第6話「ルルちゃんですわ!」
悪徳町長倒した。
「あ、フィーラさーん」
広場へ戻ると、変わらずホニョちゃんと戯れていたルルちゃんが、私たちに気付き、ホニョちゃんを抱きかかえて駆け寄ってきました。
空は既にオレンジよりも深い夕暮れ。「夕方まで診察」と指定しておきながら、子どもならとうに帰ってる時間帯なのをすっかり失念していたので急いで来た次第ですが、律儀に待ってくれていた彼女には感謝してもしきれませんわ。
「ただいま戻りましてよルルちゃん。ホニョちゃんと良い子にしてまして?」
「いいこだったのー」
「イヌッ!」
「良い子ですわ〜〜ッッ!!!!」
「おい、フィーラ」
「ハッ……うっうん……!」
ジェックさんに釘を刺されましたわ。
ホニョちゃんを褒め讃えたい気持ちをグッと堪えて、私は咳払いで気を切り替えながらしゃがみ込んで、「ルルちゃん」と目線を合わせる。
「もうご安心くださいまし。怖いのはやっつけられましたわ。町長さんは喉の病気でしたが酷いものではありませんでしたので、病気を治すべく遠い町へ引っ越すこととなりましたわ。これでもう心配することはございませんことよ」
「やったぁなのー」
ルルちゃんは「わぁい」と両手を上げて、身体でも喜びを表現します。
「もうまちのみんなも、ちょうちょうも、これでなやまなくてあんしんなのー。ありがとうなのー」
「ルルちゃん……!」
あぁ、なんて良い子! 改めて町長をぶちのめして正解でしたわ! あんな外道たちが子どもの目に触れる立場でのさばっていたなんて、祖国後継者として吐き気を催しますことよ!
ですが、その町長と執事と警備兵たちはパンツ以外ひん剥いてグルグル巻きで町長宅に放置しておりますから、いずれ伝書鳩を通じて訪ねてくる魔王軍に連行されるまで人目に付く心配はありません。ルルちゃんを始めとした子どもたちに「あいつら犯罪したんだってー。やーねー」と世間方が後ろ指差す姿を見せるのは教育に悪いですから、その様を目撃しないよう手配もバッチシですし。
……うん! 憂いは無いですわ!!
「さてと……! それじゃあ、ルルちゃんのお家に向かうとしましょうか! 送りますわよ!」
「じゃあ、いっしょにいこー」
「えぇ! 一緒に行きましょう!」
──そして、これを最後の談笑としましょう。
「ルルちゃん、貴女は大きくなったらしたいことはありますか? 私は国を支えたいですわ」
「ルルはー……おおきくなったら、いろんなところにいくのー。いろんなものみて、いろんなのたべるのー」
「世界巡りですか。色々な景色が見れる、素敵な夢ですわね。いつか私の国にも来てほしいですわ」
「いくのー」
私は後悔が残らぬよう、リツさん、ホニョちゃんを交えて思いつく限りの話題を上げて、ルルちゃんと笑い合いながら、少女を待つ家を目指した。
ジェックさんは何も言わずに、後ろをついて来てくれた。
◇ ◇ ◇
「ここが家なのー」
そう言って、ルルちゃんが立ち止まったのは、やはり協会の前だった。
門扉の横には『タミテミ協会兼孤児院』の彫り文字。この縦文字を見て、思わずキュッ……と、己の口を横一文字に結ぶ。
魔物騒ぎは神父さまから聞いた──。そう言われた時から覚悟していたが、やはり彼女は親御に捨てら……先逝かれた身でした。大概の人々はそれだけで心に影を落としてしまいかねないでしょうが、それでも心優しいのは生来の気質と神父さまと同居者の賜物なのだろう。
ルルちゃんが「ただいまなのー」と鉄格子の門を開けると、件の神父さまは掃除をしていたのか、庭で箒を握っていた。
「おぉ、ルル、おかえり。今日もたくさん遊んできましたか?」
「あそんできたのー」
顔に傷を蓄えた神父さまは、ぎこちなく長身体躯の身を屈めて少女に話しかけます。足腰が悪いようですが、それでも子ども目線になってる辺り、良き人柄だと窺える。
「! おや、貴女たちは?」
神父さまが私たちに気付いて、視線を交わしてきた。
「私はフィーラ。こちらの二人と旅をしております。用事がありまして、こちらの町を訪ねましたところをルルちゃんと知り合いましたの」
「左様でしたか。ルル、良きお友達ができましたね」
「できたのー」
ルルちゃんはバンザイして全身で喜びを表現します。その姿を見て私の胸の奥がチクリ……。
けれど、寂しさを表には出せません。よりお別れが辛くなるだけですから、心に蓋をして話を続ける。
「つきましては、その用事に務めている間、うちのホニョちゃんと遊んでいただいたお礼を用意させてもらいました。この町で買ったものですが、是非食べてくださいまし。リツさん!」
「こちらがお礼の品でございます」
「これはどうもご丁寧に。……おや、しっかり人数分あるようですが、よくご用意できましたね?」
「あら、そうでしたか。多めに買っておいて正解でしたわ」
実際はリツさんには、町長宅潜入前の段階でルルちゃんの住所と入居者数を調べてもらっていたのだ。協会兼孤児院なのは此処で初めて知りましたが。
まぁ、それも、前情報で動揺が表に出ないようリツさんが配慮してくれたのでしょう。子どもは感情の機微に敏感なのだから。
「よろしければお茶でも如何ですか? ルルを送ってきてくださったお礼をさせてください」
「あ、でしたら是非お聞かせ願いたいことがありますわ。よろしくて? ジェックさん、リツさん」
「お言葉に甘えさせてもらおう。そもそもが それを調べるために来たんだからな」
「私めも構いませんわ」
「では、こちらへどうぞ」
「どうぞなのー」
◇ ◇ ◇
ルルちゃんにはホニョちゃんと別室で遊んでもらい、私は事のあらましを神父さまにお話しました。
「なるほど、鳥魔族ですか。……それがフィーラさんの素性と旅に関係があるのですね?」
「そうですわ」
私はテーブル上に置いている角型カチューシャを見つめながら、神父さまに目的を打ち明ける。少し虚偽も織り交ぜさせてもらうけれど。
「私はご覧の通り人間族で、2歳前後に魔界へ捨てられました。故に、微かに残っている祖国の景色をもう一度見たくて旅をしている次第ですわ。なので鳥魔族の兵士を最近見かけたならば教えてほしいのです」
「確かに鳥魔族の兵士なら、戦争先へ何度と伝令・偵察していると耳にしますから、人間界の貴女の故郷を知っている可能性はあるでしょう。しかし……我が子をわざわざ魔界へ捨てるとは、貴女の親御の気が知れません。……失礼、思わず怒りが」
「気にしないでくださいまし。両親についてはもう未練はございませんから」
お父さま、お母さま。毒親に仕立てあげてしまい、誠に申し訳ございません……。
──いいんだよ、シーラ。
──無事に帰ってきてくれれば、母たちは構いませんよ。
有難〜っす!!
イマジナリー両親の許しを得たので、神父さまの次の発言に超耳を傾けますわ。
神父さまは顎に手を当てて考え込みます。
「鳥魔族、鳥魔族ですか…………そうだ、数日前に此処から更に西へ飛んでいくのを見たと町民が話していました。広場でちょっとした話題になっていましたから間違いないでしょう」
「決まりだな」
ジェックさんが割って入ってきて、今後の動きを声に出して確認する。
「更に西なら『チョモ村』があるから、そこで改めて情報収集しよう。方角が分かったなら早いところ出発だ」
「でしたら気を付けてくださいね。戦争が始まってから渡界規制が激しくなっているそうですので。貴女方の旅に魔神の加護があらんことを」
魔界にも信仰ってあるんですわね。
「魔界の創造主たる魔神さまは『破壊神』とも呼ばれておりまして。故に信仰すれば『物事の問題を打破する加護』を与えると伝えられていますわ」
ほーへーはー。
物騒な呼称でも捉え方次第ですわね。というかリツさん、しれっと心読みました?
まぁ、いいですわ。少々脱線しましたが、ホニョちゃんを回収して、ルルちゃんにお別れの挨拶を……──、
「て、あら?」
探しに行こうと振り返ると、ルルちゃんとホニョちゃんがドアの隙間から部屋を覗いてきていた。どうやら話が終わるのを伺っていた様子だが、中々入ってこようとしない。
「イヌッ」
「あ。あー……」
ルルちゃんが躊躇っているうちに、ホニョちゃんが隙間から入室してきた。それを彼女が慌てて抱きかかえたときには、皆も「あっ」とルルちゃんたちに気付く。
「おや、ルル。いつからそこに?」
「あ……、ちょもむら、って、いってたとこからなの……」
「そうでしたか。お待たせしてすいません、廊下は寒かったでしょう。さ、こちらに」
「探しに行く手間が省けたな。じゃあ、ホニョも戻ってきたし、お暇するとしようか」
「あ……」
ジェックさんの言葉に、ルルちゃんは思わずといったように見上げますわ。
「ルル、フィーラさんたちは次の村へ行くそうです。見送ってあげましょう。……ルル?」
「……」
神父さまがお別れの挨拶を促しますが、ルルちゃんはぎこちなく右手を上下させるばかりで一向に言葉を返そうとしない。
否、というよりも、返事をしたくない──が正しいのかもしれない。
「…………一緒に来ます?」
次の瞬間には、私はそう口に出していました。
ルルちゃんが「え?」と顔を上げて、私を見上げてきた。
「いっしょにいって、いいのー?」
「ええ。貴女さえよろしければ、私は構いませんことよ」
「おいフィーラ、正気か?」
「正気でしてよ。旅の費用を見れば、子ども一人増えたからって食費に困ることはありませんわ。何より……──、」
話に割って入ってまで詰め寄ってくるジェックさんに、私は臆せず言ってみせる。
「彼女はいずれは世界を巡りたいと仰っていました。戦争は私たちの代で終わらせるべきですが、終わりまでにどれだけの歳月を捧げれば良いのか現状検討つきません。その間に渡界規制が現在以上に厳しくなってるかもしれませんし、そうなれば夢を見ること自体諦めてしまうかもしません。ズルい話ですが、夢見ることがどれほど過酷かを私たちは存じでいますでしょう?」
「ッ……」
これに夢を見ること自体諦めて兵士に従事していたジェックさんは黙りこくる。我ながらゴメンて。
「…………それでも、どんな旅路かは知らせるべきだ」
ジェックさんは大きく溜め息を吐くと、ルルちゃんの前に片膝を着いた。
「なぁ、ルル。俺たちはな、昼に喋った通り、フィーラが生まれ育った国を目指して旅をしてるんだ。その国まで何日で着くか分からないし、ベッドで寝れる機会だって大幅に減る。なんなら、この町を困らせた『大きいの』より『もっと大きいの』とたくさん出会うかもしれないし、その『大きいの』が死んでる姿を何度も見るかもなんだ」
「もっとおおきいの、いるのー?」
「居るんだなぁ、これが」
ルルちゃんの何気ない質問に、ジェックさんは返答を欠かさず、そして続ける。
「それにな、一番大事なことなんだが、フィーラは色々あって姿を変えながら帰らなきゃならない。人間族なのを隠さなきゃいけないから、隠せるように俺とリツは手伝わなきゃならない。これがとても大変なことなんだ」
「たいへんなのー?」
「大変なんだなぁ、これが」
子ども特有の「そう言ってるんだよなぁ」と悪態をつきたくなる質問に、ジェックさんはこれまた億劫がらずに返答して、続ける。
「だから、今の話を聞いて手伝うのに少しでも不安になったなら、ルルは一緒に来るべきじゃないと俺は思う。けど、これはあくまで俺の考えだから、どうするかはルルが決めてくれ」
「ルル、てつだえるよー」
「どういうふうにだ?」
「ルル、かくせるよー」
「隠す?」
「かくせるのー」
ルルちゃんはそう言って、私の顔を指さしてくると、ゆんわわ〜っ……と魔力の塊を飛ばしてきた。それは私の目に生易しく入ってくると、眼球を生温く包み込む感覚を残して消えた。
ルルちゃんは一度部屋を出入りすると、持ってきた手鏡を私に見せてくる。反射的に映った顔を覗いてみれば……──、
「眼球……黒くなってますわね……?」
「ということで、かくせるよー」
「──だそうです」
まさかの『変化魔法』に唖然としながらジェックさんを見やると、天井を見上げた彼は超大きな溜め息を吐きました。
「すっげぇ手伝えるじゃん……」
「ということは……!!」
「もう俺からはとやかく言わねぇ。リツはどうだ?」
「フィーラさまとルルさまのご意志であれば、口を挟むことはございませんわ」
「ということでルルちゃん。貴女さえよろしければ、私たちは貴女を歓迎いたしますわ」
「! しんぷさーん」
ルルちゃんが神父さまへ顔を向けます。
彼は目を閉じて長い間──本当に長い間目を閉じた末に、私たちの前に立って、頭を下げました。
「どうかルルを、導いてやってください……!」
私は「ありがとうございます!」と頭を下げ返して、ルルちゃんの手を取った。
「ようこそ、ルルちゃん!!」
◇ ◇ ◇
そして、翌朝──。
協会兼孤児院の仲間たちによるルルちゃんの送別会もあって結局一泊した私たちは、朝日が昇り始めるなりルルちゃんも超早起きたので、さっさと出発することにした。魔王城から早々離れるに越したことありませんし、何より村の東門に置いてきたアレが見つかるのも時間の問題ですわ。
まだ町が寝静まる中、唯一見送りに起きてくれた神父さまと別れの挨拶を交わす。
「それでは皆さん、ルルをよろしくお願いします。ルル、元気でやるんですよ」
「お任せですの。お泊めいただきありがとうございましたわ!」
「一宿一飯のご恩は忘れません」
「神父さまも、どうかお元気で」
「いってきますなのー」
「イヌッ!」
「それじゃあ皆さん! チョモ村目指して、レッツゴーですわ〜〜ッッ!!」
こうして、昇ってくる太陽を背負いながら、私と兵士と世話役とワンちゃんと幼子による祖国を目指す旅は始まったのでした。チャンチャン♪
やっぱり「恋のス●ルマ」をマキシマムに楽しんでそうな彼女たちの旅路をよろしくお願いします。
第7話→本日『18:00』