんは、バスタオル一枚というなんとも際どい格好で冷蔵庫をあさり始めた。

「幸さん!服着てください!」

「えぇ~いいじゃん〜…って、何にもないし…」

僕の注意をよそに、冷蔵庫に何もないことを残念そうに僕に言った。

幸さんは仕方がないと言わんばかりに、バスタオルを取り始めた。

僕は咄嗟にそっぽ向いた。

「ナツメくーん、晩ごはん食べに行くよぉ〜!」

そう言われ、僕の首根っこを持って担いだ幸さんは、歩いて近くのファミレスへと向かった。

僕は拒否権を奪われていたため、仕方なくファミレスで食べることにした。

幸さんは、注文を取りに来た店員に、大盛りのスパゲティを頼み、僕に何にするかを聞いてきた。僕は適当に、ハンバーグ定食なるものを頼んだ。

店員が去ると、幸さんは僕の顔をじっと見つめた。

「なんですか、僕の顔になにかついてます?」

そう問うと、幸さんは「何も〜?」とニヤニヤとしながら答えた。

僕は少しムスッとし、さらに問い詰めようとしたが、先に口を開けたのは幸さんだった。

「ナツメくんはさ、どうしてあの子を救おうと思ったの?」

そんな率直な疑問を、幸さんは真顔で問いかけてきた。

僕は、先ほどまでニヤついていた幸さんとは違う態度で、戸惑った。しかし、そんな僕をよそに、お冷やを片手に持ちながら、さらに聞いてきた。

「あんなに雨が降ってる中、ナツメくんは傘もささずにあの桟橋に居たんだろ?…それってつまりさ…」

どうやら、幸さんはもう気づいているようだ。

僕はあえて、その答えを言わなかった。

「…そう来たかぁ〜…」

幸さんは参ったと言わんばかりに笑顔に戻り、大きくのけぞり、息を吐いた。

そんな時、注文した品が到着した。

店員に愛想よくお礼を言うと、僕の方へ、箸を差し出してきた。

僕はその箸を手に取ると、幸さんが手を合わせ、行儀良く姿勢を正し、「いただきます。」と言った。

そして、勢いよくスパゲティを口に運び始めた。

僕はさっきまでの落ち着きは嘘だったのかと思いつつ、ちまちまと食べ始めた。

「そんだけで足りるかい?もっと頼んでもよかったんだけど」

幸さんはそう言いながら、爪楊枝で歯に挟まったものを取り除いていた。僕は、幸さんが先ほどまでがっついていた皿を見た。しかし、そこにはすでに空になったものがあった。

「幸さん…。もう少しゆっくり食べてもよかったんじゃ…?」

僕の皿を見ながら、僕はそう言った。

幸さんはエヘヘと笑いながら、お冷やを追加しに行った。

取り残された僕は、ハンバーグを食べながら、あの日のことを思い返していた。

皿の上にはまだハンバーグが半分以上残っていたが、食べる気分になれなかったため、僕はそっと幸さんの座る方に置いた。

お冷やを飲みながら戻ってきた幸さんは、自分の方に置かれた皿を見て、「良いのか!?」とどこか見覚えのある反応に、少し引っかかりを覚えつつも、それに応えた。

「ナツメくん、ほんとにあの人たちに似てるねぇ〜」

幸さんはいきなりそんな事を言ってきた。

僕はそのあの人たちについて少し考えると、両親の事を思い浮かべた。

「…僕は、きっと母さんや父さんのうような素晴らしい人間とは、似ても似つかないです。」

僕は自分自身に皮肉を与えるように、そう言い捨てた。

しかし、そんな僕を見て幸さんは優しく微笑んだ。

「やっぱり似てる。ホントそっくりだわ。」

そう言いながら、僕の残した食事に手をつける。

美味しそうに頬張る幸さんを見て、僕は忘れていた両親の優しい顔を思い出した。

その瞬間、あの日の両親の葬式から、僕は初めて涙を流した。

今まで一度だってないたことがなかったのに、なぜだか今日、僕は泣くことを止めることができなかった。

幸さんはそんな僕を見てか、何も聞くことなく隣に座ってきて。そして、僕の頭を幸さんは自身の胸に当てた。

「…泣け、子供ってのは、こうして泣くのが本来の職務なんだからさ。だから、今はいっぱい泣け。オレがお前の泣き顔を、他のやつには見せねぇからさ。」

そう優しく言うと、幸さんは僕の頭をゆっくりと撫でてくれた。

さらに涙が溢れる僕を、力強く、けれど優しく、ギュッと抱きしめてくれた。

この包容感に、僕は身に覚えがあった。これは、間違いなく母の包容力と同じものを感じた。

それから、僕がある程度落ち着いたのを確認した幸さんは、僕を大きな背中の後ろに隠し、他の人たちに見えないようにしてくれていた。

ファミレスを出て、家が近づいてきた時、幸さんは足を止めた。

「あの公園か…」

そう言うと、幸さんはそちらに足を進めた。

僕は幸さんの後に続き、その公園に入った。

幸さんは桟橋まで行くと、柵に腕をかけてリラックスし始めた。

桟橋の中腹で止まった幸さんのとなりで、僕は、穏やかな流れの水面を見つめた。

「ここって風が心地良いよなぁ〜…」

風を受けながら、幸さんは綺麗な髪をなびかせていた。

僕も、その風にあたりながら、あの日のことを思い返した。

そして、僕は何かが吹っ切れたようで、聞かれたことへの答えを口にした。

「…僕が、あの子を助けたのは…ただのカッコつけです。」

そう、僕は最後にカッコいいことがしたかっただけなのだ。

厳密に言えば、あの日あの子を助け、ヒーローになって少しでも自分が死ぬことを正当化したかったのだ。

両親が僕にとってのヒーローだったように、自分も誰かのヒーローになったのなら、死んだらあの世で両親に、叔父さんに会えると思ってから、助けたのだ。

幸さんは僕の話を聞きながら、終始笑顔を崩さなかった。

僕は全てを幸さんに打ち明けた。自分が何のために生きているのか分からなくなったことや、僕が生きがいにしていた女の子にフラれたことや、全てを打ち明けた。

僕が話し終えるのを見計らって、幸さんは口を開いた。

「……まったくさ…。ほんとに似過ぎだよ、ナツメくんはさ。」

その言葉に、僕は首を傾げた。そして幸さんは、僕の方へ向き直る。

幸さん先ほどまで笑顔だった表情を、少し悲しそうな表情へと変えていた。

「…二人ともね、ネガティブの塊みたいな性格だったんだ。

まぁそのおかげでさ、二人は出会って、そんでめっちゃ幸せそうではあったんだ。

でもね、ある日ナツメくんを預かってくれるかを聞かれてね。

そん時は、オレは大学に通っててさ、とてもじゃないけどナツメくんを引き取れるような財力が無かったわけ。

それで、ナツメくんも知ってるように、叔父さんが引き取れるって話になってさ。そん時、二人は安心してたんだって…

その次の日に、叔父のカツミさんは、君を引き取るために君の家へ向かってたんだ。そこで、ニュースで知ったんだってさ、

まぁそれで分かったんだよね。君の両親は、心中しようと思ったんじゃないかってね。」

そう言うと、幸さんは大きくため息をして、幸さんは僕の目をしっかり見ると、両手で僕の両頬をつまみ上げた。

「あいだだだだだっ!?」

幸さんは数秒つまんだ後、今度はしっかりと顔を両手で掴むと、幸さんはグイッと顔を近づけさせた。

「……そんなとこまで似なくていいからさ。もっと生きてみようよ。…今度は、オレが一緒に居てやるからさ。

…だからさ…一緒に生きる意味を探そう?」

その時の幸さんの表情は、もう何も失いたくないという、悲しく切ない顔をしていた。

きっと僕には、幸さんのそんな顔を見てしまった以上、この命をむやみに危険にさらすことはできないであろうことを、心のどこかで感じてしまった。

僕は、僕のせいでこんな顔をする人を放って、あの世へ行くことはできない。だから、僕はそれを示すように、幸さんの事をギュッと抱きしめた。

幸さんも、そんな僕をキュッと抱きしめ返してくれた。

この時はまだ、幸さんのほうが身長が高く、幸さんが少し屈んでいることに気がついた。

「…すみません、僕が低いから…」

僕は少しだけ微笑みかけ、そう言った。

幸さんは笑い、ハグをやめると僕をヒョイッと抱え上げた。

「今はまだ、こんくらいの身長差でいいさ!もっとオレのち気にさせろ〜!」

そう言いながら、僕を抱えたまま家へと帰宅するのだった。

ーーー大学初日。

僕は鞄を肩にかけると、食器を洗っている幸さんに向けて、

「行ってきまーす!」

そう言った。なんだか、僕はこの日気分よく家を出ることが出来た。きっとそれは、

「いってらー!気をつけて行くんだよぉ〜!」

と元気の良い声を聞くことができたからだと思う。

僕は「は~い!」と返し、家を出た。

そして、家の塀を越えたところあたりて、幸さんが後ろから駆け寄ってきて、いきなり抱きついてきた。

「今日の分補給〜!」

そう言っていたけれど、僕はそれどころじゃなく、あたふたしていた。そして、すぐに離れた幸さんは、手に持っていた巾着に包まれた弁当を僕に手渡した。

「これ、初めて弁当作ったけど、味はいいと思うからしっかり食べるんだぞ!」

そう何の恥じらいもなく言うと、笑顔で手を振り、そのまま家の中へと走って入っていった。

僕は何も言えずに、その背中を持つ見送ると、幸さんの作ってくれた弁当をありがたく鞄に納め、小さく感謝を述べ、歩いて大学へと向かった。

大学の正門前まで来ると、僕は一度深呼吸し、その門を越えた。

大学の敷地内には、多くの学生が、すでに慣れたように話したり笑ったりしていた。

僕は彼らの目に留まらないように、一時限目のある教室へ向かった。その道中、曲がり角から出てきた女性とぶつかってしまい、女性を倒してしまった。

僕は慌てて女性に手を差し伸べる。

「すみません!お怪我はありませんか?!」

女性は僕の手を取ると、「大丈夫でしゅ…」と舌を噛みながら答えてくれた。

立ち上がった彼女は、僕に頭を下げるとそそくさとその場を離れていった。

僕は申し訳ない気持ちのまま、教室に着くことが出来た。

教室には、一人の生徒らしき女性以外、どれも居なかった。

僕は教室に入り、あえて彼女から離れた席に座った。

鞄から筆記用具や、幸さんが買っておいてくれた教科書を机に置き、時間が来るまで小説を読むことにした。

この小説は、幸さんが昨日貸してくれた本で、おすすめだと推しに推されたため、根負けした僕は、その本を読むことにしたのだ。

その本を読み始めた瞬間、窓際に座っていた女性がいきなり立ち上がり、こちらへ向かってくるのが、視界の端で見えた。

ダァンッ、という大きな音とともに、僕の目の前まで顔を近づけてきたその女性は、どこか見覚えがあり、その正体を明かす前に彼女が口を開いた。

「はじめまして、ですね。私の事、覚えておられますか?」

「……えっとぉ…」

僕は目を逸らしつつ、考えを巡らせた。

そこで浮かんできた答えを、僕は彼女に向けて、少し遠回しに告げた。

「…妹さん、無事でしたか?」

その問いに、彼女は大きく頷き返してくれて、そして僕の手を力強く握った。

「貴方のお陰で、舞、妹は無事に助かりました!ありがとうございます!竜宮院さん!」

彼女は目頭に涙を浮かべながら、そう大きく感謝を述べた。

それから、僕と彼女、天内明夏は昼の時間に一緒にご飯を食べることになった。

「あの日、竜宮院さんが居なかったら、妹はただじゃ済まなかったと思います。改めて、ありがとうございます。」

初対面の時よりか、幾分が落ち着きを取り戻したメイカさんは、頭を深々と下げた。深々と下げすぎて机に額をこすりつけているぐらいだ。

「良いですよ。妹さんが無事で、ほんとに良かったです。」

弁当の蓋を開けながら、僕は笑顔で返した。

メイカさんも自身の弁当箱を開き、なぜかそれを僕に差し出してきた。

僕は頭にハテナを浮かべつつ、メイカさんに聞いた。

「これはちょっとしたお礼です。こんなものじゃ大した返しにはならないと思いますが、今日はこれでぇ…!」

そう言うメイカさんの手は小刻みに震えていた。僕はそれを遠慮すると、「一緒に食べてくれるだけで嬉しい」と伝えた。

その言葉を聞いたメイカさんは満面の笑みになり、元気よく合掌をすると、弁当をおいしそうに食べ始めた。

(…もしかして、自分が食いたかったのかこの人)

その食いっぷりを見ながら、僕は彼女の食い意地について知ることができた。

おいしそうに食うメイカさんを見ていたら、お腹が空いてきたため、幸さんの手作り弁当に目をやった。

僕は慌ててそれに蓋をした。

メイカさんは食事で夢中で、僕の動きに気づいていなかった。

改めて、僕はそっと蓋を開けると、やはりそれがあることを視認した。

(幸さん!これはいかんですよ!弁当でハートはいかんですよ!!)

心のなかで全力でツッコミを入れながら、そのハートを崩さないように慎重に食べ、ある程度食べることができたらすぐに蓋を閉めた。

(帰ったら幸さんを問い詰めないと…)

僕はそう決意した。

四限目の授業が終わると、今日はこれで終わりかスマホで時間割を調べる。

その時、突っ立っていた僕に勢いよくぶつかってきた者がいた。

「いったぁーい!」

そう痛そうに叫ぶ少女を見て、ようやくこの小さな少女が僕に当たったのだと気づいた。

「ご、ごめん!怪我はない?」

僕がかがもうとしたとき、廊下の奥からもう一人の、少し身長の低い少女が鬼の形相でやってきた。

「香里奈ちゃーん?どうして逃げるのかなぁ〜?」

香里奈ちゃんと呼ばれた少女が怯えたように僕の後ろに隠れた。

「ご、ごご誤解だったんだよぉ!落ち着いてぇ麻里奈!」

そう言いながら僕の背中に顔を埋める。麻里奈と呼ばれた少女は僕の前まで来ると、僕を見た。

「すみません。うちの香里奈ちゃんがとんだご迷惑を、今すぐはがしますので、もうしばらくのご辛抱をッ!!」

そう言うと、麻里奈とやらは懐から竹刀を取り出し、僕の周りを二人して回り始めた。

何もできない僕は、スマホで時間割を確認し、この後は何もない事を確かめ、そのまま待機することにした。

するとそこへ、帽子を被った女性が駆け寄ってきて、二人の首根っこをつかんだ。

「何やってんだお前たち!他の人たちに迷惑をかけるなぁ!」

そう注意すると、その女性は僕に対し深々と頭を下げ、二人をつかんんだままその場を後にした。

嵐のようなトリオだったなと思いつつ、僕は帰ろうとした。

しかし、それは許されなかった。

「竜宮院さん!私の入っているサークルへ行きませんか?」

そう突然誘われてしまったのだ。

「サークルかぁ…でもなぁ…」

悩んでいる僕の手を取り、メイカさんは走り出した。

「悩むぐらいなら、一度だけでいいので、見学してってください!」

僕は断ろうと思っていたが、楽しそうに笑うメイカさんを見て、見学だけならと思い、行くことになった。

だが、これが僕の運命を変えることになるとは、この時の僕には知る由もなかった。

部室へ着くと、メイカさんはドアノブに手をかけ止まってしまった。

どうしたのかと思い、扉に近づくと、中から声が聞こえてきた。

「…残念だがなぁ、このサークルは人数が少なすぎるんだ。

だから、このサークルは今年をもって廃部する流れになっている。」

残念そうにそう言う女性に、さきほど聞いた声が三つ聞こえてきた。

「そんなの嫌だよぉ!まだ後三年はまってくれないの!?」

「仕方がないですよお姉様。人数も金もカツカツでやってて、もう維持できないんだと思います」

「あたしは良いけど、こいつらのことも考えてやってくれよ!」

「だがなぁ〜…」と口をモゴモゴさせている。

僕はドアノブを握って離さないメイカさんに目をやり、少し震えていることが分かった。

それに加え、先ほどまでの笑顔もなくなっていた。

僕はそんな彼女の手を握り、ドアノブを一緒にひねった。

扉は開き、その部室に入った僕たちを見て、三人は驚いていた。

「メイカ、その男は?」

先に口を開いたのは、帽子を被っていた女性だった。

「……あの、このサークルに入りたくて来たんですが…」

と、本来の目的とは違い、僕はそのサークルに入部することにした。

最初は皆驚いていたが、快く歓迎してくれた。

部長らしき女性は、僕に二度三度と確認をしてくれたが、それでも構わなかった僕は、入部のための料金を払い、正式加入を果たすこととなったのだった。

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