第24話「決勝ですわ!」
前回のあらすじ!
イベント予選。
【プルタ避暑地での偽名】
姫……フィーナ
ジェック……ジック
リツ……ミリ
ルル……ムム
『決勝5分前です! 上位8名は登壇して待機してください!』
グレストさん始め、勝ち残りたちが表舞台へ向かっていく。時間だ。
「そんじゃ、移動するとするかね」
「はい! ……あ、ジックさん、ちょっと」
「なんだ? ……!」
私はズイッと拳を突き出しました。
これを見たジェックさんは、何も言わずにゴツンッ──と拳を合わせてきました。
「行ってくらァ」
◇ ◇ ◇
観客席にもどると、会場は決勝開始前とは思えない熱狂に包まれていた。
ジェックさんたち選手はスタッフの指示で前で腕を組むマッスルポーズを取っている。皆さま方が堂々としている中、ジェックさんは無心に徹しているようですが、さて、どうなることやら。
『さぁ、間もなく決勝が始まろうとしています! 皆さま筋肉を見届ける準備はいいか?!』
「「「「「オオーッ!!」」」」」
『筋肉の栄光を目撃する覚悟はあるか?!』
「「「「「オオーッ!!!!」」」」」
『選手一同も、マッスルポーズの用意は出来てるかァ?!』
「「「「「オオーッ!!!!!!」」」」」
「ん?」
あ。ジェックさん、勘づきましたわ。
『大丈夫なようです! それではこれより『PSMC』、最後は皆さんお待ちかねイベントの醍醐味『ボディビルダー』を開始しまァァァすッ!!!!』
「え?」
「ん?」
「お?」
思わず「え?」と声を漏らすジェックさんと、グレストさん、司会者さんが目を合わせる。
そして、程なくジェックさんは観客席の私を見上げ、フルフェイスマスク六点空気孔から怒りの炎──に等しい魔力が噴き出した!!
「これが本命だったなオマエェッッ!!!!!!」
「ファヒャハハウハハハ!! オホウホへホほほ!!!! イーひひへへへへ!!!! ブフォベホぼホオエッッッッ!!!!!!」
「笑ったな?! 笑いやがったな!! 大本命のボディビルで面食らう俺が見たかったんだな!!!! 『C』と聞いた時点で「ん?」とは思っちゃいたが体力テストですっかり騙されたよチクショウ!!!!」
『あぁーとッ! ジック選手、どうやらお連れの方に無断で申し込まれた挙句、競技内容を隠匿されていた模様! お連れの方に激昂だァ!!!! すっごい面白い!!!!!!』
「野次るな司会ィ! ちょっと3分……いや1分間待ってくれ! 笑い転げるアイツの顔面にアイアンクロって海にぶん投げてやらないと気が済まねぇ!!」
『進行妨害になるので駄目です! 見ている分には面白ブフォッいですけれど!!』
「笑うなァ! オマエら笑うなァァァァア!!」
と、咆哮を上げるジェックさんの肩に、隣の選手が手を置く。
ビレイケさんだった。
「男というのは、女性におちょくられるくらいが、ちょうど良いのさ☆」
「初会話がそれかよ! よぅし、ならそこに直れ! キャーキャー言ってるテメェの取り巻きに向かってぶん投げてやる!!」
「止めたまえ! 汗ばんだ筋肉でボディタッチは弟妹の精神衛生上よろしくない!!」
「弟妹かよ! 道理で7人全員似てるわけだよ! ……ちょっと待って弟居るのあの中に?!」
「右から2番目が次男のマイケルさ☆ 彼以外は妹☆」
「名前まで聞いてねぇよ! 名前出しちゃっていいの?!」
「駆け出し舞台子役だから名乗ってナンボさ☆」
「知らねぇよ! 活動お疲れさまです!!」
『ジ ッ ク 選 手 !!!!!!』
「「「「「ぐああーーッ!?」」」」」
耳をつんざく魔力拡声石の音割れが会場中に響き渡り、全員が反射的に耳を塞いだ。
声の主は、ブルジョ地主だった。
『さっきから悪態をついて、なんザマスか? 彼女の蛮行に腹を立てる気持ちはありますでしょうが、そのうえで働く悪態はなんザマスか?! 貴方のその筋肉は、しょうもない蛮行で萎んでしまうようなものなんザマスか?!!!』
「……ッ!」
『見れば分かるザマス! 貴方の筋肉は長く続いた逆境を跳ね除けるために培われた絶え間ない努力の結晶ザマスと!! お連れの幼稚おちょくりで砕けてしまうような筋肉ではないザマスと!!』
「うぐッ……!」
「おいジック!」
「ッ!!」
言い淀むジェックさんへ更に、グレストから声がかかる。
「オマエの筋肉はよ……一朝一夕で手に入れたもんじゃないだろ? だったらよ! テメェにそうさせたヤツらを見返してやろうぜ!」
──そうだそうだ!
──決勝まで残ってんだ! ここで辞めないでくれよ!
──予選落ちした俺たちに、夢を見せてくれェ!
決勝へ進めなかった選手からも声援が飛び交う。
今、会場はジェックさんの殻を打ち破ろうと団結していた。
「ギぃ……! ギぃぃィイ……ッ!」
『さぁ、今こそ立ち上がるときザマス!! 今まで受けてきた屈辱を、その筋肉で返り討ちにしてやるザマス!!!!』
「アァもう! やってやるよコンチクショーッッッッ!!!!!!」
ジェックさんの「ギぃぃィィぃィィイッッ!!!!!!」と奥歯を金槌で殴られたかの如き奇声からの宣誓に会場中が歓声を上げる。決勝戦の始まりだ!
『さぁ、ジック選手の勇気に応えて始めるとしましょう『ボディビルダー』! スタッフさん、お願いします!』
司会者さんがカスッ……と指を鳴らすや否や、なんか大きいプレートが運ばれてきた。
プレートには、ポージングの名称とイラストが描かれていた。
『選手にはこちらからランダムに選ばれた指定ポーズを一斉に取ってもらい、8人の審査員にはお眼鏡に叶わなかった選手を指名してもらいます! その指名が多数の選手から敗北です! それではレッツ……!』
「「「「「マッスル!!!!」」」」」
なんとも愉快な掛け声である。ちょっと好き。
「サイドチェスト!」
「「「「「マッスル! マッスル!」」」」」
「ラットスプレッド!」
「「「「「マッスル! マッスル!!」」」」」
「アブドミナルアンドサイ!」
「「「「「マッスル!! マッスル!」」」」」
「モストマスキュラー!」
「「「「「マッスル!! マッスル!!」」」」」
ポージングの度、観客席からマッスルコールが響き渡る。ボディビルダーを観覧するのは初めてですが、合間合間に挟まれる賞賛も語彙に飛んでいて非常に愉しい。そろそろ呪文に思えてきた。
『さぁ、最終戦も終盤戦! 選手たちが次々と無念の敗北に打ちひしがれる中、最後に残ったのはやはりこの2人! なんと共に初出場、ジックとグレストだァァァアッッ!!!!』
「「「「「オオォォオォォォォオッ!!!!!!」」」」」
上位8名が決まった時以上の歓声が上がる。ジェックさんとグレストさん以外の選手はもはや観客の眼中になかった。
『最後は歌唱に合わせてポージング! 歌唱者は本大会が毎龍年の楽しみと毎度快諾してくださっている歌唱界のエース『エニイト村のヤス』さんです!!』
「知らねぇ」
「誰だオメェ?」
「「「「「ずこーーッ!!」」」」」
ジェックとグレストの無慈悲な無知に会場中がズッコケた。両者共に初出場だから当然である。
「なら今日は俺を知っていきな! 行くぜェ!!」
しかしヤスさんは一切めげずに魔力拡声石を握り直す。ここら辺は流石プロですわ。
「皆も歌ってくれよ! とにかく明るい人生・娘にはこう聞こえていたVer.!!」
原曲持ってこい!!
それでも楽しければそれでいいのだ。そんな雰囲気で観客たちはノリノリで合いの手をする。
「エビバギタ♪」
「「「「「ハイッ!」」」」」
「チョモランマ♪」
「「「「「ハイッ!」」」」」
「アルプス・バンパク・パルメチザン♪」
「「「「「ハイッ!」」」」」
「す、凄ェ! あの2人、互いに一歩も譲る気配を見せねぇ! 本当に初出場かよ……?!」
「合いの手に指定されたポージングを瞬時に実行してやがる! 予選と決勝序盤の疲労も蓄積されているだろうにとんでもねぇ集中力だ!」
「お、俺たちはなんて幸運なんだ……! 俺たちは今、間違いなく『PSMC』新たな歴史の誕生に立ち会っているぞ!!」
『そうザマス!!』
観客の声に、ブルジョ地主が辛抱堪らず! といった様子で立ち上がる。
『初出場同士の優勝争いは『PSMC』始まって以来の前代未聞、明らかな歴史の転換点! 皆さま方、彼らから一瞬たりとも目を離すんじゃあないザマス! さぁ、ジック選手とグレスト選手! どうか新たな時代の1ページを刻んでみせろザマソォ!!』
「「「「「マッソーッッ!!!!」」」」」
興奮のあまり崩壊したブルジョ地主さんの語尾に、観客たちがノリノリで合いの手を挟む。マッソーッ! とはなんでしょうか?
……あ、分かった! マッスル! が崩れてマッソーッ! なんですわ! すっきり!!
観客が慄き感激し、ブルジョ地主さんが感極まって、私が0.2秒の考察をしている間にも『とにかく(略)』は続いている。
遂にラストスパート!
「「「「「マッ(ソウ!!)」」」」」
「「「「「マッ(ソウ!!)」」」」」
「「「「「マッ(ソウ!!)」」」」」
「「「「「マッ(ソウ!!)」」」」」
「「「「「マッ(ソウ!!)」」」」」
「「「「「マッ(ソウ!!)」」」」」
「「「「「マッ(ソウソウ!!)」」」」」
「「「「「ハイハイハイハイハイハイマッ──!」」」」」
「「ソウッッッッ!!!!!!」」
ぶわっ──!
2人のラストポージングが決まった瞬間、会場に風が吹いた。
このとき私は、否……会場にいる全ての人が確かに、海からの声を聞いた。
──ナイスバルク。
と……!
『……! 『エニイト村のヤス』さん、ありがとうございました! さぁ、これで全てのポージングが終わりました! 審査員の皆さま余韻はそのままに、感情の赴くままに、優勝に相応しいと思う方のネームプレートを掲げてください!!』
司会の意地か、誰よりも早く我に返った司会者さんが進行を再開して判決を促す。私目線では両者共に動きはキレキレでポージングも一切の狂いが見られなかったが果たして……?
もう私には、ジェックさんが勝ってほしいと祈る他になかった。
そして、審査員たちが一斉にネームプレートを掲げた!
『ジック選手5:グレスト選手3……ジック選手5:グレスト選手3!! 優勝はジック、初出場のジック選手ゥゥッ!! 人生の逆境を覆さんと屈辱を胸に鍛え続けた筋肉が、今この瞬間報われたァァァァァァァッッッッ!!!!!!』
「「「「「わああああアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!」」」」」
瞬間、会場中が揺れる程の大歓声がプルタ避暑地に轟いた!
観客も選手もこれでもかと笑顔を咲かせ、ジェックさんとグレストさんを讃える。まるで家族の大快挙を目撃したかのような喜びように、私まで貰い泣きしてしまう。
良かった……本当に良かった……!
「………………」
「……ジック」
「──!」
「これで一勝一敗だな。次に会ったら決着つけよう!!」
「…………おう……!」
『それでは歓声はこのままに早速優勝商品授与に移りたいと思います! ブルジョ地主お願いします!』
『ジック選手、見事殻を打ち破ってみせた貴方の勇姿を私は忘れないザマス。ホテルは手配しておいたザマスから、そこで明日の乗船の英気を養っておくザマスよ』
ああ、そうでした。
そもそもの目的が、鳥魔族が飛んでいったとされる『コルタス港町』とプルタ避暑地を隔てるプルタ内海を渡るための『豪華客船によるコルタス港町とプルタ避暑地往復ツアー』のチケットを入手したくてジェックさんを出場させたのでした。彼もすっかり失念していたのか「あ……おお……」とぼんやり返事をするばかりですわ。
『折角なのでお連れの皆さまにも並んでいただくとするザマス。さぁ、皆さま! ジック選手と彼を支えてきたお連れの方々に暖かな拍手を送るザマス!』
「だそうです。皆さん、行くとしましょう!」
「かしこまりました」
「いくのー」
「イヌッ!」
ということで、私たちは拍手音に囲まれながらステージへ上がりました。
リツさんがハイタッチして──、
ルルちゃんがハイタッチして──、
ホニョちゃんが抱きかかえられて、ルルちゃんに渡されて──、
私がハイタッチしようとしたら顔面をアイアンクロわれて──、
そして私は、そのまま海へぶん投げられたとさ。
私が大きな水飛沫をあげる同時に、会場から司会者さんが魔力拡声石を鳴らす。
『ということで『PSMC』はお別れの挨拶で終了とさせていただきます! 皆さん用意はいいですか?! せーのッ──!!』
「「「「「マッスルッッッッ!!!!!!」」」」」
書いてて愉しかったです♨
次→明日『18:00』
 




