第67話「魔王子ですわ!」
前回のあらすじ!
ジェック、魔王討伐宣言──。
「そんな語彙不足な挑発に乗ると思えば大間違いだ。レヴォン部隊、前へ」
そう魔王が指示するや否や、全身甲冑の乗馬騎士たちが魔王軍の前に整列する。
その中で唯一、頭部装備を付けていない角魔族の男が部隊の中央に出張るなり、ジェックさんは「レヴォン……!?」と声を上げた。
「! 知っているのですか?」
「あぁ、見たことある。レヴォン・ドウン……魔王の嫡男だ」
「嫡男……!?」
ということは、ジェックさんの『腹違いの兄』になるのか!
だとすれば侮れない。いや……戦場で侮ったことは一度たりとてないが、嫡男として育てられてきた魔王子の名を冠する部隊ならば、それだけに実力者が集まっていても不思議ではない!
これはウカウカしていられない!
「皆さん! 彼らは魔王子の名を冠する部隊です! 絶対油断せぬよう願います!!」
夜王さんの頭頂部から警戒を呼びかければ、自陣の皆は気を引き締め直し、同時にレヴォン部隊も「構えッ!」と号令に合わせて一斉に各々の武器を構えた!
「来ますッ!!」
「突撃ッ!!」
レヴォン部隊が『傀儡軍隊』を先頭に、一斉に馬を走らせた!
「は……?」
──が、程なく開いた口が塞がらなくなる。レヴォン部隊が並走する『傀儡軍隊』を攻撃し始めたのだ。
「ん……?!」
更に目を疑う。超巨大斧槍に爆発棍棒、そして爆発魔法と、兵士たちの武器・魔法に既視感を拭えないのだ。挙げ句の果てには……──、
「らァァァアァあぁぁぁあぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁあぁぁぁあぁぁあぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁあぁぁッッッッ!!!!!!!!!!!!!!」
と、魔法陣で空中に転移された傀儡が、フルフェイス大巨漢が放った『指向性ある大咆哮衝撃波』に吹き飛ばされた!
このイカれた『音魔法』の使い手は一人しか存在ない! まさかまさかと期待に胸を膨らませたら、大巨漢──ではなく爆発棍棒の『爆発魔法使い』がフルフェイスを脱ぎ捨てた!!
「ようフィーラ一行、また会ったなァ!!」
「グ レ ス ト さ ん ッ !!!!!!」
私が大歓喜して夜王さんから降りれば、他の面々も「お久ァ!!」と次々に顔を露わにしていく! グロウさん、エイティさん、名前忘れた三つ子他……と、リプフォードの戦士たちは皆無事だった!!
「皆さんご無事で何よりです! どうやって生き残りましたの?! というか何故レヴォン部隊に居ますの?! そもそもの話、どうして傀儡を蹴散らしてこっちに合流してますの?!」
「順を追って説明する! グリーズは最初からアンタらを逃がす魂胆だったんだ! それをグロウの思考透視を通じて知って、逃がす気のない奴らを割り出してもらいながら片っ端からボコしてたら魔王子が来て、罪に問われないよう匿ってくれてたんだ!!」
「最初から逃がす気だったぁ?! ちょっとどういうことですの、はいそこのグリーズ上官!!」
グレストさんは信頼しているが、あれだけ道中妨げられた身としては本人の口から聞かないと納得いかない。
真相を確かめるべく、部隊に混じりながら私たちを遠巻きに眺めていたグリーズ上官へ問い詰めると、右腕を失っていた彼は隣に連れ添わせていた『中指のメフ』さんに超巨大斧槍を預け、左腕の手甲を外させるなり、私は「あ」と声を漏らす。
──露わにして見せつけてきた左手の薬指には、指輪が二つ嵌められていた。
「病床に伏しながらも、最後まで素晴らしい女性だった」
彼は手甲を付け直してもらいながらしみじみと語り、そしてこめかみに血管を浮かべた。
「故に、現魔王が不貞を働いていたと知った時は酷く軽蔑し、失望した。現魔王に見切りをつけて、私に声をかけてくれたレヴォン魔王子に忠誠を誓い直すには充分過ぎた」
「つまるところ貴方は『アンチ魔王』なのですね? ですが、それが何故私たちを見逃した理由に繋がるのですか?」
「それはレヴォン魔王子からの指示だったからだ。まぁ、想定外の抵抗を受けた末に右腕を失ってしまったわけだが、事情を知らぬ姫さまたちからすれば当然の行動だし、左手の指輪を無くさずに済んだから、私は水に流すとしよう」
とりあえず、大都市リプフォードでの大混戦と『地龍ソアース』による駐屯地壊滅は許してくれるらしい。なんか大人の余裕を見せつけられた気がして悔しいが、今気にすべきはそこじゃない。
「では、こうして私たち側に来たのはレヴォン魔王子の意思……ひとまずはそう受け取ってよろしいのですね?」
「その解釈で合っている。詳しくはレヴォン魔王子がこれから説明なさるだろう。ちょうど現魔王も出てきたようだしな」
「レヴォン、どういうことだ?! 傀儡軍隊を潰しおって、私への狼藉と知っての蛮行か?!」
再び前線に出張ってきた魔王は怒りを滲ませながらも、同時に困惑を隠せないでいた。嫡男に同行させていた『傀儡軍隊』の大半を嫡男率いる部隊に蹴散らされた上、私たちの友人が部隊に潜んでいたのだから当然の反応と言えよう。
これにレヴォン王子は馬に乗ったまま大型魔力拡声石を取り出すと、堂々宣言した。
「父上! 今この瞬間をもって、私レヴォン・ドウンは貴方と親子の縁を切る!!」
「「「「「は?!?!?!!」」」」」
突然の絶縁宣言に魔王も私たちも動揺を隠せないでいると、「では言うが……」とレヴォン魔王子は律儀に説明を始める。
「3歳当時、弟妹の存在に憧れを抱いたところを頭ごなしに叱られたこと、私は今でも根に持っている!」
「ッ……!?」
「うわぁ……」
魔王は絶句するが、傍から聞けば当然の怒りだった。幼少期のトラウマは根深いと相場で決まっているのだ。
「だから私に弟が存在ると知った時は嬉しかったが、それが不貞による隠し子だったとは言語道断!! 結果として母は心身を病み、療養と称して私の元を去ってしまった! それを貴様は「くだらん事で病みおって」と言い捨てたな!!」
「なッ……!?!?」
「うわ軽蔑……」
お父さまが心の底から軽蔑する眼差しを魔王に向ける。私から見ても愛妻家で尚且つ実子も深く愛してくれている彼からすれば、世帯者の風上から蹴落としたい存在に違いない。
魔王子による魔王への糾弾はまだ続く。
「結果として、母上を追い詰めた貴様を父と慕う気持ちは7歳時点で地に堕ちている!! というか未だ私が慕っているのだと思われていたこと自体心外極まりない!! あまりの屈辱に顔から火が出そうだ!!」
「グ、グギギ……!!」
魔王は怒りにわなわなと肩を震わすが、周囲からは「そらそうだろ……」と満場一致で白い目を向けられている。私だったらもっと罵るし、なんなら手を上げる。
「挙句の果てには、腹違いの弟を引き取っておきながら存在を祝福しないどころか殉職させようとする魂胆が見え見えな任務へ何度も出向かせる横暴の数々は軽蔑一辺倒!! そんな貴様は、さんっはいっ──!!」
「「「「「●●●●●ーーーーッッ!!!!!!!!!!」」」」」
レヴォン部隊は声に出した悪口が書かれてると思われる横断幕を掲げて野次を飛ばしまくる。すっかり用意周到だが、ここでジェックさんはあることに気づく。
「……あ、分かった」
「どうしましたジェックさん?」
「レヴォンの部隊兵、多分全員既婚者或いは恋仲持ちだ。ちらほら知ってる顔がある」
「あぁ、なるほど」
だったら不貞野郎を見限ってレヴォン魔王子に仕えるのも道理だ。私は納得した。
「ところでジェックさん。彼らなんて言いましたの? 横断幕も見慣れない文字ですわ」
「魔界語で『浮気する男は最低だ!』を超低俗な隠語に言い換えてる。でも魔王だって流石にこんな煽りには……──」
「ギィィィィィィィィィィィッッッッ!!!!!!!!!!」
「乗っかって飛び出してきたよ……」
「一気に小物に成り下がりましたわねー……」
「もう貴様を息子とは思わん! 私自らの手で人間軍ごと葬ってくれる!!」
魔王が『傀儡軍隊』を再編成しながら馬を走らせるが、魔王サイドの兵士たちは擁護しないどころか誰一人として後に続かない始末。実子から見限られた挙句に自業自得な人生の汚点を晒された魔王に軽蔑を通り越して憐れみすら覚えていれば「シーラ姫!」とレヴォン魔王子が私を呼ぶ。
「図々しいのは承知だが、魔王への一撃目を弟に託させてほしい! ああなった奴は私を仕留めることで頭がいっぱいだから不意をつける筈だ! なんなら一撃撃破しても構わん! 私以上に募らせてきたであろう彼の生涯の怨嗟と屈辱を全て叩き込ませてやってくれ! この通りだ!!」
そう言ってレヴォン魔王子は頭を下げた。
だが、願ってもない要請だ。元よりその予定だったのだから!
「だそうですジェックさん! 今ここで命じます! 打ち合わせ通り全魔力ぶつけてきなさい!!」
「了解した! そんじゃちょっと道をあけて──」
「あ、それなら必要ありませんことよ。一気に飛び出せる手段がありますので。リツさん!」
「投石機の準備はできております」
「ありがとうございます愛してるッ!!」
「ちょっと待て?! その投石機で飛んでけってか?! ご丁寧に後は発射するだけの状態だし!!」
「いいじゃないですか! 貴方なら上手く着地できるでしょう?! 貴方にぶん投げられた私が五点着地できるんですから貴方にできない道理はありませんわ!!」
「それもそうか」
「あら素直」
「言い争ってる時間も惜しくなってきた。じゃあ行ってくらぁ」
発射合図は出せよ──。そう言って彼は投石機に乗ると、また私へ話しかけてくる。
「フィーラ」
「はい?」
「……ありがとうな。俺を欲しいと言ってくれてゃーーーーーーーーッッッッッッ…………!!!!!!!!!!」
ジェックさんは仮面を宙に置き去りに、天高く発射された。
……私が発射レバーを倒したことで。
空の彼方から「バカ姫ぇぇぇぇ……!!」と恨み節が響いてくる中、これにシリスさんが白い目で物申してくる。
「姫ちゃん……その照れ隠しはないわ……」
「はい……」
私は顔が熱くなっていくのを感じながら、天高く打ち上げられたジェックさんに祈る。
どうか、彼の悲し過ぎる怨念が終わらんことを……!
さぁジェック、勝利を握れっっっっっっっっ!!!!
(姫さまからは目逸らし)
次→明日『18:00』(残り3話!!)




