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まだ今は、何者でもない  作者: 天水しあ
第1章『はじまりの日』
3/8

第3話「まさかのお誘い」

 思ったときにはベンチから立ち上がっていた。

 その衝動で、膝の上からはもちろん、傍に置いていた鞄に無造作に積み上げていた情報誌が、雪崩を打って地面に落ちた。


「あらら」

 特に驚いたふうでもない声を上げると、元バイト先の常連さんは、さっと膝を折って情報誌を拾い出した。

 拾い終わると立ち上がって、一番上の表紙をパンパンと軽く叩いてから、パラパラとめくり始めた。と、思っていたら――。


「見てたよ」


 えっ!?


 驚くあたしに、常連さんは紙面からあたしに目を移した。

 にっこりと笑いかけられ、さあっと血の気が引く。


 店長に「黙れこのエロジジイ!」って怒鳴りつけたアレ?


 「クビだ!」って言われて、「上等じゃん!」ってフリルエプロン投げつけたアレ?


 そのままバックヤードに戻って、鞄をひっつかんで、脱いだメイド服を目の前で床に叩きつけて、店を飛び出したアレ?


 もしかして、店を飛び出した勢いのままエスカレータ脇に設置されたマガジンラックのフリーペーパー全種類をひっつかんでエスカレーターを駆け下りたアレ?

 

『ご飯、奢ってやろうって親切で言ってあげてるのに。何、ヘンに考えちゃってるわけ? どうせロクなモン食べてないんだろ? シンママ家庭なんだからさ』

 思い出しただけで腹が立つ。思わずぐっと拳を握りしめていた。


 たとえ何万もするフルコースでも、おまえなんかと行くわけないだろ! 水呑んでしのいだ方がずっとマシ!!


 でも……あの時、店内には誰もいなかったはず。

 だからあのオヤジも、言いたい放題だったはずなのに。

 歴史を感じさせる、と言えば聞こえはいいけれど、いつも耳障りな音を立てて開く入口のドアからは、何の音もしなかったのに。


「クビ直後にバイト探しか。タフだね。ふつうは落ち込みそうなものだけど」


 『ふつう』の言葉がちくっと刺さる。

 誰もがつまらないというけれど、それはどれだけ望んでも、あたしには得られないもの。


 「落ち込んでられるほど、余裕ないから」もはやお客さんではないとばかり、店内より二オクターブは低い素の声でそう答えた。

 愛想を振りまいている場合じゃない。あてにしていた今月の給料と、何より最大の稼ぎ時の夏休み分、何とかして埋め合わせないと。


「なるほど」

 お兄さんは情報誌をパラパラめくりながら、立ち上がったままのあたしの隣に座る。


「あそこのバイト、どれくらいだったの? 時給とか、勤務時間とか、あと交通費とか」

 何? 思ったけれど、別に隠すことじゃない、もう終わったことだし。

 あたしはサラサラと答えた。常連さんは頷きながら聞いていたけれど、


「なるほど、その程度。なら――ウチでバイトする? ウチも喫茶店なんだけど」

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