研究記録15 : 第五階層 the cretaceous (白亜紀)
ピッ_____ピッ_____ピッ_____
心電図の音が室内に木霊する。
この重い空間に足を運ぶのはここ最近で何回目だろうか。
この研究所に来てからおよそ3回くらいだろうか。
正直、この心電図の音にもうんざりだ。
「...」
白いベッドに沈む彼女。
額が真っ青に腫れ、首には呪いのように死んだはずのサイルートに絞められた跡が残っている。
未だ彼女を哀れむ気持ちが残っている自分に対し、嫌悪感も既に抱かない。
アリサにああ言われてしまったら、もう私が付け入る隙も何も無い。
「(...何も守れないじゃん。私には)」
ガチャッ
「...ネモか」
「...先生」
「これで事は済んだ。幸い、死者は誰も出ていないのが救いだ」
「...」
「...そうだな」
「...先生」
「...大丈夫か?」
「...ッッッ!!!」
_________ブッチィッ
「...ッ」
「...あぁ...大丈夫さ」
「...」
「...少し...風にあたってくる。調査は明日から」
「じゃあ」
ギィ...
ガチャッ
「...」
私は引きつった笑顔をネモに見せ、その部屋を後にした。
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カチッ コ...ジャキッ
「これはね、エンフィールドリボルバー。英国開発の前の戦争でよく使われてたものの中古品だね」
「美品だし、弾数もあるよ」
アパートのある一室。
カーテンを閉めたその薄暗い空間で、彼女はベッドに商品を並べて組み立てていく。
その組み立てた商品を笑顔で私に見せてきた。
茶髪で八重歯を見せるその女の子、"猫"は武器の密売人だった。
「...」
「違う」
「んーじゃあ、どんなのが欲しいの?」
「...一撃で確実に殺せるやつ。そんな物が欲しい」
「...えー...そうなったら拳銃の域を超えるものしかなくなっちゃうなぁ」
「...」
ガチョッ
「...これいくらだ?」
「おーそれはアメリカ輸入の水平二連式ショットガンソードオフカスタム。先端を短くしてコートの中にもしまいやすいよ」
「ただね、ショットガンだとねぇ...いくらソードオフとはいえ片手では威力が高すぎて連射はできないよ?」
「いいからこれをくれ」
「はいはい。銃本体と弾薬合わせて5230ポンドになりまーす」
「...」
ガチャッ
カツ カツ カツ カツ...
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「...」
夕方の日暮れ刻。
赤い太陽が曇った空からそれでも尚光を発しようと私らを照らす。
この光景もまた、何回目だろうか。
「...」
「なぁ、神様さ。いるんだろ?」
...
無論、声なんてかえってこない。
そこにあるのはただ冷たい冬の冷気と私の声の残響だけ。
こんな病気じみた行為に走ってる私を咎める隣人も、ここには存在しない。
「____これが望みか?こんな終わり方が望みなのか?」
「教えてくれよ...一体どうすれば全員が幸せになれる終わり方だったんだッ?」
「____なんでこんな役を私に押し付けたんだ!?」
「...」
それでも言葉は帰ってこない。
やはり神は、私を助けてくれない。
神は肝心なことを、いつも教えてくれない。
「...」
「なるほど...こりゃ人間が戦争なんてするわけだ」
「▅▅▅所詮は人間の弱さからできた分際が、偉そうにこっち見下してんじゃねぇよクソがッ!!▅▅▅」
「▅▅▅死ねッ!▅▅▅」
「...」
それでも尚、太陽が自身を照らすのを見て私は...
...私は、諦めた。
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「...前回ザラが負傷ししばらく入院するとの事で、私が調査の指揮をとることになった」
「オーレリアだ。よろしく」
「...」
「ま、言っても前と変わらないわね。さっさと第五階層も攻略して帰りましょ」
「...ッ」
「...じゃ、用意してくれ」
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いつも通り第一階層、第二階層と足を運びやがて第五階層へとたどり着く。
場所は__________
「...」
「外?」
照り輝く太陽。
辺り一面に植生する巨大な木々と見たこともない花々。
普段化石でしかお目にかかれないものばかりだ。
「...ねぇ」
ガチョッ
アリサが銃口を向ける。
その先には、鳥のような、だが私の知ってる鳥とは様子が違う何かがひょこひょこと歩いて私たちを見ていた。
「_______始祖鳥...」
私の口から出たのは、大昔のドイツで化石として発見されたはずの鳥の名だ。
羽はあるが、しかし我々を見ても一向に逃げようとはしない。
ただぴょんぴょんと跳ねて、地面に蠢いている芋虫か何かをこちらの様子を伺いながら食べているだけなのだ。
「始祖鳥...って、冗談でしょ」
「そしたら私たち、太古の昔に来たってこと?」
「詳しくは中生代白亜紀。周りに花の被子植物が咲いてることから、白亜紀に違いない」
「それにしても...まずいぞ」
「な、何がよ」
「もしここが大昔の白亜紀なら...少なくとも、恐竜がいるってことだ」
「そうなれば海にも陸にも逃げ場はない」
「先生。だからこそ銃火器を所持してるんだろ?」
「この膨大な土地の生物殺して回ったら弾薬が尽きて終わりだろボケッ!少しは考えろッ」
「え...ごめん...」
「...」
「とりあえずどこか穴蔵に入ろう。洞窟みたいな、安全なところにだ」
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________歩いて10分の洞窟
「...それで、この階層はどうやって攻略するの?」
「てか攻略手段あるの?」
ネモが小枝を拾ってきてそれにZIPPOで火をつける。
文明の進化なんかクソ喰らえといった行為だが、今の状況を考えると仕方がない。
「今までの階層だったら明確な"敵"というものが存在した。だから今回もそういうのがいると思うんだけど」
「...なんせ膨大すぎる。抽象的な何かを探すのにはだいぶ時間がかかるぞ」
「その対象を探すまで時間がかかりますね...では、長期滞在を予期してここでの生活になれる必要があります」
「まず当番を決めましょう。私とオーレリアさんは無論ここで家を作る当番で__________」
「ちょちょストップ!あんたは私とよ、私と!」
「...え、いや、ここは親睦を深めようと...っ!」
「あんた絶対愛の巣作るつもりでしょっ!そんなとこ帰るとか絶対いやだからっ!」
「あんたは私と、研究者はネモと!いいわね!」
「...」
「あぁ、いいよ」
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ネモと暑い日差しの下を歩く。
どうやらこの時期の地球というのは私たちがいた時代より気温が高いらしい。
私たちが想像する原始人が上裸なのはそういうことなのだ。
その時期に人間が存在したのかは知らないけど。
ザッ ザッ ザッ ザッ...
「...ねぇ、先生」
「...」
「ごめん...うち、先生になにかした...かも」
ザッ ザッ ザッ ザッ....
「...」
「...ッ」
「なんか言ってくれよ...ッ先生_______ッ」
「クソ、黙れ...!」
「むごっ...!」
ネモの口元を塞ぎ無理やり私の向けている視線に合わせる。
「...ヤバいやつがいる」
「_____!」
ズ...ドヅ...ッ
私達の3倍はある大きさ。
背中からしっぽにかけた太く、厚い背びれ。
デカく鋭い歯の揃った顎。
「間違いない...スピノサウルスだ」
『ヴゥ…ガフ...』
「(1年前、化石を所蔵してるドイツの博物館が爆撃された時に消失したと聞いたが...私はそれ以前にその化石をこの目で確認している)」
「(あの頭蓋骨と足の骨の太さ、大きさと全くの完全一致だ)」
「(だが幸いなことに...こいつは群れで行動していない。また、ここから私達の拠点からは離れている)」
「...ネモ...M1917を出せ」
「_____今夜はスピノサウルスのステーキだ」
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ジジュア...パチッパチッ
「やばい...めっちゃいい匂い...」
「恐竜の肉とは、なかなかワイルドですね。オーレリアさん」
「本当は塩コショウでも触れれば良かったんだけど、今回は海水で代用する」
ジャブァア...
今回使うのは後ろ足2本。
それだけで4人を賄えるほどの大きさだ。
よく洗った平べったい石の上で皮を剥いだ肉を焼く。
現代とは180度違う環境で疲弊してた私達の胃袋は、その立ち込める肉の匂いに完全に掴まれた。
「ねぇまだ?研究者まだ?」
「いや今食べたら太古の病に侵されるって。あと10分は待て」
「10分は長いわ!冗談じゃないッ!」
「うっさい。それより君らはちゃんと家を建てたのか?私らが寝る布団は?」
「んなもんあるわけないでしょッ!一応トイレだけは作ってやったわよッ」
穴を掘って木板を張ったもの。
まぁトイレといえばまぁ...トイレだ。
「...まぁ...うん...これがソビエト式トイレかぁ...」
「______#&И^△$×@ッ!!!」
がばっ
「アリサ、癇癪起こさないでください」
「すみません。まだ完全にできてないので今日はリュックを枕に寝てください」
「...」
「どうせ長居はしない。別にいいよ」
「...」
「さ、焼けたぞアリサ。さっさと食え」
「...ぶっはっ!言われなくても食うっての!」
ガシッ
ムッシャア...
「...ッッ」
「...これ...うまぁ...」
手づかみ。
アリサの口から透明な肉汁が溢れ出す。
しばらく油分を取ってなかったのか瞳孔が開いて惚けた顔を晒していた。
「ちょ...オーレリアさん!何かやばい薬でも入れたんですか!」
「いや入れてねぇよ...」
「ねぇポリーナ...これ...おいひい...よぉ...っ」
「かぁーっ!なんですかこれ!もうア〇顔ですよア〇顔!完全にメスの顔になってますよッ!」
「なんだよア〇顔って...ほら、お前も分けてもらえ」
「...」
ムシャッ
「いや...うま...いや美味いけどこうはなりませんよ!」
「やっぱそうだよなぁ...」
「ほらネモも、焼けたよ」
「...う、うん」
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「...」
皆が夕食を食べ終わり寝静まった頃、私は洞窟から出て夜空を眺めていた。
暑かったからコートを脱いでワイシャツで出てきたが、これが意外と快適で涼しかった夜だった。
辺りからは現代でも聞いた事のある虫の鳴き声がした。
ひとつ違うことがあるとすれば、その声量が大きかったということである。
「...すぅ」
「はぁ...」
星空が、綺麗だった。
全てを飲み込む暗闇から全てを忘れさせるような光は、私の曇った頭を軽くさせる。
ただ何も言うまい。
ここは全てが、自由なのだから。
ドサッ
柔らかい草と土の上に寝転がってみる。
嗅いだことの無い青い匂いと土の乾燥した匂い。
普段は殺伐としてるラビットホールは、今この時間だけは楽園だった。
最初の人類のアダムとイヴも、こんな楽園で過ごしていたのかもしれない。
ザッ ザッ ザッ ザッ...
「...なにしてるの、先生」
「...」
「星を...見てた」
「...私も一緒に見ていい...?」
「...」
「うん、来なよ」
「...うん」
ゴロ...
「...これが生命の全盛期だったんだろうな」
「...?」
「ここでは何者も縛られず、自由に成長して、食って、寝て、ただ生きるために行動する」
「媒体から作り出された勝手な倫理観や互いの偏見の目はそもそも生まれない。美味そうだったらただ食らうだけの話だからだ」
「...じゃあ私達人間は失敗作ってこと?」
「いや...大成功だろうな。脳の進化に特化した猿が結果的に生き残っただけの話」
「そうなると人間ってのは"単純な野生としての自由を自ら捨てた"とも言える。その後の生きやすさを考えると人間は...」
「賢いが、愚かだ」
「...」
「難しいこと言うね」
「ただの研究者の戯言。忘れてくれ」
「...」
「うちは人が少し好きじゃない。苦手なんだ、あのお互いをさぐり合う感覚が」
「探りあった上、段々とそいつの性格の悪さが露呈してって、結果曖昧な関係で後になって思うんだ」
「"楽しくなかった"って」
「...」
「でも先生は、違う。裏表がなくて、いつも他人のことを考えててさ。怒ったり黒い部分も見える時もあるけど、何かそれは全部間違ってることに対しての不満なんだよね」
「そういうとこ、好きだよ...ほんとに」
「__________」
ネモは恥ずかしがって私とは反対の方を向く。
その時私は、気づいたらコートの中のショットガンをネモに向けていた。
そんな彼女に、今一度問う。
「...」
「ネモはさ...私のことよく知らないんだ」
「本当はもっとひどいやつで、誰かを知らないうちに傷つけている。そんなロクでもない人間」
「それでも私のこと...好きか?」
「...うん...好きだよ」
「こんなに胸が締め付けられる人は...初めて」
「...」
「そうか」
気づいたら唇から血が流れていた。
それは自分の歯で噛んでいたと気づいたのは顎から血が滴っていた時だった。
「...」
「(...なっさけな)」
私は静かにそのソードオフショットガンを懐にしまい込んだ。