其のニ
可笑しい。
仕事を終わらせ、僕は家に帰った。でもそこにいつもいるはずの優希子がいない。いつもなら夕食を作っているはずの台所にも、居間にも浴室にも何処にもいない。
僕は家を飛び出し、優希子の仕事場へ向かった。その途中だった。優希子にあげた髪紐が道端に落ちていた。そこには少しばかりの争った形跡があった。
まさか…
僕は家とは逆の人通りの少ない荒れている道に向かって走り出した。
この仕事をしている以上、人に恨まれるのは当たり前だ。今までだって何度も仕返しをされた。もし、今回もそうだったら…優希子がいない原因が僕の所為だったら。
僕は進む足を止めることは無かった。しばらく進むと小さな小屋があった。そこから複数の男の声が聞こえる。
優希子…!
ーーーーーー
優希子は目を覚ました。そこは知らない壁に知らない天井。そして先ほどの男達がいた。
「よぉ、目が覚めたか?」
恐怖で優希子は身が強張るのを感じる。
「そんなに震えて、可哀想になぁ。」
「おいおい、辞めてやれよ。」
「此奴なかなかの別嬪だぜぇ?売れば高値になるかもよ」
男達は笑いながら優希子を見る。震える声で優希子は男達に問う。
「あ、あの、どうしてこんな事を…?」
「はぁ?」
「だ、だって私お金持ちでも無いし、綺麗じゃないし、誰かに恨まれるような事した覚えもないし…」
今までふざけて笑っていた男達の表情が変わり、辺りに冷たい空気になるのを感じた。
「あ゛?全部全部…漣のせいだよぉ!」
「え…さ、咲平さん…ですか…?」
「彼奴は殺し屋でな、彼奴は俺達の仲間を殺したんだよ…」
「彼奴は俺達の仕事を邪魔してきた!」
「彼奴のせいで俺達は滅茶苦茶だ!」
優希子は黙って聞いていた。驚いた。でも、優希子はそれ以上に感じていた。
「…やっぱり、そうだったんだ…」
誰にも聞こえない声で優希子は呟いた。仕事があると血だらけで帰ってくる咲平を何度も見ていたから。