第36話「リプフォードですわ!」
4日後──。
「「「「おお〜〜……!!」」」」
「イヌゥ〜〜……!」
足早に『大都市リプフォード』へ到着するなり、街道にごった返す老若男女の波と、すれ違う人々へ配られていたビラと、遠目からでも見て取れる外観を頼りに、私たちは遂に大闘技場入口まで来ていた。
「べらぼうに賑わっておりますわね〜〜……!!」
すれ違う隙間のない雑踏を前に、私たちは呆然と立ち尽くす。大武闘会受付待ちの列こそ見つけて並べられたが、今居る大闘技場前広場まで続いてる以上は当分待ちの姿勢だ。
「今日がエントリーの最終締め切りだそうですわ。先程受け取ったビラに書いておりました」
リツさんから受け取ったビラに目を走らせれば『強者、出てこいやァ!!』と分かりやすく闘争心を煽る売り文句。その上にはジェックさんが仰った通り、高級ホテルで当分遊べるだろう優勝賞金額がデカデカと強調されていた。
まぁ、国のインフラ整備と比較すれば眉唾程度でしかない。しかし、それでも旅の費用と考えれば充分過ぎる額だった。
「あら、結構な数」
裏返せば、既にエントリーを済ませた出場者の名前がビッシリ掲載されていた。錚々たる実力者なのか強調表記された名前がチラホラと見られる。
「あれ? おい、ちょっと2行目と3行目見てみろよ」
「はい? ……あ」
隣から覗き込んできていたジェックさんに促され、私は懐かしい名前を2つ見つける。その名前を読み上げようとした、そのときだった。
「あれ? ジェックさんと、フィーラさんたち?」
振り返れば、角魔族の女性が人混みを掻き分けて「おーい……!!」と手を振ってきていた。
その懐かしい顔を見て、私は思わず名を呼んだ。
「グロウさん! お久しぶりですわね!!」
「お久しぶりです皆さん! まさかとは思いましたが、本当に皆さんでした!!」
私たちはキャーキャー! と、お互いの手を握り合った。
彼女──グロウさんは『タミテミの町』と『チョモ村』の道中で出会った冒険者だ。当初の彼女はゴブリン数匹に慌てふためいていたが、あれから相当鍛錬を積んだのか、当時の自信なさげな雰囲気とは打って変わった明るい顔付きとなっており、ジェックさんと顔を合わせるなりそれを更に輝かせた。
「おう、グロウ。元気してたか?」
「……! ジェックさんも、またお会いできて光栄です! あの日の約束、憶えてますか?!」
「あぁ、憶えてる憶えてる。本当に再会するとは思わなかったが、大武闘会で手合わせしてやるよ。エントリー表に載ってるの見たし、勝ち残れよ?」
ジェックさんの返答にグロウさんは「ありがとうございます!」と頭を下げた。
彼女はゴブリン巣穴大爆破を躊躇なく決行・成功させてみせたジェックさんにすっかり脳を焼かれて弟子入りを志願していた。これをジェックさんは「先の旅路で再会したら」と遠回しに断っていたが、その師弟の稽古が手合わせとして今日念願叶った運びだ。
グロウさんは身振り手振りで嬉々として近況を話す。
「私、ジェックさんに追いつきたい一心で、あれからたくさん鍛錬・実戦積みました! とりあえずゴブリン10匹は安定して倒せるようになりましたし、この前なんかは十階層の洞窟探検を単独で七階まで行けました!」
「へぇ……中々に成長したじゃあねぇか」
これに素直な感心を向けるジェックさんの傍ら、私はリツさんに顔を寄せる。
「リツさん、単独洞窟探検で7/10到達はどれくらい凄いんですの?」
「洞窟の危険度によりますが、半分まで安定して進みたいなら団体が無難です」
「あ、じゃあ相当成長しましたわね」
「あと後々! 魔法も凄い頑張ったんですよ! 最初の一龍ヶ月こそ感覚掴むまで苦労しましたが、おかげでモぎゃあ──!」
「落ち着きなさいやグロウ。今俺たちが居るのは大闘技場前だ。大武闘会が控えてるってのに自分の魔法をベラベラ喋るもんじゃあないぜ?」
「ぷはっ……確かにその通りです! 御忠告ありがとうございます!」
口から手を離されたグロウさんは素直に頭を下げる。すっかりイヌで可愛い。
「どうしましょうリツさん。私、彼女にケモ耳シッポが生えてる幻覚が見えてきましたわ」
「であればホニョさまを近づけてみましょうか。ルルさま、ホニョさまをグロウさんの元へ連れていってくださいまし」
「わかったのー」
ルルちゃんは頼まれるがまま、ホニョちゃんを連れてグロウさんの元へ行く。
すると、ホニョちゃんは「あら、どしたの?」としゃがみ込んだグロウさんをジッ……と暫く見つめると……──?
「イヌイヌイヌ……」
「わぁッ!? ちょっと急に何を?! あ、止めてェ!!!?」
後ろへ回り込み、グロウさんのお尻に鼻を突っ込んで、これでもかと嗅ぐのであった。
あれは犬同士が出会った際にお尻を嗅ぎ合う挨拶。グロウさんは犬認定されていた。
グロウさんは、犬だった!!
彼女はホニョちゃんを抱きかかえて、荒らげた息を整えながらジェックさんを見やる。
「と、ところで師匠! ビラの裏はチェックしましたか?! 強調表記されてる名前は大会上位常連者或いは冒険界隈で名を轟かせている実力者なので、遠巻きでも姿を一見するのがオススメですよ!!」
「俺の了承ガン無視で師匠呼びしてくる図々しさ好きよ俺。こっちもちょうど知ってる名前を見つけたところだった。知ってるってより知り合いだがな」
「おお! 師匠もでしたか! というか知り合いって、その方のお名前は?!」
「まぁ、知り合いというより最近までつるんでた奴でな。そいつの名前は……──」
「おお。やっぱりジックたちじゃあねぇか」
と、ジェックさんが名前を出そうとしたところで、つい最近まで聞いていた声がジェックさんの偽名を呼んできた。
その声の主は──、
「あ、グレストさん」
案の定の、グレストさんでしたとは。
グレストさんとは5日前のコルタス港町で別れたばかり。だから懐かしい気が一切湧かない。どうして此処に? とは一瞬思ったが、よくよく思い返せば彼が乗り込んだ馬車はコルタス港町から大都市リプフォードへと続く南行きだった。
「よお。なんか尻を嗅がれたような叫び声が聞こえたと思えば、そこの娘はアンタらの知り合いか?」
「グロウさんですわ。実際お尻を嗅がれていましたわ」
「言わないでぇ!」
「じゃあ訊かんどくわ」
「ありがとうございます。ところでフィーラさん、今グレストさんって呼んでました?」
「呼んでましたわ。グロウさん、彼をご存知ですの?」
「ご存知も何も冒険者界隈の実力者ですよ! 二十歳に満たない単独冒険者でありながら、踏破した十階層以上の洞窟・ダンジョンは二桁台で、危険魔物の討伐実績だって全冒険者の中でも上から数えた方が早いです!」
グロウさんの紹介に、グレストさんは「アッハッハ」と後頭部を掻く。
「単独なのは周りを巻き込みやすい魔法だからな。実際崩落寸前にしちまって出禁になった洞窟・ダンジョンもあるし」
「とんだ問題児じゃねぇかオマエ。フィーラと良い勝……フィーラ程じゃあねぇな」
「ジックさん?」
「ま、そっちは冒険者デビューのキッカケがキッカケだしな。ところでジック。もう少しだけ魔力抑えられないか? 出来る限りでいい」
「今時点が限界だわ」
「ならしゃあないな。いや、とっくに手遅れだったけども」
「何が言いたい?」
「気付いてるだろ? 周りのこと」
「あぁ……さっきから視線をビンビン感じてるよ」
ここまで聞いて、私はやっと話の内容を理解する。
「あ、グレストさん。もしかして彼、目立ってます?」
「目立ってる目立ってる。なんならグロウの叫び声が聞こえる前から、人混みの中からまぁ湧いてるジックの魔力オーラを頼りに来たんだからな。周り見てみろよ」
「あー……」
横目と後ろ目で周囲を確認してみれば、相当数の人々がジェックさんに意識を向けていた。雰囲気からして大武闘会参加者だ。
「あんな感じで、魔力から大体の実力推し測ってるんだわ。上手くいかねぇとは聞いちゃいたが、相変わらず『|魔力放出制御不全《※姫がでっち上げたやつ》』の改善の進展はなしか」
「克服する気でいるけどな。でも、目立っちまう分には割り切るさ」
「けれど、用心に越したこたぁねぇぞ。事情知ってる俺たちはともかく、初対面の参加者からすれば魔力アピられてるもんだからな。ジックの魔力は膨大だし、そのうち見せつけられてると勘違いした参加者がイラついて──」
「おうおうおう、そこの坊主! 随分アピってくるじゃあねぇの?!」
「おん?」
グレストさんの警告に耳を傾けていると、筋肉ダルマの黒眼大巨漢が、道行く人々を子ども当然に押し退けながらドゴンッ、ドゴンッ──! と迫ってきていた。
大巨漢はズンッ……! と大仰な足音を立ててジェックさんの前に立つ。改めて近くで見ると──、
「デッッッッケェですわねぇ……」
「過去一の大巨漢でございます」
「おじさん、おおきいのー。どれくらいおおきいのー?」
「嬢ちゃんとそこの坊主を合わせても俺の方が大きいな! 確かめてみるか?!」
「たしかめるのー」
「ということだ、坊主! 嬢ちゃん乗せてやれ!!」
「はいよ」
ジェックさんは言われるがまま、ルルちゃんを肩車する。
結果は、大巨漢の言った通りだった。
「おじさんのほうが、おおきいのー」
「ハッハッハ! スッキリして良かったな! それじゃあって違ァァう!!!!」
大巨漢は返しかけた踵を慌てて戻す。惜しい。
ルルちゃんを降ろしたジェックさんを、大巨漢は威圧的に睨みつける。
「おぅ坊主! さっきから魔力アピール甚だしいじゃあねぇか! 実力をひけらかしたいのが見え見えで虫唾が走るぜ! 承認欲求満たしたいなら舞台俳優でも目指しやがれってんだ!!」
「そいつはすいません。魔力放出制御不全なもんで、リハビリ中なんですわ」
「不本意アピールだったか! すまん!!」
ジェックさんのしらばっくれを、大巨漢はあっさり信じて素直に謝罪した。話が通じる良い人だった。
「となるとアレか?! 列に並んでるってこたぁ、大会で魔力を思いっきり放出して蓄積魔力量を一旦減らそうって魂胆か! キャパオーバーのままじゃあ、リハビリもクソもねぇからな!!」
「あーはい。そんな感じです」
「それならしっかり本戦に進んで来いよ! この『エイティ・フット』がガツンと相手になってやらァ! つーことで俺は会場へ行くとする! じゃあな!!」
あれよあれよと都合良く解釈して、エイティ・フットさんは去っていった。
とんだ出オチ大巨漢だった。
──が、皆で呆然と立ち去る背中を眺めていたら、「……あら?」とリツさんが何かに気付いた。
「どうしました? まさか定員オーバーで締め切りました?」
「いえ、そうではございません。こちらを見てくださいまし」
そう言ってリツさんが見せてきたのは、ビラの表面だった。その指差された先には──、
『3連覇者エイティ・フット! 彼の牙城を崩せるか?!』
私たちは顔を見合せて、彼が入っていった大闘技場入口を見た。多分、全員思うことは同じだった。
──良い人だったなぁ……。
懐かしいワンコ(じゃない)と懐かしくない男と丈藤作品名物『大声おじさん』が一気に現れて私は書いてて愉しかったです♨
ということで新章『大武闘会編』開始です!
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次→明日『18:00』
 




