其の三
「あ、お帰りなっ!ど、どうしたんですか!」
扉を開けると優希子が出てきた。僕の姿を見てとても驚いていた。それはそうだろう。今日は昨日よりも人が多かった分汚れも傷も多い。それに普通の庶民の娘として暮らしてきた優希子にとっては絶対に見ることのない光景だろう。
「ん?仕事」
「仕事って、と、とりあえず、お風呂入りましょう!着物洗います!別の着物も用意するので!」
そう言ってお風呂に連れて行かれた。きっと優希子は仕事について聞いてくるのだろう。場合によっては優希子を殺さないといけない。でも、なるべく優希子は殺したくはないな。
そんなことを考えながら僕は風呂を上がり居間へ行く。居間には机の上にご飯が用意されていた。
「湯加減大丈夫でしたか?」
「え、うん」
「それはよかったです。お夕飯食べましょう。」
優希子は昨日と変わらなかった。僕はすごく戸惑った。
「聞かないの…?」
「え?」
「だから、何があったのかとか…聞かないの?」
不思議で仕方がなかった。今まで会った人は血に濡れた僕を見て怖がったり、化け物と罵った。生きるために口封じで何人も殺した。なのに、優希子は何も聞かなかった。
「だって、聞かれたくないかもしれないって思って…聞いた方が良かったですか?」
「え、いや、別に…」
「そうですか。…正直、気になるには気になります。でも、もし聞いて貴方が嫌な思いをしたら何て思うと、だったら知らない方がいいんじゃないかって…」
少しだけ寂しそうな表情をする優希子から目が離せなかった。ただの町娘のはずなのに、君は何でそんなに…
「ねえ、優希子って何歳?」
「え?えっと、今年で十五になります。」
「へえ。僕より三つも下なのにしっかりしてるね。」
「そうですか…?」
どうして君はあんな姿を見ても普通に話してられるのか、どうして怖がらないのか、どうして何も聞かないのか…
ますます君の事が謎で仕方がない。
君のことを知りたい。もっと沢山君と話していたい。
そんなことを思ってるのは僕だけかな…
「あ、咲平さん」
「え、何?」
「その着物汚しても構いません、咲平さんが寝泊まりしているお部屋にも何着か着物があります。知り合いから譲ってもらった物なので汚れてるかもしれないですけど、その着物たちは全て咲平さんのものですから、ご自由にお使い下さい。」
「え?」
僕はまだ君に何もしてあげてない。なのにどうして君はそんなに僕に沢山与えてくれるのか。
「優希子は変わってるね。」
「ふふ、よく言われます。世間知らずだ!とか、お人好しだ!とか変わってるって…」
優希子は笑いながら言った。
「でも、私はやりたいこと、やってあげたいことをやって満足してるだけなんですよ。」
「結局は全部私の我儘です。だから咲平さんも私の我儘を押し付けられてるだけだって思ってください。何かして欲しいからとかじゃないって事だけ分かってくれれば大丈夫です。」
こんな人に会ったことは無い、いやこの先きっともう二度と会うことは無いだろう。
「ねえ、僕さ…」
「…?何ですか?」
「いや、やっぱり何でも無い。」
「そうですか。」
優しさで出来てるような優希子の事をもっと知りたい、もっと聞きたい。でも、何も言わない僕が聞くのは…
「烏滸がましいよね…」
小さく呟いた言葉は誰の耳にも届かず消えていった。