第32話「上陸前ですわ!」
前回のあらすじ!
ジェックのちょっとした過去。
「おぅい、コルタス港町が見えてきたぞぉ」
舵取り台のクリスクおじいさんから報せを受けて、私たちは船から身を乗り出した。
「「「「おお〜〜〜〜……!!」」」」
遠目からでもよく分かる、プルタ避暑地の倍はある赤レンガの漁港だった。街並みも赤レンガで統一されていて、これを眺めるために乗船してみるのも悪くないと思える光景だ。
望遠鏡を覗く左隣のグレストさんが解説を行う。
「クリスクさんの話だと、コルタス近海は内海でも特に波が穏やかな海域だそうだ。だから羽休めに停泊する船が昔から多く、それに目をつけた地元民は村から町を興こして、結果として、1日に何十もの交易船が行き交う内海一番の港町になったんだとさ」
「とすれば、料理にも期待が持てますわね。交易が盛んならそれだけ多くの食材が運び込まれているでしょうし、5日前の嵐も相まって稼ぎ時とフィーバーしてる筈ですわ」
「タイいがいのおさかなあるのー?」
「タイ以外のお魚料理もきっとありますわ。なんならお肉料理も充実している筈ですわ。なんたって内海一番の港町ですもの」
「わーい♪」
「流石にタイ料理は飽きてきたもんな。釣れる魚襲ってくる海魔物の8割が『〇〇タイ』だったし。当分タイは食べなくていいわ」
「でしたら私め、調味料を補充したく存じます。タイ料理にかなり使いましたので、情報収集がてら港町を見回りたく」
「それは素晴らしいですわ。是非とも新たな味を開拓してくださいまし」
「でも買い過ぎには注意してくれよ。今回換金できそうな海魔物にあまり遭えなかったからな」
「かしこまりました」
「イヌッ!」
「んん……?」
「ん?」
皆で和気藹々と上陸後の予定を組み立てていると、不意にグレストさんが訝しげな声を上げる。望遠鏡の先で何を見つけたのでしょうか?
「どうしましたグレストさん? 港で事故でもありました?」
「いや……なんか憲兵が集ってんなってさ。ほれ」
受け取った望遠鏡を覗き込む。確かに全ての停泊場所に兵士が挙って船員や観光客を出待ちして、何か聞いて回っているようだが……?
「んんんんん……?」
更によくよく観察してみて、私は気付く。兵士の装備に既視感があるのだ。
この既視感を確信に変えるべく、私は望遠鏡を右隣の殿方に手渡す。
「ジックさん、ちょっと港を見てくださいまし」
「? なんで? 何か見つけた?」
「いいから」
「お、おう……?」
有無を言わさず、ジェックさんに望遠鏡を覗かせる。
さすれば、程なくして既視感は確信へと姿を変えた。
「あの装備、魔王軍だなアレ」
「ですわよね。見間違いではないですわよね」
「おや、本当でございます。何処からか私めたちの所在が漏れたのでしょうか?」
「偽名に徹するの遅すぎましたかね? プルタ避暑地前までガバかったですし。私の見てくれは町村ごとに変えてますが、ちょっと魔王軍舐めずきましたわね」
「いや、魔王のことだから後ろから追うのが億劫になったとみた。どっかでバレたより、そっちの方が楽って魂胆だろうよ」
「流石元魔王軍」
「侮辱だからなソレ?」
「失敬」
「アンタら、さっきから何の話してんだ? え? 魔王軍に追われてるの?」
おっといけない。あれこれ原因を考察し合っていたら、何も知らないグレストさんが混乱し始めましたので、私は咄嗟にでっち上げる。
「私のお父さまが魔王軍の上層部なんですの。だから私たちの海越えを想定して、コルタス方面の駐屯魔王兵に呼びかけたんだと思いますわ」
「そういや名家の家出娘と言ってたもんな。ならあれだけの人数揃えられるのも納得だ」
グレストさんは納得したように頷くと、私を後ろに退けて、私の前に立つ。
「だったら今のうちに船内隠れとけ。着いたら俺とクリスクさんで時間稼いどくから、その間にどうにか魔王軍を欺く方法考えな。いいよな、クリスクさん?」
「いいよ♨」
「願ってもない御協力ありがとうございます。皆さん、行きますよ」
「うい」
「かしこまりました」
「なのー」
「イヌ」
各々返事を聞きながら、私たちはこっそり船内へ移動する。
身を寄せたのは、甲板から一番遠い動力室。ここなら当分入ってこれまい。
「さて、ということで作戦を練りましょうか。皆さん、意見を寄せてくださいな」
「先ず変装が大前提だな。大なり小なり俺たちの風貌は知られてると思った方がいい」
「なら取り敢えず、私とリツさんは髪型交換といたしましょうか。髪型だけでも印象は大きく変わるものです」
「かしこまりました」
「そんなに違くなるんか? 兵士の髪型ほぼ一緒だからイマイチピンと来ないわ」
「見れば分かりますことよ」
ということで実践してみる。
私はポニーテールを解き、左肩に流した髪の毛を編み込んでいく。逆にリツさんはルーズサイドテールを解いて、後頭部の上辺りで纏めて垂らした。
「はい、どうですか?」
「おぉ……凄ぇ変わるもんだな。しかしアレだな、フィーラの髪型なんて言うんだ?」
「ルーズサイドテールでしてよ。寝るときはよくしてるこの髪型が何か? タイプですの?」
「いや別に」
「じゃあなんですの?」
「…………今思うと、おふくろが死に際にしてた髪型と同じなんよな」
「そういうのは遠慮なく言ってくださいましブン殴りますわよ」
「私めも知らずしてトラウマを刺激したくありません今後は別の髪型といたしましょう」
「すいませんでした御心遣いありがとうございます」
ジェックさんの土下座を見下ろす形で、私は急遽ルーズサイドテールからシニヨンヘアに変更する。とんだ爆弾発言でしたが「あら素敵」とシニヨンヘアを眺めるリツさんと、土下座するジェックさんに「おうまさんなのー」とホニョちゃんを抱えて跨るルルちゃんが見れたので良しとしましょう。
「お次は『顔』ですわね。顔の印象は『目』が多くを占めてると私は思います」
「となるとフィーラの目はルルの魔法で誤魔化すとして……リツ、もっと目開けないか? 多分糸目も筒抜けてる」
「かしこまりました」
そう言ってリツさんは、普段からほぼ閉ざさっている目を初めて開いた。
──瞬間、私は思わず口に出す。
「妖艶……」
「はい?」
「あっと失礼。ジェックさん、ちょっと」
私はジェックさんを連れて、動力室の端へ移動する。
「なんですかあの妖艶い半目。目を開いただけであんなド妖艶い顔になるとはとんだ潜在力ですことよ。いやマジで」
「耳を傾けたこと本気で後悔してるわ戻っていい? 」
「吐き出さなきゃ落ち着けませんわ私。実際どう思ってますかジェックさんは?」
「…………ちょっとだけ、おおぅ……ってなった」
「ですよね、ですよね。私だけじゃなくて安心しました。はい、終わり」
私たちは「お待たせしました」とリツさんたちに合流する。幸い耳を澄まさせてなかったようで彼女は何も言ってこなかった。澄まされてなくてよかった。
「では、最後の関門ですわね。ジェックさんとルルちゃんとホニョちゃんどうしましょう?」
「だな、ルルの魔法を使おうにもフィーラの目に使っちまうし……ダメ元で俺が抱えてジャンピング上陸して逃げるか? フィーラたちが降りた後にでも」
「だったら私たちもジャンピングして、クリスクおじいさんには密航者とでっち上げてもらう方が手っ取り早いですわ」
「ですが、それだと確実に追われる羽目となり、鳥魔族さまの行方を調べる余裕を失ってしまいますわ。やはり真正面から平和的に突破するのが得策かと」
「それもそうですわね」
リツさんから根本を指摘されて、早速振り出しに戻ってしまう。このままだと堂々巡りになりそうだが、はてさてどうしたものかと首を捻ったそのとき、ルルちゃんが口を開いた。
「フィーラさんと、ジェックさんと、ルルと、ホニョに、まほうつかえばいいのー?」
「そうなんですよー。けれど、それが難しいでしょうから困ってるんですよー」
「わたし、できるよー」
「あらーそれは助かりますえッ?」
「わたし、できるよー」
私が絶句している間にも、ルルちゃんは私の目を『黒眼』に変えると、続いて自身を『角魔族』に、更にホニョちゃんを『黒毛魔界犬』へ変貌させる。
そして、最後にはジェックさんを『尖耳族』にしてしまった。
「できたよー」
「あ……え……? ルルちゃん……いつの間にここまで使えるようになりましたの?」
「れんしゅうしたのー」
ルルちゃんはあっけらかんと告げる。
「フィーラさんのすがたかえるなら、ほかのみんなもかえられるようになったらうれしいとおもったのー。だから、みんないっしょにかえられるように、まいにちみんながおきるまで、れんしゅうしたのー」
「ルルちゃん……!!」
私は感極まり、「貴女は私の誇りです……!!」とルルちゃんを抱きしめる。うちの娘がこんなに健気で可愛い。子どもの成長って早い。
が、何か物足りない。兵士たちの目を欺くためにはもうひと捻り欲しいところだが……──、
「あ、でしたらルルちゃん、こんなことできませんか? ゴニョゴニョゴニョ……」
「できるよー」
「よしきたァ! リツさん!!」
「かしこまりました」
リツさんは私の指示に従い、ジェックさんを羽交い締めにする。当然ながらジェックさんは困惑だ。
「え? 何? 俺これから何されるの?」
「確実に兵士を欺くべく、ジェックさんへ更なる改良を加えさせてもらいます。どうか抵抗しないでくださいまし」
「いや抵抗も何も、成功率上がるなら文句言わねぇよ? だから解放してくれよ! どんな内容なの?!」
「そう言いますが、聞けば確実に逃げやがるのが目に浮かびますわ。ルルちゃん、お願いします!!」
「はーいなのー」
「ホントに何するのーーーーッッ???!!!」
動力室から、悲鳴が上がった。
◇ ◇ ◇
船が止まった。
次回、地獄。
次→明日『18:00』
 




