第48話「突破ですわ!」
前回のあらすじ!
カジノ出禁。魔王軍本格襲来。
【現在の偽名】
姫……フィーリ
ジェック……ジャック
リツ……リラ
「つ、捕まえろォ!!」
「「「「「おおおおおーーーーッッッッ!!!!!!」」」」」
リツさんの蓄積蹴りに吹き飛ばされた魔王軍兵士が叫ぶとともに、魔王軍が挙って追いかけてきた!
「しっかり不意をつけましたわね! 流石はリツさんの超速蹴りですわ!」
「恐縮でございます」
「向こうも俺が先陣切ると信じてくれたからこそだな。だからリツに脚力蓄積させてたんだろ? 俺に先陣頼んできながら脚力蓄積の合図出してたの傍目で見てたぜ」
「何事の戦闘も初手で騙した者勝ちですわ!」
「悪いわぁ……」
呆れながらもジェックさんは前からも迫り来る魔王軍兵士を「脛ェ!」と転がす。「わー」とはしゃぐルルちゃんを抱きかかえながら器用に極悪っている。
「ですがフィーラさま、あの兵士はよろめきながらも指示を出せています。しばらく動けなくさせる気で蹴り飛ばしたのですが」
「む、それはそうですわね。鎧越しでも衝撃は結構なものの筈……何か特別な鎧なのでしょうか、はいジェックさん!」
「魔力膜だな!」
「魔力膜?」
「魔力膜だ!」
ジェックさんは突いてくる槍を躱しながら蹴り折って、説明する。
「魔王軍兵士が必ず習得させられる、変質させた魔力を膜のようにして全身を覆う魔法技法だ! そうすることで多少なりとも衝撃を柔げて、一撃離脱率をうんと減らせる。ま、簡易防御魔法と思ってくれ!」
「……あ、ホントですわ!」
目を凝らせば、確かに迫ってくる魔王軍兵士全員が魔力を身体に纏っていた。祖国の将軍が「魔王軍は見かけ以上に硬い!」と愚痴っていましたが、このような技法を持っていたのか!
祖国が知らない技法だったら是非習得させよう。未習得だった場合のプランを脳内で組んでいると、「イヌッ!」と前を走るホニョちゃんが鳴く。
プラン作成を止めて視線を向ければ、前方から魔王軍兵士がわんさか湧いていた。前方からも魔王軍兵士が「逃がすなァ!」と向かってきていた。
このままでは埒が明かない。私は足元に転がる魔王軍兵士から兜を二つ頂戴して「お二方!!」とそれぞれジェックさんとリツさんの前に投げる。
「あいよォ!」
「かしこまりましたッ」
「「「「「ぐぎゃあああッ!!!!」」」」」
ジェックさんは兜を『大海』でフルスイングし、片やリツさんはオーバーヘッドキックで後方へと蹴り飛ばす。
さすれば必然、前後から迫り来る魔王軍兵士を軒並みドミノ倒しにしてみせた!
「お二人はそのまま前後警戒! あそこの歩廊駆け下りますわよ!」
一瞬外壁を降りようかとも考えたが、死なない程度の高さから狙い撃ちにされるのがオチだ。なれば地道でも一階層ずつ降りていこうとすれば──、
「! フィーラ頭下げろ!」
「え──わちゃア!?」
と、頭を強引に下げられたかと思えばチュッ──! と髪の毛を矢が掠めた。
顔を上げれば、階段から矢じりが顔を出していた。狙撃手が気配を隠して潜んでいたのだ! なんと嫌らしい!
「ルル降りてろ!」
即座にジェックさんが『大海』を構えて躍り出る。
「うおッ!?」
──が、突如階段から現れた『大海』よりも巨大で狂気的で鉄塊とも言える超巨大斧槍に弾かれてしまった。……あのジェックさんが力負けした?!
「よいっせ……」
ザザッ……! とジェックさんが着地すると同時に、その兵士は、隙間を這うように階段から上がってきた。
超巨大斧槍に見合う、とてつもない巨体だった。背丈からほどばしる魔力、鎧の隙間からでも窺える筋骨隆々な体躯からしてエイティ・フットさんと十分に渡り合える実力なのがひしひしと伝わってくる。
兵士はゴキッ……ゴキッ……! と首を鳴らして、私たちを見下ろし、喉を震わせる。
「我が名はグリーズ。魔王の命により、シーラ姫一行を捕らえるべく参上した。昨日の試合は見事であった」
「?! 大武闘会を観戦していたんですの……?! けれど、貴方のような方は観衆席に居なかった筈……──?」
「視界を共有した私服の部下を潜ませていたのだ。逃走日数からして路銀が尽きるとすれば此処リプフォード近隣と目星を着ければ見事に覚えのある魔力の持ち主が現れた故、念には念をと一日掛けて部下を呼び寄せ、リプフォードを包囲させたのだ」
淡々と説明しながらグリーズは、ジェックさんに顔を向けると、超巨大斧槍を構えた。
「脱走兵よ、剣を持てい。シーラ姫とそこの世話役は捕らえるが、貴公に限りは首を持ってくるよう仰せ使われているのだ。それが嫌なら抵抗し、逃げ延びてみせよ」
「はぁ?!」
思わず語気に怒りを孕ませれば、グリーズは義務的に告げる。
「今回の脱走で魔王から危険因子と見なされたのだ。機密事項を持ち出されている可能性もある以上見過ごせないと仰っている」
「ちょちょちょ!ちょっと待ってくださいまし! 兵たる以上は脱走が厳罰なのは理解しますが、散々私情で冷遇しておいて執着が過ぎませんこと?! というか、歳不相応の戦闘と牢の見張り以外やらせてもらえなかった兵士が機密事項を抜き取れる隙を得られると思いまして?! 何処まで彼の人生を虚仮にすれば気が済むのですか魔王のクソ●●は!!!!」
「その怒りは最もだろうが、魔王の指示たる以上は無視できん。さぁ、脱走兵よ。大人しく投降して首を差し出すか、全力で抗うか決めよ。さもなくば、より兵が集まってくるぞ?」
「…………ッ!!」
ジェックさんは『大海』を構えて魔力を練り出した!
「ジェックさん?! 止め──!」
「ヴッ……!?」
──が、悲鳴とともに魔力を霧散させると、「あグゥ……ッ!!」と呻きながら『大海』を杖代わりにこめかみを抱えた!
「ジェックさん!!」
「昨日の今日で魔法を放てるわけがあるまい。あれほどの魔力を消費したのだから脳への負荷は尋常ではない筈だ。それを理解できぬほど愚かではあるまい」
「……ッ!!」
私は荒い呼吸を繰り返すジェックさんの隣でギリリ……! と奥歯を鳴らす。
グリーズは、こちらがジェックさんの魔法に頼らねば現状を打破できない──けれどジェックさんは魔法を放てる体調でない──しかしその上で無理を承知で発動を試みると見抜いて煽ってきていたのだ。
今の私たちは完全に、グリーズの掌の上だった。
私の頬を、嫌な汗が伝う。
ここまで色々なことがあったが、なんやかんやで全て皆と乗り越えてきた。一番危険を感じたコルタス港町での魔王軍による検問だって突破してみせた。
だが、今回はそれらの比ではない。グリーズは私たちが最も疲弊するタイミングを見計らって襲撃してきていた。しかも、無茶することも叶わない現実に直面させて心を折る方法も熟知している。
……あら?
これ……真面目に詰んでません?
「……シーラ姫よ」
「ッ?!」
「もう突破が叶わないことは理解っているだろう? ならば自首したまえ。さすれば脱走兵を除く他の面々には寛大な措置を取るよう我から提言しようではないか」
「……ッ。寛大、ですか?」
「そうだ。シーラ姫の待遇はもちろん、世話役は円満退職という体で地元へ戻してやっても良いし、そこの幼子と魔界犬の里親探しは此方で取り計らおう。現状を思えば最大限の譲歩ではないかね?」
「……ッ」
私はジェックさん寄り添う手を一旦離し、グリーズを見据える。
「グリーズ。貴方の提案はジェックさんを見捨てる致命的一点を除けば、確かに最大限の譲歩と言えますでしょう。絶ッッッ対有り得ませんが、これでジェックさんの今までが全て私たちを陥れるための虚実だったならば、場所が場所でなければ砂漠から指輪を見つける天文学的確率で頭を下げていたかもしれませんわ」
「ふむ……場所が場所とは?」
「まだ分かりませんか? 下をご覧なさい」
「どれ……む……?」
注意こそ私たちから逸らさないものの、グリーズは「これはしてやられた」と感嘆の声を漏らす。一か八かの大勝負だったが上手くいっていたようだと安堵しながら下を覗けば……──、
「おい魔王軍! そこから離れろォ! ジャック選手があそこに居るのは分かってるんだ!!」
「早く解放しなさいよこの冷酷軍!!」
「そこまでしていたぶりたいってのかァ!!」
群れを成したジェックさんのファンクラブ会員たちが、私たちが居る南門付近の歩廊に続く外壁階段前の魔王軍兵士を襲撃していた!
「シーラ姫よ。貴公はこれを狙ってここまで駆けてきていたのかね? 我が階段を通るのに苦労していたのもあるが、道理で鉢会うのが早かったわけだ」
「南門付近なら人通りが多い分、ジェックさんのファンが異変に気付くと思ってましたの。魔王軍に散々な扱い受けて解雇されたと虚偽を流してきた甲斐がありましたわ」
「部下が言っていた、脱走兵が軍内で誹謗中傷を受けていたとグレスト選手が衆前で叫んでいた件か。その者が冷遇されていたのは事実たる故、民には強く出られんな」
「そうでしょう、そうでしょう。それにですね、人の出入りが激しい門前である以上、騒ぎを聞き付けたのは民だけとは限りませんわ!」
「何……?」
「らァァァアァあぁぁぁあぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁあぁぁぁあぁぁあぁ!!!!!!!!!!!!!!」
チュドォーーンッッ──!!!!
グリーズが訝しんだ瞬間、彼の後方に待機していた魔王軍兵士たちが凄まじい音圧に吹き飛ばされていく。この全てを破壊する『轟』はあの人しか居ない!
「なに寄ってたかってリンチしてんだ魔王軍ゴラァァァアァあぁぁぁああァァ!!!!!!!!!!」
「エイティさん!!」
大武闘会覇者エイティ・フットさんがドゴン! ドゴン! と大地を踏み鳴らして早歩いてきた!
そんな彼に、無謀にも立ち塞がる魔王軍兵士が数名。
「き、貴様! 今歩廊は立ち入り禁止だそ!! 魔王軍と理解っての狼藉か?!」
「知ってるわバカヤロォがぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁあぁぁぁあぁぁあぁ!!!!!!」
ドゥーーンッッ──!!
魔王軍兵は指向性を持った大声量の『音魔法』に吹き飛ばされ、「ぎゃーー!?」と門前の屋根と木に落っこちていく。あーあ……。
「ようフィーリ! なんか南門が騒がしいと思えばグロウの嬢ちゃんが教えてくれたんだ! 散々冷遇しといて解雇にしたジャックをわざわざ嬲りに来た魔王軍に取り囲まれてるって話みてぇだし、ここは任せて先行きな! ちょうど鬱憤を晴らしたかったところだし、何よりこういうフェアもクソもねぇ野郎共はでぇっ嫌いだ!!」
「む? 貴公、何か勘違いしているな? 冷遇されていたのは間違いないが、そのジャックとやらは偽名で脱走兵なのだ」
「一部合ってる時点で有ザァァァアァあぁぁぁああァァイ!!!!!!!!!!」
「ッ……!」
エイティさんの『音魔法』を真正面から喰らったグリーズが階段から大きく後退り、私たちと距離が空く。
遂に活路は開けた!
「ありがとうございますエイティさん! 皆さん、行きますわよ!!」
「お、う……!」
「かしこまりました」
「なのー」
「イヌッ!」
そのまま取っ組み合いを始めるエイティさんにお礼を申し、私たちは階段を降りていく。
さぁ、大逆転逃走劇の始まりだ──!!
次→明日『18:00』
 




