第2話「怒りと悲しみ」
パラ。
パラパラッ。
バラバラバラバラッ。
気づいたら最後のページをめくっていた。というか、気づいたらひっつかんできたばかりの無料求人情報誌が、膝の上でぐちゃぐちゃになっていた。
なのに、何の情報も頭に残ってない。
「ダメじゃん!」
思わず声と頭を上げると、耳にかけていた伸び切った前髪が、再び視界を遮る。
「もう、うっとおしい!」オレンジ色に染まった白いベンチの周辺に人気がなく、公園の入り口で遊びを終えたママと子供たちがお別れ前の最後のひと騒ぎをしているのをいいことに、独り言にしては大きすぎる声を上げた。
はずだったのに。
「ナニアレ」
「暑さでやられてんじゃね」
目だけでそちらを見ると、近所の私立中学生カップルがこっちを遠慮なくジロジロ見て、露骨に笑っている。
あたしは鞄を探ることでその視線をやり過ごし、取り出したイヤフォンを耳にねじ込むと、スマホからお気に入りリストの音楽を流した。大きく息を吸い、もう一度しっかりと髪を耳にかけてから、再び膝上の情報誌を表紙からめくり始める。
今度こそちゃんと見なきゃ。夏休みフルで入れる、ちょっとでも時給の高い新しいバイト先――でも気がついたら、またしても目が紙面を滑ってしまっている。
意外と掘り出しものがあるかもしれない、とマガジンラックにあった全種類を持ってはきてはみたものの、全部目を通したはずなのに、目に留まった求人は一つもなかった。
どれを見てもレイアウトが違うだけの同じ情報ばかりが並んでいるように思えたせいもある。
だけど何より!
あたしは大きく息を吐いた。
本当は、沈みかけていてもまだしっかりと熱のある夏の日差しをまともに受けてフリーペーパーめくってるより、家に帰るなりWifi飛んでるところなりで探した方がいいのは分かってる。
でも!
再び突き上げてきた怒りで、ページをめくる手が荒っぽく、速くなっていく。
こんな気持ち、家に持って帰りたくない。
太陽の光で身体から全部! 流し出したい。たとえ制服のブラウスがベトベトになったとしても、だ。
時給は最低賃金スレスレだったし、4月から来た新しい店長はやたらベタベタ触ってくるエロジジイなうえ、食事のお誘いを何度か断ったら「経営難だから」とか、もっともらしいこと言ってずっとシフトを減らされてた。次のバイトを探そうと思ってたんだから、むしろちょうどよかったんだってば。
でも。
手元の紙面が握りつぶされているのが目に映った。
お皿もカップも小物も、レトロなお店の雰囲気も好きだったのにな。
制服もクラシックメイド服でかわいかったのにな。
あの人、ちょっとカッコよかったのにな……。
なんであたしの人生っていつもこんな……思ったら、ぶわっと涙腺が緩んだ。
慌てて、勢い良く首を振る。
ダメダメ、考えてもどうにもならないことを考えてどうする! 泣いたって白馬の王子様なんてやって来やしないし、世を恨んで儚んでいる間に、どんどん遅れをとっちゃうだけなんだから――。
いきなり人影が差した。
足音聞こえなかった――イヤフォンを外しながら、慌てて顔を上げる。
「宝生陽菜さん」
逆光の中、目の前でにっこりと微笑むその姿に目を凝らしてみると――。
えっ!? あの人じゃん!!!