第6話「不思議なお店」
あれ、貸切は?
つか……こんな外から全然中が見えない店内で、二人きり……とか!?
しまった、完全に油断してた。出口は――和泉さんの向こうじゃん!
思いっきり動揺していたら、和泉さんがずいっと顔を近づけてきた。
あたしはもう驚きすぎて、心の動揺とは裏腹に、微動だにできなかった。息も止めた。
あ、睫毛なが……って、そんな場合じゃない!
「うーん、これもかわいいんだけどね」
ついっと身を引いて腕を組む和泉さんが目を向けているのは、あたしが長すぎる前髪を留めるために耳の上でクロスさせた白いピンのようだった。
「いちお食品を扱うからさ、それだと前髪落ちてきそう。カットするはダメ?」
「ダメじゃ、ないです……」
昨日、ありがたいことに解雇手当はもらったけど、それでも先行き不透明だし、今月は切り詰めなきゃと思っていたところだったのに。
うう……仕方ない、サイアク貯金に手を付けるしか……。
自分で切るという選択肢を選べない、不器用さが恨めしい。
「ならよかった。おいハル!」
和泉さんが肩越し振り返った先は、グラスやカップが並ぶカウンターだった。するとその奥から、のっそりと人が出てきた。「なに、和泉さん」
ひょろっと背が高い、という表現がピッタリな男性。
あたしと和泉さんの間くらいの年に見える、二十歳くらい?
生成りのエプロンをつけているから、お店のスタッフなんだろう。
眠いのかな……と思ってしまうくらい、声に張りがなく、目があまり開いてない。クラスに一人くらいいる、休み時間はいつも机に突っ伏してる、やる気ない男子という感じだ。
「今日からバイトに来てくれる宝生陽菜ちゃん。陽菜ちゃん、彼は高木治彦。ハルって呼んだげて。あいつもここのバイト。分からないことがあったら俺かあいつに聞いて」
えっ、こんなに暇そうなのに、他にもバイトがいるの!?
驚きつつも、「よろしくお願いします!」勢い良く頭を下げると、ハル……さんは、「ども」と温度のない声でそう言った。頭が少し揺れたのは、もしかして頭を下げた? と思わなくもない。
「ハル、陽菜ちゃんの前髪切ったげてよ」
「分かった」
「あ、安心して。ハルは元美容師で腕は確か。俺もハルに切ってもらってるから」
あたしの動揺も意志も気づかないように、和泉さんはあたしをカウンターに誘導し、「こっちがバックヤードね」そう言って、壁と同色の白いドアを開けた。
てっきりロッカーくらいしかないんだろうと思っていたのに……そこは、しっかり事務所だった。
中央にダークブラウンの大きな机があって、座り心地がよさそうな鮮やかなグリーンのオフィスチェアが4つ。それとは別に、三段引きだしがついたやはりダークブラウンの机が部屋の右奥角にあって、そこにはたくさんの本やら書類が山積みされている。勉強机と言った感じだ。
大テーブルにはノート、勉強机にはデスクトップパソコン+ディスプレイが各一台。
店から続くドアの一直線上に、別のドアがあった。ドアの右手にはお湯も出る洗面台。
店より居心地よくない?
白い壁、机と椅子と床は全て木製という店内はよく言えばナチュラルなんだろうけど、椅子の座面にクッションはなく、時計以外に目を引く雑貨もなく、窓も天井近くに細長い窓があるだけだから閉塞感があって、「居心地」という言葉は程遠く感じる。
先を行く和泉さんが肩越しに指をさしたのは、部屋を入ってすぐ右手の、グリーンのカーテンで仕切られた空間だった。
「あそこロッカールーム。陽菜ちゃんのロッカーは一番手前ね、好きに使って。荷物も置いてっていいよ。あとで鍵渡すね」
言いながら大テーブルの脇をすり抜けて、正面の扉を開けた。重い音がする。
出た先は、薄暗い廊下だった。
正面にはすりガラスに会社名のプレートが貼られたドアがあったけれど、無人のようで室内は暗い。
左手には非常口を示す緑の看板が光っていて、やはりすりガラスのドアは外に通じているらしく、外の明るさがぼんやりと廊下を照らしていた。
「ここが、従業員口。あとでキー渡すね。暗証番号もそのとき教えるから」
えっ!? あたしは驚いた。
初日だよ? まだ働いてないよ? そんな信用していいの?