第34話「龍命人②ですわ!」
前回のあらすじ!
『TS』は二度と書かない。
姫一行がコルタス港町を出立した翌朝、人間界──。
「んぁ……はぁ……」
おめかしバッチシスタイル抜群長身赤髪ギャルピッピ軍兵シリスは重い瞼を擦って大きく背骨を鳴らす。シリス・マリナ・レインの中で一番の早起きが彼女だった。
キャンプテントから顔を出して、幾ばくかの日光を浴びたシリスは先ず始めにマリナを起こす。3人の中で特に寝起きの悪い彼女を早々に起こしておかねば後々時間が押してしまうのだ。
「あうん……おあよぉシリスちゃん……」
「おはようマリナ。朝日浴びてきな」
「んぅ〜……」
フラフラと頭を揺らしてテントを出ていくマリナを見送り、今度はレインを起こさんと手を伸ばすも直ぐに止める。泣いていたからだ。
「夢が『昔の記憶』だと、必ず泣いてんだよなぁ……」
今日はどこまで遡っているのだろうか? シリスは今一度様子見に徹することにした。
◆ ◆ ◆
10龍年前──。
貧困街に産まれ落ちたレインは、物心ついた時から、独りだった。
一応、母親に該当する人は存在した。けれど、居ないに等しかった。日中は基本的に家を空けてる人だったから。
──だからなのか、母親と言葉を交えた記憶は殆どない。
そんな母親は深夜になると仕事から帰ってくるのだが、決まって嫌な臭いがするから、どれだけ人恋しくても寝室から出ないように徹した。故に、母親へ抱きついたことはない。
そして朝、目を覚ませば、母の代わりにパン3個分の代金が狭いリビングのテーブルに置かれていた。それを握ってパンを買いに行ったらカツアゲられぬよう足早に帰宅して、後は家でじっとしているか、道行く人々にぶつかぬよう外を散歩する。それ以外は叶うことはなかった。皆、自分の生活で精一杯だったから。
母親が出かけない日は尚更身動ぎしないように努めた。休日は朝から飲んだくれていて、酔い任せに殴られないよう息を潜めていた。何が辛かったと言われれば、露骨に避けているのが伝わらないよう目の着く場所に居なければならなかったこと。
──こんな感じで、親子の情は皆無に等しかった。
どうして『レイン』と名付けたか、一度だけあの女に聞いたことがある。
親子の情がないのならどうして産んだのか。産まれてきたことに意味はあるのか。せめて名前には意味があってほしくて、そう聞いた。
「(出産時)雨が降ってたから」
──聞いたことを、酷く後悔した。
だからだろうか……ある日の朝、どうしようもなく心が耐えられなくなって、貧困街を飛び出した。
闇雲に走り回った末、辿り着いたのは城下町だった。痩せ細った身体と古ぼけた服装も相まって、己が見窄らしい存在なのだと嫌でも自覚して、より虚しくなった。
──あの瞬間ほど、産まれてきたことが無意味だと感じたことはなかった。
なので、生命を終えてしまおう、餓死してしまおうと路地裏の隅でとにかくじっとしていた。
苦しいけれど確実に終われる方法だ、そう言い聞かせてその日のパンを買うお金を捨てようとポケットに手を入れた、そんなときだった。
「あら、見なれない顔」
顔を上げると、絵に描いたような麗しい少女がこちらを見ていた。
綺麗な金色の髪に、綺麗な衣服……昔にゴミ捨て場で読んだ絵本に描かれていた天使が迎えに来てくれたのだと本気で信じた。
けれど、直ぐに幻の類ではないと悟った。いきなり両手を掴まれて表通りに引っ張り出されたからだ。
「せっかくですわ、今からおトモダチへ会いに行くんです! いっしょにあそびましょう!!」
言葉も出せず、訳も分からず、されるがままに連れて行かれて、着いた場所は城下町の端にある『子どもの溜まり場』だった。
そこでまた新たに、2人の少女と出会った。
「シリスさん、マリナさん! ごきげんようですわ!」
「おー、姫ちゃん、おっは〜」
「今日も来たねフィーラ姫ちゃん〜。今日はどうやって出てきたの〜?」
「外に運ばれていた箱にしのびこんできましたわ!」
「あいかわらず兵士さん泣かせだね〜」
「ところで……一緒に来たその子は誰なのさ? 見たことない子じゃね?」
「そういや名前聞いてませんでしたわ! あなた、お名前は?! ……レインでしたか! わたくしはシーラ、みんなからはフィーラとも呼ばれていますわ!」
「聞いてなかったんかい。まぁ、いつものこととして、私はシリス。この中ではいちばんお姉さんになるかな?」
「レインだから、レイちゃんだね〜。わたしはマリナだよ〜。レイちゃんは何才? ……6才? じゃあ、最年少だね〜」
「それじゃあ、名前も分かったことですし、さっそくあそぶとしましょう! 4人なら『アルティメット・チョケパンポン』ができますわ!」
「待った姫ちゃん、先ずはレインがチョケパンポンできるかどうかじゃん? ……あ、知らない? じゃあ先ずは教えなきゃだね」
「今日がレイちゃんのチョケパンポン記念日だね〜。どれからやらせる〜?」
あれよあれよという間に物事は進んでいく。あまりの進行速度に理解するので精一杯で、生命を終えようとしていたのはすっかり忘れていた。
「お上手ですわレイン! あなた、見込みがありますわ!」
チョケパンポンをやってみて、初めて『楽しい』『面白い』が芽生えたのをよく覚えている。姫さまたちが手取り足取り教えてくれたからこそ実感した感情なのだと今なら思うが、それに気付かないまま無我夢中でやっていると、鎧を着込んだ大人が広場に現れた。
「姫さま、こちらに居られましたか! 今度は勉強を投げ出したそうですね! 今日という今日は連れ帰りますよ!!」
「ぎゃー! ジェラルドですわ! 強いられる勉めなんて嫌なこったですわー!!」
「勉めて強くなるから『勉強』なんですよ! さぁ、城に戻られますよ!!」
「お断りですわ! みなさん、第8ジンケー!!」
「「「「「うぇーい!!」」」」」
姫さまが呼びかけるや否や、何処からともなく集合した6人の子どもたちとシリスさん・マリナさんが肩を組んで大人を取り囲む。すると大人は吃驚仰天だ。
「ちょっと姫さま、何また新しい陣形編み出してるんですか!? くぅ……絶妙なタイミングで動くから跨ぐに跨げん!!」
「ありがとうございますみなさん後日おかしを持ってきますわ! それでは──おん?」
と、姫さまが言葉途中で空を見上げるから、釣られて顔を上げると、晴天にも関わらず鼻先に水滴が落ちてきた。今思えば天気雨だった。
「「「「「ギャー!」」」」」
雨は一気に強くなり、皆陣形を解除して散り散りになっていく。すると大人は「好機!」と姫さまに手を伸ばしたものだから──、
「う、うわぁぁぁ!!」
衝動に駆られて、咄嗟に大人の脚に飛びついた。とにかく守護らなきゃ! と必死だったのだが、意表を突いて「うわぁ!?」と大人を地面に転ばせた後のことは考えておらず、どうすれば良いか迷ってしまった。
「レイン、こっちです!!」
けれど、姫さまは迷わず手を握ってくると、そのままこちらの手を引いて『子どもの溜まり場』を抜けた。
直後、姫さまは雨の中を駆けながら、屈託のない笑顔で言ってきた。
──瞬間、『無意味な雨』は、姫さまに見つけてもらうための『祝福の雨』に変わった。
「すばらしいタックルでしたわレイン! 雨で地面がぬれていなかったらジェラルドを倒せなかったでしょう! 雨さんも私たちの出会いを祝福してくれてます! 祝福の雨ですわ! ……って、なんで泣いてますの?! お腹痛いんですか?!」
姫さまは心配してくるが、涙は留まるところを知らなかった。名前に意味を与えてくれたことがどうしようもなく嬉しかったのだ。
「……あ、分かりました! チョケパンポンでお腹が空いてしまったのですね! でしたらお気に入りのパン屋さんへ行きましょう! 出会いを記念してふんぱつですわー!!」
しかし、姫さまは一向に気付く訳もなく、明後日の方向から励ましてくる。それもどうしようもなく愛おしくて、姫さまがご馳走してくれたパンは今までで一番美味しかった。
この日を境に、姫さまへの忠誠を心に誓った。
これがレインの、黄金時代の始まりだった。
◆ ◆ ◆
「レイン、どんどん上手になってるじゃん! こりゃ『アルティメット・チョケパンポン』参戦も近いぞ!」
「は、はい……ありがとうございます……!」
姫さまから名前の意味を賜って以降、レインは母親が留守の日は必ず『子どもの溜まり場』を訪ねるようになった。流石に姫さまと毎回会えるわけではなかったけれど、その際はシリスさんたちからチョケパンポンを教わるようにしていた。一日でも早く『アルティメット・チョケパンポン』に参加できるようになりたい一心だった。
「今日も逃げ切ってみせますわ! みなさん、第17ジンケー!!」
姫さまが来た日は必ずジェラルドさんが襲来るので、自ずと特攻隊長を務めるようになって、やがて定着した。姫さまの自由を守護りたいのと、姫さまと一秒でも長く居たいが為だった。思えばそこで『わがまま』を覚えた気がする。
「何度も足止めさせないぞレイン! 返り討ちにしてくれる!!」
ジェラルドさんは毎度真正面からぶつかってくれた。鍛錬を積んだ軍人ならその気になれば適当にあしらえるだろうに、決して蔑ろにすることなく律儀に相手をしてくれた。それが「(存在を)無視しない!」と言ってもらえてるようでそれが堪らなく嬉しくて、何処か父親のように慕って『甘え』ていた。
この度重なる外出に母親は何も言わなかった。多分勘付いてはいたのだろうけど、口を挟むことは一切なかった。それだけ我が子に無関心たる表れなのだろうが、姫さまとの交流を邪魔されないと捉えるなら寧ろ有難かった。
そんなある日だった。
いつものように『子どもたちの溜まり場』で姫さまたちとチョケパンポンをしていたら、いつも通りジェラルドさんが来たのだけれど、顔を見るなり違和感があった。具体的に言うと、姫さまではなくレインを見ている気がした。
「さぁ、レイン! 来い!!」
けれど、襲来た以上は躊躇しない。姫さまが「第34ジンケイ!!」を宣言する前に急接近してタックルを仕掛ける。
「ふっ!!」
しかし、今回はしっかり受け止められてしまった。
しくじった……! と身体で理解するより早く姫さまに逃走を呼びかけようとするが、それよりも早くジェラルドさんの後ろから現れた見慣れぬ顔に、姫さまが驚愕の声を上げる。
「お、お父さま!?」
「やぁ、シーラ。今日も健やかに脱走してるな。私が幼かった頃を思い出すよ」
「へへっ」
「この後の勉強は終わるまで見張りをつけるからね。……して、ジェラルド。その子がレインかい? 聞いてはいたが、これだけ子ども離れした身体能力なら一目置くのも頷ける。これなら私はありだと思うよ」
「そうでしょうとも国王さま。初めてタックルを受けた天気雨の日から潜在能力を感じていたのです」
彼らはこちらそっちのけで話を進める。何の話だろう?
「お父さま、ジェラルド? 一体何の話をしているんですの?」
姫さまも逃げることも忘れて、同様に首を傾げていると、国王さまは「政務も立て込んでるし、本題に入ろうか」と目線を合わせて切り出してきた。
「レインよ。君さえ良ければ、軍人として本格的な鍛錬を積んでみないかい?」
◆ ◆ ◆
それからは、怒涛の日々だった。
先ず、当日のうちにジェラルドさんと養子縁組を組んで引き取られる運びとなった。母親は終ぞ興味なさげに親権を譲渡していたが、金輪際関わらずに済むと幼心ながらに清々した。
翌日から、午前は姫さまと勉強に励み、午後は訓練兵に混じって鍛錬するようになった。最初の一龍年はひたすらに無知で頭を抱えたし、チョケパンポンで培った身体能力を持ってしても厳しかったけれど、毎日先輩たちが自主錬に付き合ってくれたし、後から『子どもの溜まり場』の仲間たちも合流してくれたから寂しくなかった。何より、自分を見つけてくれた姫さまたちを思えば苦ではなかった。
これを境に、人生の黄金時代は次の段階へと進む。
姫さまって偉大だったんだなぁ(脱走から目逸らし)
次→明日『18:00』
 




