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研究記録11 : A






水色の空の下に、蝶が目の前を飛んでいった。


白い斑点のある蝶だ。




「シロツバメチョウだよ」




話しかけられた。


それは背の高いお姉さんで、髪が長い。


私に微笑みかけた彼女を見て、私は読んでいた本を閉じた。





「それ、何読んでるの?」





「...」


「一般相対性理論。アインシュタインの」





10歳の私は(つたな)い言葉遣いでそう答えた。


というのも、このマンチェスターの田舎にこんな目鼻の整った綺麗な人はそうそう来ない。


ついで甘く、それでいて引き締まったスパイスの匂いがするから、少し頬が熱くなった。




「それよりここはどこかなー。マンチェスターってのは分かるんだけど」





そのお姉さんは立ち上がって辺りを見渡す。


彼女は黒く薄いワンピースを着ていたから、立ち上がると体のラインが余計誇張されてまた顔を逸らした。





「ここはホープバレー」


「ねぇお姉さん。お姉さんはなんでこんなとこに来たの?」




「ま、調査ってとこ。私研究者やってるんだ」





「研究...って、そんな※フラッパーみたいな格好してるのに?」




※フラッパー・・・1920年代のヨーロッパ、アメリカで流行した女性のファッション。または服装。現代日本で言うところの"チャラい"のような意味。





「いやいや、ちゃんと大学院卒業してます。私1921卒ですー」





「1921卒ってなに...」


「それで、何しに来たの。昆虫?」





「そんなものじゃないよ。さ、来て」


「君も好きなんだろ、研究が」





「...」


「うん」




______________________





ザッ ザッ ザッ ザッ




明るい光がさす緑の森の中を歩く。


彼女の背中を追ううちに、その自然と調和した彼女の姿が一枚の絵画のように重なり合っているのに気づいた。


涼しい風が体全体を(おお)う。





「...」


「ねぇ、まだ歩くの?」




「もうすぐさ。もーすぐ、もーすぐ」




「(もうすぐっていつ...)」




「お、ついたぁっ」





そこは沼地だった。


ドス黒い泥のようなものに短い草が生えたような沼地。


特に目の前のそれは底なし沼で、父から近づいてはいけないと言われている場所。




しかし、あるひとつの(いびつ)で巨大な物体を除いて。





「...」


「え?」





「これこれ。沼地に現れた謎の透明物体X」


「ロンドンから必死に歩いた甲斐あったわぁ」





「お姉さん...これ...」


「なに?」





「なんだろうね。今朝マンチェスターの友人から連絡があって、これ目当てで駆けつけてきたのさ」


「まぁ私が推察するにこれは...うん、硝子(がらす)かな」





「じゃあ誰かがそこに置いてった...でも、それもおかしい」


「なんで...いや...」


「...なんで?」





そんな悩む様を見て彼女は笑った。


本気で悩む私が面白かったらしい。





「天然の硝子結晶体さ。世界全体で見てもこのサイズの個体は珍しい」


「しかもこの過程が"いい"」






「過程...?」






「そもそもこの地下にはソーダ灰と珪砂(けいしゃ)が含まれている。それはこの山が形成される前、地下からマグマが吹き出して、ちょうど山が形成される時に灰が降ってきてたまたま近くの砂と混じってこの状況が作られた」


「何千年も前さ。そして、その噴火した高温のマグマによって溶け、その3つが混ざりあって出来たのがこの天然硝子の仕組みってわけ」


「それにしてもデカすぎるから、珍しいんだけどね」






「そ、そんなことある?」






「全然あるよ。自然界なら珍しくない」


「しかし全世界で見たら珍しくないだけで、この国でのホープバレーでは未確認な出来事だろうね。だからここらの地域住民は、不気味がって皆近寄らなかった」






「悪魔の所業...」






「いや冗談じゃない。これは神の御業(みわざ)だよ」






「神...」






「これは科学っていう名の神が与えられた試練さ。難解だが、その試練を乗り越えた先に知恵という林檎が与えられる」


「それじゃあこの試練を解き続けた先に、一体何が私たちを待ち受けているんだろうね」






「...」


「いっそ神になっちゃう...とか」






そう言うと、彼女は"ありふれた考えだなぁ"と言った具合でこちらに妖艶な笑顔を差し向ける。


それに自分は少しムッとした。


じゃあなにか。


世界の真実でもわかるって言うのか。






「世界の真実を理解できる。なんて、自分自身の努力の賜物でしかない。それでは地球というちっぽけな枠内にしかとどまらないんだよ」


「答えは"森羅万象"。この世にある宇宙の全ての事柄。それが試練を全てクリアした者への報酬」


「そう考えたら、人間100年生きても絶対クリアできないね」






そう言って彼女はまた笑った。


私はその言葉が今でも妙に脳裏に焼き付いていて、時々思い出す。


じゃあこのいくつもの階層に別れて存在する穴は、ネモの言った通り神の試練の類なのだろうか。


いや、それは普通の日常でも与えられる試練に過ぎない。


なら、この穴は正体は_____________






ブ________ファ__________







やがてその記憶に亀裂が入り、白い光が私を包み込んで、何も見えなくなった。





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