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研究記録7 : Call upon (招集)





「ザラさん、急に言われてもダメですよ...!あんな状態で退院なんて...!」






「悪いが、退院だ」


「機密事項だから。誰にも言わないで」






そう言ってマクレイ主治医に黒染めされた皮手帳を見せる。




▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅




___UGLR 局長 ザラ・ルイーズ・テイラー____




▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅ ▅






_______________________




カツ カツ カツ カツ...






薄い雪道を歩く。


私、オーレリアはいつも通りの通勤の道を歩く。


静まり返った世界。


倒壊した家々。


灰色のコンクリート製のビル達。


左右にはそれだけ。


既視感があるのに、どこか新鮮味があった。


それは目の前を歩くザラのせいだ。



▅▅▅▅Protect▅▅▅▅




誰かが言ってる。




▅▅▅▅Protect▅▅▅▅




テレビの雑音のように、"守れ"。"守れ"、と。






「...」





ザラから聞いた。


次失敗すれば彼女は消されると。





▅▅▅Protect▅▅▅ ▅▅▅Protect▅▅▅





「彼女を...守る」





______________________





______UGLR 局長室にて_________






局長のテーブルにザラ。


そこに向き合った先の椅子に座る。


室内にあった本棚。テーブルの上の酒の数々はあっても、そこに局長の姿は無い。


そこにはザラが腰を据えているだけだ。






「...」


「確か、右目はまだ有効だったね」






「...見えるよ」






「なら...君にプレゼントが」






「プレゼント?」






カパッ






「...」


「...これは?」






差し出された小さな木製の箱。


よく研磨されていて滑らかだ。


その箱を彼女は開ける。






「君に似合うかどうかは分からないけど、ウェストミンスターの眼鏡職人に作らせたんだ」






サングラスだ。


ウェリントン状で縁がなく、グラスは黒い。


テンプルも無論黒く、右の方には小さく白色で薔薇の彫刻が刻印されてある。






「少しレンズを明るく仕上げたんだ。その方が見やすいと思ってね」






カチャッ






ピッタリだ。


少し冷たい感触が耳の上で感じたが、すぐに自分の体温と同化した。


恐らくプラスチック製の高品質なものだろう。






「...」






視界もクリーンで見えやすい。






「最高の贈り物だ」


「ありがとう、ザラ」






「...」


「どういたしまして」






彼女は微笑む。


知的で、可憐で、それでいて(あい)らしい。


まさに、ザラそのものを体現したような優しい笑顔だった。






ジリリリリッ ジリリリリッ






突如、室内の黒電話が鳴る。






「誰だ?」






「...」


「奴らさ」






ガチャッ






「私だ」






[久しぶり。研究は順調に進んでいるか?]






「...あぁ」


「それで、政府の犬っころがなんの用だい?もう話すことも無いはずだが」






[伝え忘れてたよ、私の名前さ]






「は?」






[cigarette smoking lady。まぁ、CSLとでも呼んでくれ]






「チッ...ふざけんなよ...」






ガチャッ






「...」


「首席、今のは?」






「いや、なんでもない。ただの間違え電話____」






________ジリリリリッ ジリリリリッ






ザラの怪訝な顔。


どうやら電話をかけてきた相手に対してらしい。


彼女は勢いよく受話器を握り、私に背を向けて耳に当てた。






「...チッ...なんの用だよ、ヤニカス女」






[あ、また舌打ちした。奥歯に昨日食べたオレンジの繊維でも挟まってるのか?]






「次余計なこと言ったら殺すぞ。私は本気だ」


「精神病棟に送ろうともただでは死なない」






[...]


[...あのなぁ、ザラ]


[これは"いずれ来るべき未来"だ]


[基本的に偉大な理論や発明っていうのは、ある研究者の生涯を費やした研究記録を種に初めて誕生する]


[しかしその間、どこかの国からまた爆撃を受けたら?もしより強力な破壊兵器を開発し世界の均衡が大きく変わってしまったら?]


[全ては崩壊する。この大戦を生き残った母国は跡形もなく消え去ってしまう。先人達の築いたこの"英国(イギリス)という歴史"が]






「...」






[つまるところ、時間が無い。チャーチル首相が鉄のカーテンを演説した時から世界は再び分断の道へと進んでいる]


[だから私は、偉大な研究者が誕生し100年費やす研究が完成するのを待つのをやめた。要は効率化させればいい]


[偉大な発明をする可能性のある研究者をUGLRという研究所に募集。そしてラビットホールに送りこみ調査をさせる。そこで成果を出せない者は勝手に死ぬだけだ]


[そこで初めて、君も知るオーレリア君が結果を出した。彼女こそが偉大な研究者ということになる]






「...っ」






[勘違いしてるようだから言っておく。私は別に君ら研究者を殺すことに快感を覚えてこんなことをしているわけじゃない]


[全ては祖国(イギリス)のため。それだけだ]






「...」


「(...きっと...こういう人間が、私ら研究者を戦争に巻き込んだんだろうな)」


「...クソ野郎...」






[...]


[まぁいい、納得しなくても。これは人に褒められた仕事なんかじゃない]


[電話を切る前に言っておく。そっちに追加の人手を手配した]


[くれぐれも、しくじらないように]






プツッ






「...」






「...ザラ?」






「人が来るらしい」






「研究者...?」






「いや...」


「(CSLはオーレリア君に集中している。研究者はありえない)」


「(だとしたら...オーレリアの防衛強化...?)」


「軍人か」






カツ カツ カツ カツ...






バンッ






「убива́ть(ウビヴァーチ)!!!」






「「...」」






勢いよく叩き倒されたドアから1人の金髪の低身長の少女が雄叫びをあげた。


何語で喋ってるのか分からなくて、私とザラはその状況に固まる。






コツ コツ コツ...






「すいません。彼女はkill(殺すぞ)と言っています。特に敵意はありません」






後ろから出てきた長い黒髪の女。


少女とは違く、背も高く、無表情。


大きく違うのは英語を話せるということ。






「うっさいわね!私だって英語くらい話せるわよ!」






キッとした顔で言葉を返す少女はさながら威嚇する猫のように見えた。


ていうか話せるのかよ、英語。






「...それで、君らは?」






ザラは少し呆れながら問う。






「呼ばれたのよ、あんたらのボスから。きーえふえる?だっけ?」






「CSLです。アリサ」






「はぁ...英語って言いづらくて面倒くさいわね」


「アリサ・オルレフ。ソ連から派遣されたオーレリアの護衛よ」






長い金髪を手で靡かせる少女。


黒いPコートに少し低い身長。


声が甲高くて、少しうるさい印象を受ける。






「彼女は特殊部隊の隊長です。実力は最高を(きっ)しています」


「私は部下のポリーナです。よろしくお願いします」






こっちは真逆の落ち着いた印象。


アリサより少し身長が高く、こっちはボタンの多くついた黒いロングコートを着ている。


その2人の紹介を聞いて、ザラは何やら考え込んでいるようだった。






「...」


「(...想定外。軍人を、よりにもよってソ連からというのは全くの想定外だった)」


「(...どう扱えばいいんだよこいつら)」






「それで、あんたらは?」






「...」


「私はザラ。この研究所の局長だよ」


「よろしく」






「えぇ、よろしく頼むわ」






握手をするザラとアリサ。


アリサは口元を少し緩める。






「それで?オーレリアは?」






「あぁ、そこに座っているのがオーレリア君だ。彼女がラビットホールの調査を担っている」






「へぇ...」






カツ カツ カツ カツ...






「青と黒の混ざった長い髪...間違いないわ」


「こいつ、本当に大丈夫なの?」






「...」






アリサに顔を覗き込まれる。


顔の火傷跡から耳の中までじっくりと。






「酷い火傷...人間ここまでなったら、死にたくならないのかしら」






「...」






「ろくに訓練もしてないからそんなことになるのよ。タフガイ気取って死にかけるのは素人の証」


「最初から私たちを頼ってればいいってのに...ほんと、愚かだわ」






「...なんだって?」






ザラからピリついた空気を感じる。






「本当のことでしょ。あんたらは戦争にも行ったことないから知らないんでしょうけど、殺し合いの場に身を置くっていうのはそういうこと」


「その傷はあんた自身の恥。自分自身を守りきれなかった恥の証よ」






「お前...ッ!」






「いや、いい。ザラ」


「揉め事はよそう」






今にも殴りかかろうとするザラを制止する。






「なんだ、口は聞けるじゃない」






「この傷は私自身の過ちだけど、恥や後悔はない」


「友人を守れたから」






「友人を守れたから?ご立派な面白いこと言うわね」


「友人を守れたから自分自身はどうなっても良かったって、それこそ気取ってるのよ」






彼女の顔が目と鼻の先まで接近する。


少し額が触れ合う程に。






「今回は仕事だからあんたを守ってやるけど、そうじゃなかったら見殺しにしてるわ」


「もし仕事の邪魔したら、殺すから」






さっきとは打って変わって恐ろしいほどの低音。


今にも私を殺しそうな程に憎悪している。


なぜここまで彼女が私を憎んでいるのかは分からないが、そこからはいくつもの死線をくぐり抜けた者の匂いを感じた。






「...」


「気分悪くなった。私、出てく」






カツッ カツッ カツッ カツッ...






「じゃあ君は...」


「______一体なんのために戦っているんだ?」






「...ッ!!」






ブチッ






カツ カツ カツ カツ...ッ!






バチンッ






平手打ち。


かけていたサングラスが吹っ飛ぶほどだったが、それでも彼女に視点を据える。


そこにあったのは息を荒くし悔しそうな顔をしたアリサの顔だった。






「私は...別に他人なんてどうでもいい...っ!そんな友情ごっこ、勝手にやってろッ!」


「なんのためって...?自分が生き残るために命を燃やしてるだけだッ!それ以外の理由なんてあるかッ!」


「はぁ...は...」






「...」






「本当にあんた...ムカつくわ」






ジャキッ






「そんなに死にたいなら...いいわ。殺してあげる」


「せめてそのご友人に看取られながら、死ねばいい」






「アリサ、それはまずい。彼女を殺せば任務放棄に_________」






「へぇ...おもしろそ。初めてだわ、両国政府から受けた仕事を放棄するのは」


(しゃく)だったのよ、いちいち上官ヅラしたヤツらの言うこと聞くのは」






額に向けられた拳銃、トカレフのハンマーが今にも起こされる。






刹那






バンッ






「...」






勢いよく銃口から吹き出す煙。


しかしその銃口はトカレフからではなく、別のものからだった。






「ネモ...グレイス...ブラウン...」






バタッ






それは局長室のドアから姿を現したネモの銃剣付き拳銃からだった。


アリサは痛みに堪えるように顔を歪めて、力なく倒れる。




「心配するな。どうせ、そのイワン女は防弾チョッキでも仕込んでるんだろ。肋骨あたりは少しイカれたろうがな」






「ふっ...後ろから撃っても...仕留められないのは...二流だわ...」






「うっせーよガキ。マジで今殺してやっからよ」


「先生にした仕打ち。後悔しながら地獄に落ちろ」






カチョッ






「待てネモ。彼女は悪くない。私が不快にさせた。これは事実だ」






「...甘いな、先生」


「不快にさせられたからって、相手が何してもいいっていう道理は無い。最も、ガキにしては始末が悪い」


「こいつは先生のことを殺そうとしたんだ。それだけじゃない、うちらと先生の思い出すらも侮辱した」


「万死に値する。それだけでも殺しの理由には成り立つ」






「銃をしまえ、ネモ」


「ここでやり合えば私らのやってきたことは全て水の泡になる」


「研究も、今までも」






「...」






ネモは(しばら)く黙り込んだ後、ようやく拳銃をホルダーにしまって緊張状態は解けた。






そして長いため息をついた後、ネモはしゃがみこんでアリサに顔を近づけた。






「次先生に妙な真似したら顔面を吹き飛ばすぞ。これは警告じゃない」


「▅▅▅▅▅▅本気だ▅▅▅▅▅▅」






「...ふっ...」






ガシッ






「いだだだっ!いだい!」





「我慢してください。肋骨が数本折れたくらいで」


「それでは皆さん、私はアリサを治療に連れていきます」


「この研究所には医務室はありますか?」






「あ、あぁ...そのドアの先だ」






「わかりました、ありがとうございます」


「今日は本当に申し訳ありませんでした。では」






ズル ズル ズル...






ポリーナに肩を組まれ引きずられていくアリサ。


ソビエトからの協力者とは、それが初めての出会いだった。

























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