第55話「エイジンですわ!」
前回のあらすじ!
阿呆全開。そして急展開──。
現場に着くと、エイジンさんは手足翼を縛られて、木の枝に吊るされていた。
「ぐぅ……ずぅ……」
しかも、気絶するように寝落ちしていた。
眠そうにしていたとはいえ、打ち落とされておきながら睡魔に負けるとは。余程疲弊していたのでしょう。
だが、それはこちらも同じこと。先を急いでいる以上、起きるのを待ってはいられない。
私はジェックさんに周囲の警戒を頼み、森の中へ消える音を後ろ耳に、エイジンさんを起こしにかかる。
「エイジンさーん……起きてくださいましー……」
手始めに声をかける。けれど反応はない。
「エイジンさーん」
頬をペチペチ叩いたり、瞼を無理矢理開いたりするが、それでも反応はない。彼は相当深い眠りに誘われていた。
「しょうがないですわね」
このままでは埒が明かない。私は彼の耳元へ顔を近付け……──、
「エイジンさあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙んッッ!!!!!!」
「ぎゃあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッッッッ!?!?!!? なになになにーーーーッッッッ?!?!??!」
私史上最大限の叫び声を放てば、エイジンさんは悲鳴を上げて覚醒した。
さぁ……交渉開始だ!!
「どうもエイジンさん。私ですわ」
「え、え……?! シーラ姫!? うっわホントに脱走してた!!」
おいっすと手を挙げれば、彼はべらぼうに驚く。脱走のことは耳にしていたようだが、私との再会は予想だにしていなかった模様。
「脱走を知っていたなら話が早いですわ。エイジンさん、私の元へ来なさい」
「え、何?! どうゆうこと!?」
「まだ頭が冴えてないようなので掻い摘んでもう一度言いますね。私の仲間になり! 私を人間界へ案内しなさい!!」
「は、はぁ……!? つまり、えと……つまるところ、姫さまに寝返ろって言ってんの?!」
「はい!!」
私がハッキリと返事をすれば、エイジンさんは「いやいやいやいやいや……!!」と首を横に振る。ここまでは想定内だ。
「無理無理無理無理無理だって! 魔王さまを裏切るなんてしようものなら僕の首が飛んじゃうよ!!」
「だからといって貴方を使い潰す気満々の魔王の下に居続けたって死に急ぐのが目に見えますわ。それでしたら思い切って鞍替えしてしまいましょうよ。こう見えて私、エイジンさんを高く評価しているんですよ?」
「ぼ、僕を……?!」
エイジンさんが話に興味を抱く。これも計算通り。
「だって貴方、私をなんだかんだ祖国から魔王城までぶっ通しで誘拐する体力を持っているじゃあないですか。体力のある伝令なんて誰もが欲しいですし、貴方に至ってはその翼で確実に情報を届けられる超超超貴重な人材です。それを心身の疲弊度外視で酷使する魔王なんかさっさと見限り、私の祖国へ来なさいな。私の祖国なら貴方をもっと上手く使えますし、ちゃんと適切な休みを与えますわ。具体的には週休二日制度を導入しています」
「週休二日!?」
やはり『休暇』に食いついた。これも目に見えていた。
「とは言ってもシフト制ですし、大規模祭典や有事の際は休日を返上してもらったりもしますわ。ですがその場合は後日改めて代休を取らせますし、出勤数に応じての有給休暇も与えられます。祖国は兵士の皆方により長く働いてもらえるよう休暇管理を徹底していますから、月に一日あるかどうかのエイジンさんには悪くない話でしてよ」
「うぐぅ……ッ!!」
エイジンさんは酷く悩ましげに眉間に皺を寄せる。
誘拐された時の愚痴を憶えていて良かった。あと一押しだ。
「それに貴方……魔王への不満以上に、何かに絶望しましたでしょう?」
「ッ!?」
ギョッ! と彼は目を見開く。図星だ。
「貴方を見つけた際、一瞬見えましたの。貴方の目は酷く濁っていた。もう何もかもがどうでも良くなってしまった方特有の目でしたわ」
言いながら私は木に登り、彼を地面に降ろして、嘴で突けそうな位置にしゃがむ。
「話してご覧なさい。気が進まないなら聞き流して構いませんが、少しはマシになるかもですよ」
「……………………………………………………」
エイジンさんは、考える。
エイジンさんは、深く考える。
エイジンさんは、これでもかと考える。
そして……嘴を開いた。
「……爺ちゃんが死んだんだ」
先ず一言、彼はそう言った。
「寿命だったんだ……それ自体は覚悟していた……物心ついた時からかなり歳だったし、寧ろよく僕が成人するまで生きていたと思う……。けど、けど……ッ……!!」
彼は絞り切るように、肩をワナワナ……! と震わせる。
「何より最悪だったのは、訃報を聞いたにも関わらず、葬儀に出てやれなかった……!! ちょうど仕事で地元から遠い場所に居たとかいくらでも言い訳できるけど、葬儀に顔を見せてやれなかった僕はとんだ薄情者だ……!! 現に今も仕事で未だ墓参りにすら行けてない、世界一の祖父不幸者だ……!!」
エイジンさんは大粒の涙を止めどなく零しながら「ごめんなさい……ごめんなさい……」とうわ言のように懺悔を繰り返す。
私は少し黙考してから「エイジンさん」と名を呼ぶ。
「今から話すことは上辺だけに聞こえるでしょう。その上で、耳を傾けてくださいまし」
「……?」
「エイジンさんは薄情者ではございませんわ。現に今もお祖父さまを想って泣いているではありませんか。仕事で未だ墓参りに行けてない祖父不幸者と仰りましたが、行きたいと心から願っている時点で貴方は充分な情の持ち主ですわ」
「……」
「その上で訊きますわね。貴方、仕事で参列できなかったと仰ってましたが、忌引き休暇は申請しましたか?」
「……した……」
「その上で、未だ墓参りも叶っていないのですね?」
「……うん……」
「なら尚更魔王軍とは縁を切りましょうよ。葬儀・墓参りは悲しみに決着をつけるための心のケジメ。そのケジメをさせてあげない職場に身を置き続ければ貴方の心身が保ちません。それで心身を壊して自棄になってしまう方が、貴方のお祖父さまが最も危惧することだと私は思いますわ」
「……ッ……」
「一瞬でも同感したのなら、貴方の今後に向き合ってみてください。このままいつケジメをつけられるか分からない環境下に居続けるか、腹を括って飛び出すか。貴方には立派な翼があるのですから、後は貴方の気持ち次第です。どうか貴方自身の翼で、貴方の人生を取り戻してあげてください」
「………………………………………………………………………………」
エイジンさんは、熟考する。
エイジンさんは、深く熟考する。
エイジンさんは、これでもかと熟考する。
そして……目に微かながらも光を宿して、嘴を開いた。
「……ここからひたすら南下すれば海に着く。そこから陸路を西へ進めば、人間界の平原に直接入れる筈だ」
「ッ……!!」
エイジンさんの嘴から出た『人間界』──。
遂に……帰れる!!
「分っかりましたエイジンさん!! 直ぐに拘束を解きますので、是非貴方の翼で案内してくださいまし!!」
「いや、僕は放っといて早く行くんだ!! 僕は心を開くのが遅すぎた!! 時間的にも説明──!!」
「する必要はない」
「!!」
第三者の声にバッ……! と振り返れば、私たちは大勢の魔王軍兵士に取り囲まれていた。
兵士たちが槍を向けてくる中、一人の兵士が前に出てきて、気絶したジェックさんを足元へ投げてきた。
「ジェックさん!?」
「初めましてシーラ姫。この瞬間のために、彼の目には細工を施させてもらっていました」
「細工……? まさか……!!」
目を凝らしてやっと気づく。エイジンさんの両目には酷く微弱ながら魔力が纏わっていた。
「視界共有魔法です。グリーズ上官の案でして、彼の言葉をそのまま話すと「リプフォードで捕えられなくば、西から南方面へ逃げるはず。魔王城から遠ざかるように移動しているわけだからな。逃走目的が『人間界への帰還』なら実際に人間界へ足を運び誘拐してみせたエイジンの確保が絶対条件。彼と他兵士に視界共有魔法を付与し、西から南……念のため南南東まで巡回させよ」とのことで、そしたらエイジン兵の視界が急に途絶したから来てみれば見事にかかっていたわけです。彼自身は懐柔されたようですがこうして見つけられましたし、『疲労困憊による正常な判断困難状態』として大目に見ておくとしましょう」
つまり、まんまと漁網に入り込んでしまったわけだ。してやられた!
「どうやってジェックさんの警戒を突破しました?」
「魔力を極限まで抑えた上で『魔力遮断魔法』を付与していました。魔力探知に優れていると聞いていましたので、付与中は魔法が使えないのが難点ですが、対象への接近にはお誂え向きです」
兵士たちはジリジリ……と槍先を近付けてくる。
「シーラ姫一行。貴女方を駐屯地へ連行する」
修学旅行と被って祖父の葬儀に出れなかったことを今でも悔やんでます。
次→明日『18:00』
 




