第12話「歴史ですわ!」
チョモ村着いた。
「すいません、その『大活祭とはどういった催しなのでしょうか?』」
「おや、知らないのかい? ──て、あぁ、身なりからして旅の者かい。そりゃあ知らんのも無理ないねぇ」
そう言ってお婆さんは「なら、一から話そうかねぇ」と律儀に説明を始めてくれました。
その瞬間──、お婆さんが纏う、のほほんとした空気が緊張感あるものに一変した。
これは口を挟んではいけない。そう直感した私たちは示し合うこともなく声を潜めて耳を傾ける。
「この村は定期的に、儂が幼い頃から幾度となく魔物大行進の襲撃を受けている。畑は荒らされ、家は壊され、村は何度も何度も滅茶苦茶にされたものだから、一時期は引っ越す人が相次いで、村は日に日に小さくなっていき、廃村の危機にも陥った。レイちゃんが親に連れられ出ていった時はスゴい泣いたねぇ」
魔物大行進──。
人間界でも度々議題に上がっている大規模な魔物集団の襲撃だ。異常災害や強大な魔物に住処を追われた、町村がちょうどオアシスまでの通り道と、様々な原因で発生しては各地対処に追われていると聞いている。
そして、お婆さんが仰っていたように、いつ魔物に蹂躙されるかも知れない恐怖に耐えかねて故郷を立ち去る者も多いと聞く。立ち去る方も取り残される方も、その悲しみは安易に計り知れるものではないでしょう。
遠い過去を虚しく見つめるような仕草をしながら、お婆さんは「そんな中で建てられたのがアレさ」と西にある巨大木造門を指差す。
「アレの先にあるのを『チョモ村防衛砦』という。どうしても村を出ていく気になれなんだ先人たちが建てたものだ。生まれ育った故郷を捨ててたまるか、魔物に抗うぞ! と故郷に骨を埋める覚悟で武器を取ったのよ。その先人がアレさ」
更に指差された先に視線を移すと、村の中心だろう場所に、5体の石像が設置されていた。それらの下の石彫りプレートには──、
『防衛砦発案・設計者』
『防衛砦建築者』
『魔力砲台作成者』
『魔物大行進原因解明者』
『村一番ノ強者』
と、そう彫られていた。名前が彫られていないのは何かしらの意図でしょうか?
「なんでなまえないのー?」
「テヘペロだったそうじゃ」
凡ミスでしたわ。
お婆さんは「話を戻そう」と咳払いをひとつ。魔物大行進の原因について特に語らなかったのは『解決しようのない何か』故と踏んで敢えて触れないでおく。
「それに呼応し、他の村人たちも次々準備を始めた。来る日に備えて身体を鍛え始め、己に合う武器を選んだ。そして……遂に決戦たる初陣を迎えた……!」
私たちは固唾を飲んで、続きに集中する。
「度重なる打撃音に斬撃……そして矢を射っては魔物の血飛沫が舞い、同時に魔物の牙や爪が骨肉を抉っては響き渡る悲鳴! いつ終わるとも知れぬ長い長い激闘に負傷者は増すばかり! 我々は本当に勝てるのかと不安が過ぎったそのときだった!」
「お?」
急展開の予兆に、腕を組んでいたジェックさんがピクリと人差し指を立てる。
「突如として飛来してきた魔力弾が魔物どもを吹き飛ばした! そう、かの村一番の技術者が急ピッチで用意していた魔力砲台が完成して運び込まれたんじゃ! さぁ、今こそ逆転のとき! 反撃を狼煙をあげようか!!」
「おお……!」
希望の光が見えた急展開に、リツさんが続きを待ち侘びる。
「士気を取り戻した村人たちは最後の力を振り絞り、遂に夜明けを迎えた! 一夜を明かした戦いの果てに魔物どもを追い払ってみせた! チョモ村は勝利を収めたのじゃ!!」
「うおおおおッ!!」
最高の逆転勝利ですわ〜〜ッッ!!!!
「峠を越えてみせた村人たちは、自分たちは捨てたもんじゃないと互いを讃え、今後も訪れるだろう魔物大行進に備えるべく、防衛戦で大量に得た魔物の毛皮で交易を始めたり、魔力砲台の更なる改良を進めるなりして再び活性化していった。こうして始まった『大活祭』で手に入れた魔物素材を加工して儂は村一番の弓手・弓矢職人となり、出ていったレイちゃんを探し当てて婿養子にしたんじゃよ。フェッフェッフェッ!!!!」
「それがオチかい!!」
「レイちゃんさん、男だったんですね」
「最高にロックですわね、このお婆さま。私めも見習いたいですわ」
「憧れんなや」
「つーことで、儂はそろそろ行かせてもらうとするよ。何しろ『大活祭』が迫ってると鳥魔族が言ってたからね」
「ちょと待てちょと待てちょっと待てくださいまし? 鳥魔族と言いました?」
呑気に帰ろうとするお婆さんを全力で引き止める。今しれっと重大情報ぶっ込んできましたわよこのお婆さん!?
「あぁ、言ったよ。昨日、息子と砦のバリスタ発射台を夕暮れまで点検していたら、昼に見かけた鳥魔族の男が「魔物の大群が迫ってきてる!」とわざわざ伝えに引き返してきてくれたんだ。だから村は今準備に忙しいんだよ」
言われてみれば確かに、お婆さんだけでなく大勢が武具や点検道具を持って忙しなく移動していますわ。
──って、今は気にしてる場合ではありません!
「お婆さん! その鳥魔族さんは何処へ飛んでいきました?! 私たち、彼に会わねばならないのです!!」
「そんな慌ててどうしたんだい? 南西に飛んでったが、急ぎの用事なのかい?」
「つい先日、彼に第一子が誕生まれたのです! しかし魔王のスットコドッコイが「孵化が近い? 知るかそんなん」と超長距離出張を命じやがりましたから、こうして直接伝えようと追いかけてる次第ですわ!」
「それで急いでるのかい。子どもが産まれそうだってのに休みを与えないなんて、魔王はとんだ大馬鹿者だね」
「本ッッッ当に馬鹿下衆最低野郎だよアイツ!!!!」
「ジェックさん、ステイ」
「しかし、そりゃあ災難だね。事情は分かったがアンタたち当分は進めないよ。何しろその魔物の大群が西と南西と南から来てるそうだからね」
「なんですとッ!?」
「だから村人の前線組は間引くのにもう出発しなければならんのさ。ほれ、それがアレだ」
後ろを向くと、武装した村人が続々と馬小屋へ駆け込み、次々と乗馬して村を出ていっている。実際祖国でも先発隊を出陣させては数を減らす、或いは弱らせておくのがお決まりだった。
「ではでは! その大群が防衛砦に来るまでの時間は分かりますか?!」
「もう間もなくじゃないかねぇ。鳥魔族から聞いた話じゃ、昼ごはんを食べてから小腹が空くまでの間に来るだろうってさ」
その返答を聞くなり、私は思考を超回転させる。
防衛が始まるまでに日が傾くようだったなら、一か八か先発隊に紛れる形で魔物大行進をやり過ごす手もありましたが、既に村目前まで迫ってきているなら僥倖! ルルちゃんとホニョちゃんを危険に晒してまで大群を強行突破しなくて済みますわ!
「ジェックさん、リツさん、ルルちゃん、ホニョちゃん──!」
「あーいいよ最後まで言わんくて、察したから。早く済ませられるならそれに越したことないし、タダ待ちは御免だ」
「それにフィーラさまなら、言い出したら貫き通したがるのは重々承知ですわ。私めはフィーラさまのご意向に従います」
「なのー」
「イヌッ!」
「皆さんありがとう愛してます!」
3人と1匹に愛を告げて、私はお婆さんに向き直る。
「お婆さん! 今回の防衛戦、私たちも参加させてもらえるよう責任者さんと交渉していただけないでしょうか?! 私たち、腕に覚えがありましてよ! 鳥魔族さんに会うためにも、魔物大行進で立ち往生するわけにはいきませんわ!!」
「ええよ」
「「軽ッ!?」」
あっさり承諾してくれた! 十中八九断られるだろうと口八丁で言いくるめる気満々だったのに!
「人手は多いに越したことはないからねぇ。村長のところへ案内するからついてきなさい」
そう言ってお婆さんは大弓を担ぎ直すと、防衛砦の方面へのそのそと歩いていった。
「……まぁ、いっか!」
楽に話が運んでラッキー♪ 脳裏で組み立てた口八丁が水泡に帰して釈然としないながらも、気持ちを切り替えて私たちは背中を追いかけた。
こういうロックな老人は書いてて愉しいです。
次→明日『18:00』




