研究記録14 : vermin
__________局長室にて
「それで、これは?」
局長室に入ってきたサイルートがザラの目の前に置いたのは陶器の植木鉢。
そしてそこに咲いているのは見たこともない独特な匂いのする黄色い花だった。
「第四階層の証拠品だね。一見ただの植物が植えられた鉢だが、もはや古代ローマ時代までに絶滅したシルフィウムって植物さ」
「意外と第四は面白かったよ。異形も何もいない植物園。他にもこんな絶滅種が多く植生されていた」
「これなら、十分政府の戦争の資金にもなるんじゃないかな」
「...」
「君が一人でクリアしたのか?」
「まぁね。仲間はみんな殺されちゃったし」
「...」
「で、君はネモに責任をとらせるよう第三階層でオーレリア君に釘を刺した」
「彼女を殺すのか?」
「うん、殺すよ?」
「...」
「約束は約束。あっちも私を殺すつもりで来る」
「それに誠心誠意応えてやらないとこちらとしても失礼。ま、やるだけ無駄だけどね」
「▅▅▅だって私の方が強いから。とーぜん▅▅▅」
「...」
「随分と自信があるんだな」
「初めて会った時、ネモとぶつかるのを避けていただろ。同格だからと」
「なぁ、君にもアメリカからの指示された仕事があるはずだ。味方同士で殺し合ってる暇は無いだろ」
「考え直せ。最悪君も無事では済まない」
「...」
「いやいや、やめるわけないっしょ」
「...」
そう言ってサイルートは笑った。
目を閉じ、口を開けて。
「これはある一種の、遺伝子みたいなもん」
「軍隊っていう糞溜めから片割れて、怨念みたいなもんが日々私達の体内を這い廻っていく」
「だが確かにそこから活力が生み出されてることを理解した日から私達はその怨念を頼りに互いを高め合い、助け合い、上層部から指示された"敵"ってやつらを殺して回った」
「そんな家族がある日身内同士で殺し合わされた。もちろん上層部の指示さ。でも憎しみは持ってない」
「なんでかって、それは殺ししか知らないからさ。私らはそれで満足してたし、楽しんだよ。結構」
「じゃーその中で生き残った家族2人を殺されたってなったらまたそいつら殺すしかないでしょ。だって殺ししか知らないんだもん」
「...イカれてる」
「どうも。あんたもどっちかに付くなら早くしといた方がいいよ」
「私は責任を取らせるなら手段は選ばない。あんたが居なくても仕事は私が引き継いでも問題ないことを覚えておくことだね」
「...」
「君は身内じゃなかったら助け合わないんだ」
「...っ」
「その言葉はあのネモ船長にも言えることだろ...腑に落ちねぇんだよ」
「...」
「ほいじゃまた、ザラ局長」
「また逢う日まで」
ギィ バタンッ
「...」
「イカれてるなぁ...」
______________________
「...ま、第四階層はこんな感じでサイルートがクリアした。つまり今回は第五階層。それの突破を目標に全員で頑張りましょう」
「って言いたいけど。2人とも、殺し合わないように」
「何言ってんのだから。あんたも研究者も、ここにいる全員が私の射程内なんだって」
「もうデスゲームは始まってんだって。いい加減気付けよ、クソ英国淑女の皆さん」
「あぁ、なんか社会主義の赤共もいるんだっけ。悪ぃ」
沈黙。
その場の全員が黙り込むから、サイルートは口角を上げて周りを見渡した。
「おー...なるほどね」
「じゃ全員ぶっ殺すって認識でいいかな」
「それより、第四階層の絶滅種について教えてくれ」
「んー...」
「...なに?」
「ここは研究所。言うなら、探求の場」
「いくら暴力じみた調査方法とはいえ、殺しや憎しみは持ち込むべきではない」
「...へぇ...」
「わかるか?私らは助け合うべきだったんだ。こんな憎みあって、本来の目的を見失ったら本末転倒なんだよ」
「まぁ...なんか私が悪いみたいになってるとこ悪いんだけどさぁ。私は与えられた仕事を全うしてて、その最中に仲間殺されたんだよね」
「そしたら君は黙ってられるのか?周りの人は誰も助けてくれないし、自分でなんとかしなくちゃならない」
「その点、暴力ってのはわかりやすい。一発で勝敗がつくし、互いの憎しみにも片がつく」
「....もう御託はいいだろ。さっさと始めようぜ」
「...」
「それが君の答えなら...好きにしろ」
「私らは見届けさせてもらう」
ザッ ザッ ザッ ザッ...
「いいの?君たち巻き込まれても知らないよ?」
「言ったでしょ。"責任を取らせるなら手段は選ばないって"」
「だから、早くやれって言ってんだろ。腰抜け」
「うんざりだ。テメェがネモの過去を知ってなお侮辱して煽ったこと忘れてねぇからな」
「お仲間が殺されたって、いつまでも被害者ヅラしてんじゃねーよ。タコ」
「________!」
ダッ
「じゃ君からぶっ殺してやるよッッ!!!!」
サイルートが急旋回し、私の方へ向かって音速で突進する。
流石に比喩かもしれないが、旋回した時のWHIT'Sブーツのゴムソールが摩擦で焼き切れる音が聞こえたら、誰だってそう思うだろう。
しかしその一歩手前、私の首元を狙った手が今にも触れそうな瞬間、小さな影がまた音速で私の前を横切った。
アリサだ。
彼女がサイルートの突進をその小さな体全体で受け止めた。
どこからその力が湧いてるのか分からないが、なにかひどく鈍い音とサイルートが運んできた冷たい最大風速が私を包んだのを覚えている。
「へぇ...そいつ庇うんだ。以外だな」
「イギリスの不味い食いもんでも餌付けされたの?」
ギリギリ...
「...別にあんたの相手するのはいいけど」
「弱いやつ付け狙ってんじゃないわよッッ!!」
ぶんっ
直後彼女はサイルートを勢いよく元いた位置までぶん投げる。
本当にどこから力が湧いているのか分からなかったが、これが実力者同士というものなのだろう。
「別にあんたの相手してもいいけど...人間違えてんじゃない?」
「ほら、ネモが待ってるわよ」
「...」
「(オーレリアを盾にネモを潰す算段が崩れた。別に2人同時に来ても構わないが、ちょっと時間がかかりすぎるぞ)」
「(もってして30分か40分。オーレリアやザラを盾に使えばネモは赤子に等しい。そうするとネモは10分未満 アリサ20分弱 ポリーナ5分未満の雑魚ってとこか)」
「(じゃ、ここはひとつ_______)」
ガシッ
「このチビにするか」
「__________ザラッ!」
「ぐ...ごぇ...」
いつの間に彼女の元へ移動したのか。
首を片腕で持ち上げられアリのようにバタバタと暴れている。
みるみるうちに両目が充血していき、そのか弱い彼女の喘ぎ声が激しくなっていき、やがて静かになっていく。
「自分だけ安全なとこにいれると思うなよ。"局長"」
ぶんっ
私が割って入る隙もなく、サイルートはザラをネモに向けてぶん投げた。
ネモは眉を歪ませ自分に向け投げられたザラを受止める。
ドシッ
「ラァ、ネモせんちょーーッッッ!!!!」
ブグォッッ
「________」
顎に勢いよく入ったサイルートの蹴り。
彼女は大きく仰け反って、吹き飛ばされた。
ドグォオオオオッッッ
「うわ...かってぇ...」
サイルートは高く振り上げた足から顔を覗かせる。
そいつは無表情で私らの友人を傷物にし、むしろ誇らしげにそれを笑っていた。
「...っ」
...落ち着け。
この場で事を急げば全てが終わる。
研究所も、ラビットホールも、今まで死ぬ気で収集した資料も、まだ無事な仲間も、
全てが、崩壊する。
「...」
「なぁ...ポリーナ」
「はい?」
「お前、強いだろ」
「急ですね」
「私にあの中へ割っては入れと?正直、ネモさんはまだ戦えると思いますが」
「...いや...ネモは最後まで戦わせる。元はと言えばあいつのせいと言えば、それは本当のことだ」
「でも...でも彼女は」
「あれじゃ...ザラが可哀想だよ」
「...ッッッ」
「(_______あぁ...またその表情ですか...ほんと、都合よくできる表情です)」
「(真っ黒な目。それが水面のように揺れ動いているのがある一種の美術品のように私の心を溶かしていく。それを目の当たりにしてしまったら最後、私は足腰立たなくなって子鹿のように身を震わせてしまう)」
カツ カツ カツ カツ ...
「正直、局長のことはよく知りませんが...」
「あなたがそこまで言うのなら、きっと悪い子では無いのでしょう」
ダシュッ
「________ッ」
バシュッ パンパパンッ
ネモらが吹き飛ばされた先に走ったポリーナを、サイルートは素早く持ち前の1911で銃撃。
しかし彼女は所々足を緩めたり、急加速したりしてその全弾を避ける。
ただサイルートの射撃が幾分下手ということでは無い。
ポリーナがその能力値を上回っているのだ。
「(やはり...この中で一番強いのはポリーナ。君だ)」
「(サイルートは見落としていた。最初にこの研究所に来た時、アリサを脅威と見なさなかった時点で)」
「...」
ぐぐっ
「...さぁ、ザラさん。行きましょう」
「...ゔ...あ"...」
「(...やはり脊髄の損傷、肋も数本いってますね...すぐ治療をしなければ、この子は...)」
ジャキッ
「...君...何者?」
「...」
「少なくとも、あなたよりは"強いヤツ"とだけ言っときます」
「後はご自分でどうぞ。私の指示は、この子を助けることだけなので」
「...」
「とっとと失せろ」
サイルートは銃口を横に振り、ポリーナにさっさと消えるように促した。
カツ カツ カツ カツ...
「このまま局長を病院に運びます。幸い、医者に見せれば問題ないでしょう」
「...」
「ありがとう、ポリーナ」
「...」
「それより、ネモさんが動き始めましたよ」
「...」
______________________
ガラガラ...
「ゔ...うぅ...」
「あー...顎外れたかと思った...」
「...目覚ましちゃったか。本当のところ、あの蹴りは常人なら首が吹っ飛んでんだけど」
「大してダメージ食らってなさそうだね」
「...いや...結構効いた。特に歯と口が切れて喋るのも億劫だ」
「...ま、とかく邪魔者は消えた。これで好きにやれるってこと」
ググ...
「さぁ...さっさと終わらそうぜ」
ネモは立ち上がり、両手に力拳をクロスさせた状態。
それをサイルートの前に突き出す。
膝は少し曲げ、最も力の入りやすい位置に固定。
「...それ、知ってるな」
「フェアバーン・システム。イギリス軍人のフェアバーンが考案した近接格闘術」
「まぁただ、私のやつとはだいぶ違うけどな」
グ...
サイルートは両拳を頭上に上げた状態。
腕で顔が隠れている。
「さ、やっとこさ望んでた私との一対一...」
ギュギュ...ゥ...ッ
「始めようかッッ!!!」
ダジュッ
タイヤの焼き切れる音。
否、それはやはりブーツのゴム底が物凄い圧力によって引き裂かれる音である。
顎に向けた蹴り。
ネモはそれを察知し両腕で受け止める。
「(...重たっ)」
ぐぐ...
ガシッ
「...ッッッ」
バッヂィ_______ッ
その受止めた足を後ろの壁に叩きつける。
嫌な音だった。
聞いていたこちら側も全身が痺れるような感覚。
サイルートの目は瞳孔が開き、ぐるぐるとトンボが目を回すような具合だった。
叩きつけられたサイルートはそのまま床にずり落ちる。
「...ッッ!」
...が、すぐに目を覚ましたかのように瞬時に立ち上がって再び構える。
一定の距離をとって。
「おい...もうやめとけ」
「誰から見ても目見えてねぇだろ。今一撃食らったら、お前は死ぬ」
「...」
立ち上がったはいいが目は未だ瞳孔が開いて左右上下に蠢いている。
「安心しろ、気配でどうにかなる」
「...」
「...邪魔だな」
ブジュウッッ
「「...ッッッ!!!」」
それは布石か威嚇か。
ネモの前でそいつは右手の親指と左手の親指で両目を押し込んで、潰した。
ゆっくりと。
ズルォ...
「お前...イカれてんのか?」
かつて両目があった箇所には大量の真っ赤な血液と透明なジェル状の何かが混じって、頬を伝って地面に滴り落ちる。
その時私は遠くにいたが、血生臭い、胃の内包物を全て地面に吐き戻してしまうかのような臭いだった。
微かにその臭いを感じただけなのに、この体の拒絶反応はなんなのだろうか。
「...一度、この目を潰してみたかった」
「この視界が...余計な感情や情報を脳に運んできて、私を毎晩苦しませる」
「...何言ってるんだ...?」
「一度目を潰したら、二度と日の目を見ることはできないんだぞ...?」
「...あー説教くせぇ...そういうのって、今を生きれてる人間が感じるべき幸せだろ」
「私には何も感じないんだよ。何も」
「...」
「...」
「じゃ、終わらせよう。全てを」
ガギ______ュ____ッ
「(さっきより速い...ッッ)」
バギオッ
「...ッッ」
ミシ...ギ...ッッ
飛んでからのかかと落とし。
再びネモはそれを受けるが、彼女は自身の腕が悲鳴をあげるのを直で聞いた。
サイルートの鼻目掛けての膝蹴り。
鼻血と共に、それが奥に陥没するのを見て、私は顔を横に逸らした。
「...まだ勝負はついてないわ」
「目を逸らさないで。ちゃんと見届けるのよ」
「...ッ」
次に顔面への左フック。
おおきく振りかぶって。
ゴヂャッ
潰れたはずの右目に当たり、嫌な音を立てて再び壁にぶつけられる。
眼窩骨折。
ネモの拳がサイルートの顔面にめり込み、その周囲の皮膚から細かい骨が裂けて飛び出たのを見てやはり私は目を背けた。
ぐいッ
「▅▅▅ちゃんと見ろって言ってんの▅▅▅」
「...っ」
アリサに羽交い締めされ、地面に落とされる。
顔をなにか強力な握力で、その事件現場に差し向けられる。
「あんた、ネモに責任とらせるって言ってこんなことになってるのよね」
「私らに責任取らせるって言うのはね。"こういうこと"なのよ...っ!」
ネモはまた再び立ち上がるサイルートの鳩尾に蹴りを入れる。
「...ゔ...ふ...っ」
「あんたは私らと慣れあえるつもりでいるだろうがね、本性はこれよ」
「死ぬまで殺し合って、それまでの過程なんて関係なしの動物なの」
「普通の人とは...違うのよ」
「...ッ」
頭皮から血液が冷えて落ちていく感覚がする。
アリサからそう言われて、少し怖くて涙がでた。
______________________
「...ふ...はぁ...っ」
事が済み、サイルートは崩れかけの壁にもたれかかっていた。
ネモは着ていたコートを彼女の頭に放り投げる。
あまりに見る影もなかったので。
...ぱさッ
「...」
「もう、立つな」
「...」
「ゔっ、がきゃきゃきゃ...ッ」
「...」
「これだよ...これ」
「こんなんなっても、まだ死ねねぇよなぁ...」
「...」
サイルートは布をかぶせられ、ただ淡々と言葉を発していく。
「...所詮は...八つ当たりの人生だった。この腹に渦巻いている、憎しみがいずれ外に飛出て...誰かにその怨念を撒き散らして日々を糧にする」
「...そういうのを...なんて言うか知ってるか?」
「vermin(害獣)だとさ...それを言われた時、これ以上似合う言葉はないと納得してしまった」
「そりゃそうだ。周りの人間からすれば、私らはフレディの運び屋でもなんでもない」
「ただの...害獣なんだから」
「...」
カチッ
サイルートはよろめく右手で1911を手に取り、自らの下顎に銃口を当てる。
「もう...戦争は終わった。私たちは必要ない」
カチチ...
「じゃ、地獄で」
__________バシュッ
「...」
「クソアメリカ人が」
私が最後に目に写った光景は、布をかけられた血まみれの死体に唾を吐き捨てるネモの姿だった。