プロローグ 氷の惑星
「はぁ…、はぁ...、」
地面に躓いて転けた僕に声をかける人は一人もいない。
氷の運搬作業において子供は足でまといだ。
ほとんどの人は僕を邪魔に思っている。
今回の場合もそうだ。
大人は僕を無視してズンズン先に進んでいく。
置いていかれないように慌てて氷の塊を引きずるが地力が違う。
全く追いつくことができない。
やがて大人たちの姿は見えなくなってしまった。
「置いていかれた回数も片手じゃかぞえられなくなってきたな...」
置いていかれたのは別に今回が初めてでは無い。
初めて置いていかれた時は死ぬかと思ったが意外と何とかなるものだ。
周りの大人は僕がここで野垂れ死ぬことを望んでいたようだが今日までしぶとく生き延びている。
最初は親がいない僕をあわれんでいたようだが徐々に面倒くさくなっていったらしい。
適当に置いていけば死ぬと思っていたのに僕が帰ってきた時にはさすがにビビっただろう。
ここから拠点まであまり距離はない。
休憩を挟みつついけば日が暮れるまでにギリたどり着けるだろう。
夜になるとさらに気温が下がる。
今の装備なら凍死することはないだろうが不安だ。
なるべく速く歩いた方がいいだろう。
思えば物心ついたときからこの仕事をしているような気がする。
ここにいるのは昔行われた帝国と共和国の戦争によって帝国側に囚われた捕虜の子孫だ。
捕虜という扱いはされているがどちらかというと奴隷に近い。
ただ、働けば住む場所と食べ物は与えられるし、何らかの功績や結果を残したものやその家族は自由になれるらしい。
まあそんな日が来るとは全く思えない。
ここ数年で自由になれるレベルの功績や結果を残した人は片手で数えられる程度。
それに付随して自由になった人数は十数人に留まる。
家族がいれば幾分か確率は高まるが僕には身寄りがない。
もし自由になれたとしても大分歳をとっているだろう。
そんなことを考えながら空を見るともう暗くなり始めている。
それを見て歩く速度を上げた。
その調子でしばらく歩き続け、なんとか暗くなる前に拠点にたどり着くことができた。
帰ってきた僕を迎えたのはまるでゴミでも見るかのような冷たい視線。
それらを無視して運んできた氷を納品し、自分の部屋に戻る。
この星の氷は中にガスが閉じ込められている。
使用用途は知らないが何か使い道があるんだろう。
僕の部屋はかなり狭い。
だが元々そうだったわけではない。
鉄くずや古くなったパイプなどのガラクタを集めていたせいだ。
今はもう収集していないがその総量は部屋の半分を占めている。
「こんなんで宇宙船ができると思ってた時期があったのか...」
今よりもっと小さい頃は宇宙船を作ってこの生活から抜け出すことを夢見ていた。
今考えればそんなことできるはずないが。
ガラクタを眺めているとかなり時間がたった。
なかなか眠れないので部屋から出ると帝国兵の人達が忙しそうに動き回っているのが見えた。
最近宇宙海賊の船がこの星に接近してきたからだろう。
でもそんなことはけっこう起こっている。
今までそんな忙しそうにしていなかったし何か他の理由があるはずだ。
まあ僕には関係ない。
部屋に戻って少しでも体を休めよう。
―――
朝、いつも通り目が覚める。
ここからまた憂鬱な一日が始まる、はずだった。
装備を整えて外に出た瞬間、戦闘機が炎と煙をあげながら落ちてくるのが見えた。
「うん.....?」
どういうことだ?
軍事演習で操縦ミスでもしたのか?
それともこれは...?
「戦争か...?」
昨日、帝国兵が忙しそうにしていたのはこれが原因か!
帝国の戦闘機と多分宇宙海賊らしき戦闘機が激しい空中戦を繰り広げている。
僕はどうしたらいい。
この場から避難したいけどどこに避難すればいいのか全く分からない。
周りに僕以外の人が居ないのを見るにおそらく他の人は避難しているんだろう。
「こんな時まで差別か。勘弁してくれよ」
こんなことをボヤいたって何も変わらないのは分かる。
でも愚痴の1つぐらい言いたくなるもんだ。
「どうしよう」、と頭を抱えている俺の目に帝国の戦闘艇が映る。
あれに乗れば助かるかも知れない!
そう思って戦闘艇に向かって走り出すが致命的なことに気づいてしまった。
僕には戦闘艇の操縦経験は一切ない。
じゃあどうするか。
選択肢は2つだ。
1つはこのまま逃げ回って運よく死ななかったとしても今まで通り氷を掘る生活に戻る。
もう1つは一か八かの可能性にかけてこの戦闘艇にのり今までの生活とサヨナラする。
悩んでいる間にも流れ弾なんかが降り注いでくる。
悩んでいる時間だけ死に向かって行っている。
よく考えろ。
生き残っても僕はあの生活には戻りたくない。
それなら今ここで自由の身になった方がいいんじゃないか。
そう思い戦闘艇に飛び乗りよく分からないボタンを押す。
『音声認証に切り替えます。目的地を教えてください』
あれ?
僕が思っていたと戦闘艇と違う。
「えーとじゃあとりあえず1番近い惑星に行ってください!」
空から落ちてくる流れ弾が機体を掠めたのを見て叫びながら行った。
音声を受け取ったAIが機体を動かし始める。
そしてすごい速さで離陸した。
その瞬間僕の体にはすごい重力がかかる。
音声認証までできるのに重力負荷はかかるのかよ!
視界が真っ暗になり意識を失いかけそうになる。
だがあっという間に機体は宇宙空間に出て先程までの重さは感じなくなった。
宇宙空間ではでっかい艦船同士がうちあっているほか戦闘艇同士の激しい撃ち合いをしている。
自動運転状態の僕の機体はその中にまっすぐ突っ込んでいく。
後ろを見ると宇宙海賊の戦闘艇が後ろからおいかけてきている。
その機体が放った弾は僕の機体をかすめた。
「やばいやばい!」
「死ぬ!」と思ったのだが宇宙海賊の機体は帝国の戦闘艇の攻撃によって爆散した。
「危ねぇ...」
しかし以前状況は変わっていない。
砲撃が飛び交うこの戦域は本当に危険だ。
「もうすぐ戦域をぬけるぞ...」
『ワープの準備が完了しました』
機内に音声が響いた。
もっと早くワープしてほしいと思ったのだが、戦争ではワープ妨害装置なんかも使われている。
今ワープの準備が出来たのはその有効範囲をぬけたからだろう。
『ワープします』
この日僕は今までの生活から抜け出すことが出来た。