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研究記録9 : dead (死んでる)





ラビットホールの手前。


アメリカ組とソ連組は横一列に並んで、ザラからラビットホール内での立ち振る舞いの説明を受けていた。


彼女らは食料や懐中電灯などの荷物をリュックに入れ背負っていたが、私は以前と変わって手ぶらになって少し身軽になったのを感じる。


しかしあの重いリュックを背負っても(けわ)しい表情ひとつせずにザラの話を聞いているのを見ると、やはりこいつらは軍人だと私は実感した。






「まずは第一階層。そこでは絶対に異形にビビらないこと」


「オーレリア君の研究記録にそう書かれている。まぁ最も、余計なことさえしなければ死ぬことはないだろう」


「前説明はこんなものだけど、何か質問は?」






「はいはーい。その異形って殺しちゃってもいいんですか?」






「だから、さっき余計なことするなって言われたでしょ。なんで私がこのキチガイと一緒なわけ?」






アリサが文句を垂れる。






「第二階層までは両者とも護衛に務めてもらう。その後は交代交代で次の階層に進む手順だ」


「第二階層は危険が確定してるから、変に少人数で行って全滅したらそれこそ全て水の泡ということ」







「はぁ...こんな歩兵みたいな真似...」


「まぁいいわ。要は実力を見せればいいんでしょ?」






「オーレリア君の護衛が優先事項だ。それだけは守ってもらう」






「はいはいわかりました。じゃ行くわよ研究者」






カツ カツ カツ カツ...






「...」


「ネモ?行かないのか?」






全員がラビットホールに向かう中、ネモは仁王立ちで立ち尽くしている。






「先生はどう思う」






「...?」


「第二階層の化け物か?」






「あぁ。うちの正直なところは」


「死んでるよ、もう。マジで」






「...?」


「なぜそう思う?」






「先生は覚えてるか分からないが、あの抉った空き缶を奴に刺した時と同時に先生は右腕を失った」


「その時に右腕と同時に空き缶も爆発して、その破片が異形の内側を掻き回したんだ。まるで破片手榴弾のように」






「つまり...内部からの攻撃によって奴は既に死亡したと」


「だが何度も復活する可能性も...」






「ない、絶対に」






「...」






カツ カツ カツ カツ...






「あるはずないんだよ...現実に」


「そんなことは」






そう言って彼女は軍人たちについていった。






______________________






ザザァ...ザザァ...






「す、すごいわ...ほんとに砂浜が広がってる...」






砂は本物、海も本物。ただその海はどこまで広がっているかはわからない。


それがここ第一階層なのだ。






「じゃあ、うちはそこらを散歩してくる」






「ねぇ、一つ質問してもいいかな」






「...なんだ、キチガイ隊長」






「ひどいなぁ。サイルートって呼んでくれよ」


「まぁそれはともかく...なぁ」


「_______アランを、殺してみないか?」






「...」


「...は?」






「ここの異形、アランって呼んでるんだってね」


「身勝手ながら昨日研究記録を拝借させてもらったよ。すごいなぁ、何もせず普通の態度でいれば生き残れるって。よく見つけたよ」


「でもそのアランを殺してみたら?それで無駄に第二階層の異形が生きてるか死んでるか悩むくらいなら試してみた方が合理的だと思うんだけど」






「...」


「お前の言い分は理解した。だが、それを実行した先にどんな結末が待ち受けているのかは一切不明だ」


「結論、許容できない。絶対にアランに銃を向けるな」






ザッ ザッ ザッ ザッ...






「...ふーん...」


「それで、君はどう思う?」


「研究者君」






「私も...賛同しかねる」


「同様危険すぎる。特にこの大人数の中、大津波でも来たらそれこそ本末転倒だから」






「大津波ねぇ...」


「まぁ、夜まで待ってみるか」






そう言って、サイルートは砂浜に横たわる流木を枕にして寝始めた。


その取り巻きのアメリカ組も焚き火の用意を始め乾いた流木を探して集めている。


逆にソ連組はというと__________







「この太陽、本物なのかしら...」






「偽物でしょう。本来の太陽の動きより2倍ほど早い」






「へぇ...確かにちょっと早い気もするわね」






周辺の調査をしている。


正直大雑把に調査してくれるのには助かる。


今回は第一階層だからその必要は無いが、第二第三階層以降になると緊急時にどうすればいいのか分からなくなる。


そんな時に、これを活かして臨機応変に対応できる術は役に立つ。


今回は皆のそれぞれの役割を理解できたのが大きい。


それを実感して、私は足元に寄せては返す海水の一雫(ひとしずく)をプラスチック容器にすくい上げた。






______________________






まもなく夜が訪れる。


赤く燃える陽は落ち、海の向こう側に消えていった。


やがて冷えきった潮風が私たちの全身を包み込み異形の姿が海から出現する。






「...って、こいつら寝てるのか...この状況で」






アメリカ組とソビエト組は持参した寝袋に入り寝息を立てて熟睡している。


これじゃ異形が絡んでこようと関係ない。


さすがは先の大戦を生き延びた軍人といったところだろう。






ガサッ...ガサッ...






「...」






依然として目の前の流木に座るネモは無言で焚き火をガサガサと突っつき回している。






「なぁ。先生」


「先生は、悪魔って信じるか」






「...悪魔?」






「奴らはどこかしらにいつも現れてうちを混乱させ誘惑してくる。頭から追い出そうと必死に頭を振ってもほくそ笑んでうちを観察してくる」


(もっと)も、タチの悪いのは、うちの人間性を理解してそれをしてくるという邪悪さ」


「結局はその悪魔ってのも、うち自身が作り出した虚像(きょぞう)でしかないっていうのに」






「...」


「...ネモ?」






「それから生み出されるのは、いや、掘り返されるのは自身の最低な人間性とガムみたいにへばりついた憎悪が存在し続けるという事実だけだ」






ザッザッザッザ...






ネモの後ろに何者かが近づいてくる。


アランだ。


真っ黒い人型の目ん玉がついてるアレ。


火の赤い影が揺れているネモの顔を覗き込もうとする。






「...」






「なぁ先生。こいつらはうちらを憎んでるのかな」






「...憎む」






「勝手に土足で人の敷地に入り込まれて、拳銃ぶっぱなされて、勝手に傷つけられて」


「うちだったら引き金を引く。(まさ)に、逆の立場だったら同じことをしていたわけだ」


「だからこいつらは憎んでるはずなんだ。うちらのこと」






「...お前何を」






___________バギョアッ






刹那、アランの首が吹っ飛ぶ。


その銃声で私の頭は真っ白になった。






「「...ッ」」






銃声でアリサとポリーナも身体を震わせ起き上がる。






「なに、なんなの...ッ」






「敵ですか」






...無論、敵ではない。


しかしこれから何が起こるかもわからない。






「("なんでもあり"なこの空間なら...全員惨殺される可能性が高いぞ...っ)」






冷や汗が私の眉間をくぐり抜ける。


いや、この場の全員が黙り込む異様な空気。


いくら最強のソ連軍特殊部隊だって、フレディの運び屋だってこの状況は_________






「...ぐ」


「ぶっははははがきゃははははッッ!!!!」






「「「...ッ」」」






悪魔にも似た笑い声。


それは腕を枕にして寝ていたサイルートからだった。






「結局のところ、これで分かったろ」


「"本物"がどいつか」






「あんた...この状況で何を...ッ」






「わけも分からずただ困難な茨を歩き続ける。そんな二日酔いみたいな気持ち悪ぃ状況を打ち破る人間を私は切望していた。そんな危険を顧みずに」


「それこそ肝の据わった本物だ。この危ない冒険譚には必要な配役」


「それを私が覚醒させたんだ。もっと褒めてくれよ」






ざ...あぁ...






「(波が段々高くなってきている...まずいぞ...)」






ゴォオオオオオ...






「...クソ...呑まれる...ッ」


「ポリーナ、出口探してッ!」






「はいっ」






ポリーナとアリサは二手に別れ砂浜を奔走。


いや、手遅れだ。


数秒前に見た高波が既に一際大きな津波に変わっている。


私より数十倍大きなデタラメな津波。






ドクッ ドクッ ドクッ ドクッ






▅▅▅▅protect▅▅▅▅






____心拍数が______上がる______






▅▅▅▅protect everyone▅▅▅▅






「こっち来い研究者ッ!」






ガッ






______________________






バギッ






「何考えてんだテメェはッ!みんな死ぬとこだったぞ!」






投げ出された白い床の上。蛍光灯。薬品の匂い。


ここは間違いなく第二階層だ。


さっきアリサに服の首を引っ張られたせいか喉が苦しい。


そのアリサはというと激昂(げきこう)してサイルートの頬を一発殴っている。


おそらく全力、サイルートは口から血を吹き出した。






「ぶっ...おいおい()ったのはそっちのイギリス人だろ!」






「お前もお前だ...ネモ」


「何をトチ狂ってるんだ...?全員の危険を晒したんだぞッ」






「...」






(だんま)りかよ...マジで知らねぇぞ」


「...こんなチームじゃやってられない。単独で動かせてもらうわ」


「ポリーナ、行くわよ」






カツ カツ カツ カツ...






「...」


「恐らく、アランは死んでいる」






「...」


「研究者。あんたまで何トチ狂ってるわけ?」






「奴が死んだ後、確かに第二階層への扉は出現した」


「それがひとつの事象の終わり。つまりそれが」


「▅▅▅真実▅▅▅」






「...は?」






「要は奴らはリプレイされない。よくよく考えてみれば、異形は生きている」


「私らが第一階層で夜明かす時だけ来るのは一体なぜ?アランに動揺を見せなければ襲われないのは?」


「楽しんでいたんだ、奴は。敵も味方も分からない子供のように」






「だったら、何だってんだよッ!」






「わからないか。第二階層の異形はリプレイされない」


「確かめに行くぞ」






カツ カツ カツ カツ...






「おい、勝手に行動するなッ!」






カツ カツ カツ カツ...






「(異形が死んだ時に引き起こされる副作用。アランは津波だった)」


「(だが第二階層では副作用は確認できていない...あの時殺し損ねたか、もしくは________)」


「(...)」






カツ カツ カツ カツ...ッ






ガッ






あの扉を開ける。


私が奴から最初にマイクロ波攻撃を受けたあの場所だ。


私は確信と共に"それ"を見てこう発した。






「______dead(死んでいる)______」









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