研究記録12 : opponents(相対する者)
ファ________ァ_________
「...ッ!!」
「なんだ...今の...」
またあの銃声の続く空間に意識が戻る。
目の前には全員の目を覚ます様子が写った。
「(あれは確かに私の記憶...研究者を志した時の、記憶)」
「...ネモ?」
皆が目を覚ます中、1人だけ。
1人だけ狂ったように顔を下に向け虚空を凝視するネモの姿。
汗がダラダラ流れているとかそんなのではなく、ただでさえ白い顔が更に青白くなって、普通では無い。
「お前ら...誰かうちの記憶を覗いたか?」
「「「...」」」
「...そうか...じゃあ...」
「...先へ行くぞ」
ザッ ザッ ザッ ザッ
______________________
「...」
またさっきの陣形で先へと進む。
ネモは相変わらず酷い顔で先へ進んでいってる。
「...」
それよりさっきの記憶...あれは、なんなんだろうか。
もしかしてあれが第三階層の敵の攻撃なのか?
「(私は地雷を踏んだ...それは間違いない)」
「(だがどこも怪我をしていない。私以外の爆風に巻き込まれたみんなもだ)」
「(それとさっきの過去の記憶。あれは私が研究者を志した時の記憶)」
「(私は熱心なカトリックでもなければ、神を信じる信者でもない)」
「(だがあの過去の研究者が言った神の御業...これが試練だと言うなら、ある意味筋は通ってるんだ)」
「(この最下層に辿りつけば...その全貌が分かるのか?)」
ザッ ザッ ザッ ザッ...
「...止まれ」
そう言ったのはネモだった。
彼女が足を止めると拳銃を取り出し、それを見た私以外もその方向に銃を構える。
目の前にいたのは、木の台車に乗せられた何か白い物。
白い包帯だった。
所々赤いシミのような物も見え、数秒思考が停止した後、それは人だと私は理解した。
ジャキッ
「私にあれを見せたのは、お前か?」
「...」
「...そうだ。ネモ・グレイス・ブラウン。いや本名は________」
「ダカール。そうだったな」
バギャンッ
「次その名で呼んだら、その芋虫ヅラ吹き飛ばすぞ」
「...好きにしろ。それで第4階層への扉は開かれる」
「...お前らは一体...なんなんだ?」
「目的はなんだ?なぜ私にあんな記憶を思い出させた?」
「頼む、答えてくれよ。クソ野郎」
「...」
「どうしてかと聞かれても、結局それがこの階層の特徴だとしか言えない。私らも記憶の中に生きている」
「この穴は言わば誰かの記憶。それぞれの歩んできた人生の最も強烈な記憶だ」
「それが視覚、聴覚ともに反映され階層が構成される。だから、この穴は誰かの記憶の中なのだ」
「...なんだそれ。全然答えになってねぇじゃん」
ザッ ザッ ザッ ザッ...
「ネモ。あまり近づくと危険だ」
「...黙ってろ」
「...ネモ。何者でもない者。お前は英国への復讐のために生きている人間」
「そして相棒のオーレリア。お前は英国への愛国心からこの穴に潜り込んだ人間」
「お前らは相対する者達。結局はそういうことだろう」
「______だからッ」
バギッ
「_____さっきから_____何言ってんのか_____」
ガギっ ボギャッ
「答えになってねぇって_______言ってんだろ________」
ゴギャッ
「...」
「求められた解答をしろっつってんの」
「...」
「...殺すぞ?」
「...」
「...もう私は死んだ人間だ」
「殺せ」
「...」
「りょーかい」
バギュンッ
「...」
「...ネモ。お前...」
ネモはその包帯男を拳銃で撃った。
頭の横から栓の抜けたワインのように勢いよく血液が流出したのを見ると、その男は本物の人間だったようだ。
「...はぁ...はぁ...」
「今度は本物の人かよ...くっ...くく...」
「...ッッ!!!」
グガッ!
「クソッ、クソッ、クソッ、クソッ、クソッ、クソがックソッッ!!!」
「舐めやがってクソがよッッ!!!」
ネモが両手で台車をひっくり返し、その男を人形のようにぶん投げた。
「...」
私はその光景を見つめることしか出来ない。
「はぁ...ふ...ぁ...っ」
「なーもういいだろネモ船長」
「さっさと第4階層行くか帰るかしようってー」
サイルートがネモに皮肉を言うように質問する。
その言葉に対してネモは虎が獲物を見るような目を向けた後、どんどんこちら側へ歩みを進めていった。
「...」
「クソやめろ2人ともッ!!」
「オーレリア、ネモを押さえろッッ!」
アリサの言葉が出る前から私はネモの前に立ち塞がった。
「頼む...やめろ、ネモ」
「別にあたしはやってもいいよー。部下2人ぶっ殺されてるし」
「でもまさか、この英国軍人が国に復讐を誓うテロリストだったなんて、誰が想像できただろうなー?」
「なぁ、どうなのーネモせんちょー。船長船ちょー教えてくれよー」
ブチッ
「殺す...ッッ!!」
ガッ
「ぶっ...!」
ネモの力の籠った突進。
それが私の鼻先に当たって、気を失いかけた。
衝突したのはネモの額。
その拍子でサングラスも取れかけたが、一瞬目の前が暗くなったが全身の血を巡らせ何とかふみとどまる。
「...ぐ...ぶ...ネモ...」
「...っ!」
「ごめん...そんなつもりじゃ...っ」
「...研究者...あんた...」
「...」
「お前はお前だよ」
「...っ」
「私の友達は...ネモは...どんな過去があろうが...」
「...友達なんだ」
「は?友達?」
「それとこいつの正体に何が関係あるってんだよ。え?」
「私の友達殺したことに何が関係あるってんだよオーレリアあッッ!!!!」
「...何も関係ない。無責任なことを言ってるのも重々承知だ」
「いずれ落とし前は付けさせる...だから、もう少し待ってくれ」
「必ず落とし前を付けさせる。絶対だ」
「...」
「君って...頭いかれてるの?」
「なんでそんな奴庇うの?君にまで嘘まで吐いてた奴だよ?」
「それでも許すの?」
「...」
「許さない。だからこの場で庇う」
「私から逃げたら...許さない」
「...」
「...話通じねぇなぁ、どいつもこいつも...」
「...」
「まぁいいよ。逃げないで先延ばしにするならそれでいい」
「ただし逃げたらその時は...この研究者を殺す」
「...ッ!」
ネモは体をビクッと震わせ額に汗を流した。
ザッ ザッ ザッ ザッ...
「念の為にもう一度言っとくけど、ネモ」
「▅▅▅▅逃げんなよ?▅▅▅▅」
そう言ってサイルートは目の前に出現した出口に向かって歩いていった。
「...」
「先生...う、うちは...」
「...」
「悪い...後は...頼...む」
ググッ...
目が______霞んでいく_______
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「う...ぬ...っ」
「...起きた」
「気分はどう?」
「...」
奇妙だ。
少し心地がいい。
嵐が過ぎ去った後のつかの間の休息のような、そんな感じ。
「...」
「ここは...」
「私たちの部屋ですよ」
「あなたが倒れた後、私らがこの部屋に運び込んだんです」
「...」
「ネモは...」
「動かない方がいい。思いのほか彼女の頭突きは強力で脳震盪を起こしています」
「脳震盪って...」
「はぁ...」
「なかなかまずいことになりましたね。今後はどうするつもりで?」
「...はぁ...」
「...ねぇ、ひとつ聞かせて」
「ほんとに...一体なんのつもりでネモって女を庇うの。あんたまで殺されたら本末転倒でしょ」
「...」
「だからそれはさっき言った通りだって...」
「あいつは、あんたの国の植民地から来た怨みを孕んだテロリストなのよ!要するに色々と危険な人間なの!」
「わかってんの!?」
「づ...そんな叫ぶなよ...頭に響くだろこの金髪脳筋お嬢さんは...」
「は!?誰が脳筋よ!」
「言い得て妙ですね。オーレリアさん、一本です」
そうだろ、というように無表情で両手を開いてみせる。
「ポリーナうっさい!」
「もうホントあんたって、意味わかんない!研究者のくせに体張るし、ずっと黙っていたかと思えば揉め事を仲裁するし!」
「もう全部意味わかんないの!あんたという人間が理解できないッ!」
「理解しようとはしてるんだ」
「...ッ!」
「なんだ、案外優しいじゃん」
「そうです。アリサは優しいのです」
「へぇ。だってさ」
「アリサ」
「なんで私に振るのよ!」
その後、アリサはベッドに横たわる私に色々小姑のようにワーワー文句を垂れた。
そんな様子がつい可愛くて頭を撫でると指を噛まれた。
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コンコンっ
そのノックの高音で私は目を覚ました。
もう少し寝たくて、アリサ達は気を遣って出ていったのを思い出した。
「...」
「ネモ?」
「...」
その声を聞いて、ザラは静止した。
「...ごめんなさい...ネモじゃなくて」
「...あれ。その声、ザラ?」
「よく聞こえない。近くで言ってくれ」
「...」
ガチャッ
「やぁ。体調どう」
「うん。大丈夫そう」
「そう...そっか」
「...」
ザラが私のベッドの上に腰掛ける。
異様な空気が流れている。
どこか宙を眺めていたものだから、私は気になって彼女に声をかけた。
「それで...どうかしたの。ザラ」
「え?いや、体調...」
「体調はさっき聞いただろ...?」
「あ、ま、まぁ確かにね...!」
「改めて再確認、のような?」
「...」
「まぁいい。それより聞いてくれザラ」
「な、なに?」
「ラビットホールの最深部...それがどこかわかったような気がする」
「...」
「ほんとに?」
「...あぁ。今は調査チームがこんなだから、一番信頼できる君にだけ言う」
「多分...」
「________第7階層、そこが終着点だ_______」