2節目 匆々たる日々
俺の住む世界が、異世界とつながってしまってから早2週間が経とうとしていた。
どうやらつながったのは日本だけではなく地球丸ごとがつながったようで、連日関連ニュースが報道されている。
中でも某大国はドラゴンを撃墜したらしく、誇らしげに大々的な報道を行っていた。
ただ、つながったと偏に言っても、何か入り口のようなものが出来たのではなく、
太平洋のど真ん中に突如として大陸が現れた形らしい。
しかも、ハワイ島とかその周辺の島を飲み込む形ではなく、押しやるようにして現れたとのこと。
おかげで今ハワイは日本から船で30分ぐらいのところにあるらしい。
もっとも、「らしい」というのは俺自身、あの日以来外に出ておらずニュースでしか情報を得られていないからだ。
なんでも混乱を防ぐためとかで、ネットは遮断。
安全の為、緊急事態宣言が出され、外出もほぼままならない。
幸い、備蓄があったのと、物流は止まっていないようなので、定期的に近所に移動型のスーパーが来ているおかげもあって飢えることはなかった。
「ひまだ・・・・」
退屈の極みを譲受しながらぼんやりとテレビを見つめる。
そんなテレビは、バラエティー番組はおろか天気予報ですらまれになり、ただアナウンサーを見つめる機械になり下がっている。
携帯がつながらないので家族との連絡も取れてい居ないが、ニュースの報道では死者などは出ていないらしい。
「ドラゴンって草食なのかなー、でも見た目が完全に空飛ぶワニだろあれ」
あんな大きな爬虫類もどきが本気を出せば人なんておやつにすらならんだろう、と考えていると、ニュースに速報が入った。
「速報です、本日未明、日本海領空に未確認機が侵入、直ちに航空自衛隊によるスクランブル発進が行われました、未確認機は航空機からの無線に応答せず、約15分ほど関東上空を飛行後、新大陸に帰島した模様です」
なおこの発進で航空機による射撃は行われませんでした。
と、アナウンサーは話を終え、深々とお辞儀をする。
「東京の上飛ばれて、撃たないとかもはや平和ボケ通り超えて、ギャグだよな・・・」
たぶんドラゴンに食い殺される人が出ても、動物愛護とかで殺さないだろう。
「どこぞの国みたいに、撃ち落とせとは言わないけど、威嚇射撃ぐらいしたほうがいいんじゃねぇの?」
他の娯楽を奪われ、毎日ニュースに突っ込みを入れる以外にすることがなくなった俺は、
無精ひげ面に4日間洗濯をしていないシャツを着たまま寝転がっている。
正直なところ、あの日以降凄く興奮したのだ。
映画でしか見たことのない生物や世界。
そんな世界が目の前に広がっている、童心、男心、これらをくすぐられない奴はいないだろう。
ただ実際はどうだ、国家単位で情報を遮断し、一般市民は家に押し込められ。
家族に会うことすらできずにいる。
「あの時の羽猫捕まえときゃ良かったかも・・・・」
初日窓にぶつかった羽猫もとい羽の生えた猫。
あいつがいれば何か面白いことがあったのかも、なんてありもしない後悔を口にする。
大きくため息をつき、静かに目を閉じようとしたとき。
ドンッと聞き覚えのある音が窓から聞こえた。
「え?」
あの時ボールが当たった音と勘違いした音が窓から聞こえた。
「ドンッ」
窓に視線を向け固まっているとまた同じ音が聞こえる。
今度は聞き間違いじゃない、確実に聞こえた。
「おいおい、うそだろ?」
恐る恐る、ベランダに通じる窓を開けるとそこにはあの羽猫がいた。
あの時と同じように、こちらを見つめている羽猫。
「おい羽猫、お前またここに来たのか?」
今度は逃げられないように努めて優しい声で羽猫に声をかける。
その意図を知ってか知らずか、羽猫は飛び去るそぶりを見せず、あろうことかベランダで寝そべった。
その姿を写真に撮りたい衝動にかられポケットから携帯を取り出すが、
シャッター音に驚き逃げられては困るので、そっとしまう。
「お前、なんか食うか?晩酌用の鯖缶なら大量にあるぞ?」
そう問いかけると、まるで俺の言葉を理解したかのように羽猫はこちらをじっと見つめ舌なめずりをした。
「まさかな・・・・、まぁいい待ってろよ」
一瞬こちらの言葉を理解したかと本気にしかけたが、明らかに地球の生物じゃない上に、動物、日本語はおろか言葉すら通じないのが当たり前だろう。
俺は羽猫を驚かせないようそっと背を向けキッチンの収納に向かう。
戸棚を開けると、晩酌用の鯖缶が所狭しと並んでいる。
その中でも特別用に買った少しお高めの鯖缶を引っ掴むと再びベランダに戻る。
鯖缶を取りに行っている間に、飛び去ってしまうかと少し心配していたが、羽猫は変わらずそこに居た。
蓋を開け羽猫の前に差し出すと、2回ほどにおいをかぎ、食らいついた。
「うまいだろ?それ一缶1,000円もするんだぜ?」
一心不乱に食いつく羽猫に俺は語り掛る。
せわしなく動く両耳と尻尾、それにつられ揺れる羽。
思わず触れてしまいたくなる衝動を抑え、羽猫を見つめていると、あっという間に鯖缶が空になってしまった。
底まで綺麗になめとられ、金属の輝きを放つ鯖缶はまるで王冠の様を醸し出している。
羽猫はどうやら満足したようで、手足を器用に使い掃除を始めた。
「満足したか?また今度きたら食わしてやるよ、さっきのはもうないけどな」
安い鯖缶なら大量あるぜ、と続けて羽猫に話しかけると、羽猫は掃除をやめこちらを見つめ返してくる。
エメラルドグリーンのような瞳でこちらをじっと見つめたかと思うと、ふっと視線を外された。
「お前もしかして俺の言葉わかったり・・・・しないよなぁ」
自分で問いかけ自分で納得をし、なんとなく空を見上げる。
あの時は大きなドラゴンが空を飛んでいたが、今はいない。
「デカかったよなー、あのドラゴン」
「でもあの子、あんまり賢くないよ」
羽猫に聞かせるわけでもなくただつぶやいた言葉に何故か返事が返ってきた。
小学生ぐらいの女の子のような声が聞こえ思わず俺はあたりを見渡す。
「ただ、凄く人懐っこいから今度乗せてもらうように頼んでみようか?」
声の主は見当たらないのに、言葉は聞こえる。
「どうする?次来た時に一緒に連れてくる?」
音の聞こえるほうに視線を向けると、羽猫が背筋を伸ばしこちらを見ている。
「お前?喋れんの?」
「当たり前でしょ?」
当然でしょ、と誇らしげに鼻を鳴らす羽猫。
その瞳は真っすぐに俺をとらえていた。