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研究記録1 : ネモ





「局長、軍に要請は可能ですか」






「無駄だ。我々が軍に何を言おうと耳を貸さない」


「ただ、一人落ちこぼれを寄越してそれっきりだ」






「...落ちこぼれ?」






「あぁ、銃火器を渡してもすぐ分解してお釈迦にするわ、研究者の護衛として付けたがそれも見殺しにして帰ってくるわ、最悪だ」






「その人を紹介してくれますか、局長」






「あぁもちろんだ。ザラ、案内してやれ」


「悪いが...私は少し寝る」






そう言ってベアトリスは奥の簡易ベッドでゆっくりと横になった。






「では、行こうか」






ザラは私の目の前を通り過ぎドアの出口へと向かう。


彼女のスパイスの効いた甘い香水を辿りながら私も局長室をあとにした。






_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _






「ここがその軍人の部屋だ。挨拶したまえ」






「(物置部屋、か)」






私はそこは物置部屋だと思った。


なぜならその部屋のドアだけ粗末な木板で出来た代物だったからだ。


この扱いを見る限り、相当局長からは嫌われている存在らしい。


私はドアを2回ノックし、ドアノブを回してその部屋に入った。






ギギィ...






広がる埃まみれの薄暗い空間。


その小さな空間の上に、ランプにも似た照明があるだけだった。


その中で一人、何やら地べたに座り込んでカチャカチャと忙しなく部品のような何かを動かしている人間がいる。


それを見る限り、私は探している軍人だと理解した。






「...あぁ...クソっ...調子悪いな...」






そいつは頭を掻きむしり、そう言って手先の作業を再開させた。


あれは...銃を修理しているのか?


私はその様子を観察するようにドアの入口に背をもたれかけ、タバコに火をつけた。






カチョッ




ジジィ...






「なんだ、先生。もう仕事の時間か」







「...」


「そんなところだ」







私がそう言うと、そいつは私の方へ顔を向けた後再び作業に入った。


よく見ると金髪の、少し長めのショートヘアでブラウンのウールでできた戦闘服を上下着用している。







「私はオーレリア・アン・ジョンソン。新しくラビットホールに入ることになった研究者だ」







「うちはネモ。局長から聞いただろ、ここに2ヶ月前に配属された軍の人間だ」


「なぁあんた、手先は器用か?」






「大学時代には時計屋でアルバイトしていたから、それなりには」


「それ、手伝おうか」






「おっ、じゃあ頼むよ」






「あぁ」






ガチャッ






両手に重厚な、なにか重たいものがのしかかった。


リボルバー式の拳銃と柄の部分が茶色のナイフのような刃物。


少し考えてそれは銃剣だと分かった。






「...これは...このリボルバーのバヨネットラグに銃剣をつければいいのか?」






「そうそう。どうもそのバヨネットラグに銃剣がハマらないんだ」







「...っ」






カチョッ ジジィ...






「(ダメだ。ちっともハマらない)」


「(これはそもそもイギリスのバヨネットに対応したラグじゃない。これが噛み合う銃剣は...)」






周りの散乱した床を見てみる。


床には鉄くずやら木のおが屑が落ちているだけだ。


ただひとつ、風呂敷がかかった箱のような何かを除いて。







「...ネモ、あれは?」






「あぁ、あれはうちの装備品入れだ」






「中を見ても?」






「どうぞご自由に」






私は地面から立ち上がりその風呂敷へと歩く。


それは麻でできたカバーだった。


私はそのカバーを右手で捲ると、中には綺麗に整頓された重火器の数々。


銃、ナイフ、水筒、弾薬、手榴弾。その全てがジャンルごとに分けられ綺麗にその箱に収まっていた。


しかも全てホコリひとつない。ピカピカだ。







「これは...綺麗だ」






「敬意を払って道具を大切に扱う」


「そうすればこいつらもうちらを守ってくれる。そういう事だと私は思って使ってるから」






いつの間にか私の背後にいたネモは声を真っ直ぐにして呟いた。






「わからないな...私は君のことを落ちこぼれだとは思えない。ましてやここまで道具に誠実な人間を」






「落ちこぼれ?あぁ、局長がそう言ってたのか」


「仕方ないさ。上流階級からすれば下働きの歩兵は落ちこぼれだ」






「全くの間違いだ。それは」






「...?」






「軍人だろうが上流階級だろうが、何かに敬意を払って行動する人間に落ちこぼれはいない」


「是非私とラビットホールに入ってくれ」






「...」


「随分と情熱的な勧誘なこった」


「言われなくても、あんたの事は守ってみせるよ」


「オーレリア先生」







ネモは照れくさそうに私に片手を差し伸べる。


握手の合図だ。それに呼応して私も右手で彼女の左手を握る。







「オーレリアでいい」







「ふーん。じゃあオーレリアは省いて、先生」


「よろしく。"かっこいい"先生」






ネモはからかうようにそう微笑みかけた。


そこに嫌味は込められていない。


あるのはネモのどこか嬉しそうな感情と表情だけだ。






「それで、先生。その風呂敷を開けてどうするんだい?」






「あぁ、そう。そのラグにイギリス製のバヨネットは噛み合わない」


「だから他に銃剣を選んで付けてみるのは?」






「じゃあ色々つけてみるか」






私たちは箱からナイフを全て取り出し、ひとつひとつそのラグに形を当て嵌めてみる。


その間60分。


数百本もあるナイフ全てを取り付けるのにはだいぶ時間がかかった。


度々ザラが興味深そうにこちらを見ていたが、私らに付け入る隙も無かったらしい。


それでも私たちは作業に熱中してラグに銃剣をはめ続けた。


私がナイフを取り付け、合わないと分かるとリボルバーをネモに渡しそしてネモもまた別のナイフを取り付ける。


それの繰り返しをただひたすら60分間行った。


そして私たちの額に汗が流れ始めた丁度62分目






____________カチッ







軽快な音が聞こえた。


まるで歯車と歯車が上手く噛み合ったように。







「...ハマった...」


「よし...やっとハマったぞ...どうやら1931年のイタリア製の銃剣だったらしい」






ネモは両指の数本でその拳銃を支え、まるで芸術品を展示するように頭上に持ち上げた。


白く、そしてやや細めの柄のナイフに、黄色い照明に照らされるメタリックのリボルバー。


その絶妙な色合いを見て、お互い努力が報われたように私たちは床に倒れ込んだ。


お互い汗をかき上着を脱いでいる。どうも床が冷たくて心地いい。







「ったく...何本あるんだよ、君のナイフは」






「ははっ、ざっと260本...」






「全く...」







「「...」」







「...かっこいいじゃん。それ...」






「...だろ。へへ...」











[つづく]

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