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最終話 しんぷさま

 家に帰ってから、私はお父さんとお母さんにすごく怒られました。


 お母さんにもうミサの途中でどっか行っちゃだめ、あと、あのおじさんに近づいちゃダメ、と何回も言われたのだけど、それでも私はミサが嫌で嫌でしかたなくて、公園に行きたくて、やっぱり次の日曜日も途中で抜け出しちゃいました。


 お父さんもお母さんも他の人たちもよく毎週あきずに続けられるなと思います。


 いつもやることあんまり変わらないから私はとっくにあきちゃった。


 公園に行くと、おじさんはいつものようにベンチにいました。


 どうやら寝ているようです。


 びゅーびゅーと強い風が吹きます。すごく寒くて、私はぶるぶる震えてしまいました。


 おじさんはよくこんな寒い公園で寝られるな、と思いました。


「おじさーん」


 呼びかけても、返事をしません。おじさんはピクリとも動きません。


 今気づいたけど、おじさん、いつもとちがって、いびきをしてない。


 ふと、この前の死んでいる猫の姿を思い出しました。


 もしかして、おじさん、今すごいやばいかんじなのかな?


 どうしようかと悩みます。


 こうするとき、どうすればいいのかな?


 病院に行けばいいのかな?


 でも、近くに病院はないし、お父さんとお母さんを呼ぼうかな。


 だけど、今はミサの途中だし……。


 あ、そういえば、近くに交番があったから、そこに行けば、警察官さんがなんとかしてくれるかな。


 と思って、公園を出て、交番に行きました、交番の扉を開けると、警察官さんがこちらに来ました。


「どうしたのかな?」


「あの、公園でおじさんが倒れてて……」


「公園で? よかったら、そこまで案内してくれるかな?」


「うん、いいよ」


 私はその後、警察官さんと公園へ行きました。


 公園へ着くと、警察官さんはベンチにいるおじさんを見て、


「あーこれ、死んでるじゃん」


 とつぶやきました。


 やっぱり、死んでたんだ……。


 警察官さんは大きくためいきをつきました。


「めんどくせー」


 とぼそっと言ったのが聞こえてきました。


 めんどくさい? 死ぬとめんどくさいの?


 警察官さんは私の方を見ました。


「お嬢ちゃん、今からここは立ち入り禁止になるんだけど、ひとりで帰れる? 家までついていこうか?」


「う、ううん、ひとりで帰れる」


「そうか、ならすぐに帰るんだ」


「う、うん」


 私が公園を出るときに振り返ると、警察官さんはケータイを持って、どこかに電話していました。


 きょーかいへ戻ろうと歩いている途中、パトカーが私の横を通り過ぎていきました。



 きょーかいへ戻ると、きょーかいの前にお父さんとお母さんがいました、


 二人とも私に駆け寄ってきます。


「マリア、また抜け出したのね、この子はほんとにもう!」


「ごめんなさい、お母さん」


「またあの公園へ行っていたんじゃないでしょうね?」


「え、えーと」


「正直に言いなさい」


「ごめんなさい、行きました」


「まさかまたあのホームレスのやつがマリアに近づいてきたんじゃないだろうな?」


 とお父さんが怖い顔をしてきます。


 私は首を振りました。


「ううん、あのおじさんね……死んでいたの」


「そっか、よかった」


 とお父さんは笑顔になりました。


 お母さんもほっと一息ついて、安心した顔をしています。


 よかった?


「おじさんが死んだのはよかったことなの?」


「え? えーと……」


 お父さんが困った顔になります。


 お母さんはうーんとうなりながら何やら考えている顔をした後、お父さんの代わりに答えてくれました。


「マリア、人はね、必ず死ぬ運命にあるのよ、神様がそう決めたの。死ぬのは当たり前のことなの。実は毎日のように人はどこかでたくさん死んでいるのよ」


「そうなの? おじさんみたいに、毎日、たくさん死んでいるの?」


「うん、そうなのよ、だから死ぬのは当たり前のことなの、悲しいことじゃないのよ」


「じゃあ、お父さんの言うように、死はいいことなの?」


「もちろんいいことよ、死ねば天国に行けるんだから」


「天国っていいところなの?」


「いいところよ、とても。神様が作ったんだからそうに決まってるじゃない」


「おじさんは、天国に行けたのかな?」


「たぶん行けたんじゃないかしら」


 とお母さんはあまり興味がなさそうに言いました。



 お母さんはああ言っていたけど、私は実は全然お母さんの言っていることに納得できませんでした。


 その話を聞いても、死を当たり前だと思えなくて、ずっと悩んでいました。


 悩んで、悩んで、悩んで……


 晩御飯に大好きなシチューが出ても、全然おいしくなくて、とても苦しい日が続きました。


 そして悩んだまま、次の日曜日になりました。


 今日はなんだか気分が向いたので、最後まできょーかいにいることにしました。


 いつもは適当に歌っている歌も真面目に歌いました。


 せいしょ?という本の話もよくわからなかったけど、黙って全部ちゃんと聞きました。


 ミサが終わったあと、しんぷさまと呼ばれている人のところへ行きました。


 お父さんとお母さん以外で優しく教えてくれそうな人は、しんぷさまくらいしか思いつかなかったのです。


「しんぷさま、私、聞きたいことがあるの」


「なんだい?」


「死ぬことって当たり前なんですか?」


 と言うと、しんぷさまは目をぎょっと大きくしました。


 ごほんとせきを一回したあと、しんぷさまは私の目の位置に目が来るまで、しゃがみました。


「急にどうしたの、どうしてそう思ったのかな?」


「あのね、しんぷさま、この前、公園でホームレスのおじさんが死んでいたの、お父さんとお母さんにそれを言ったら、世界では毎日のように人がどこかでたくさん死んでいて、死ぬのは当たり前のことなんだって言われたの」


「そっか、君はそう思うのかな?」


「ううん、私、ずっと考えていたのだけど、どうしても死が当たり前だと思えないの。毎日人がたくさん死んでいるのに、そう思えないの。私、おかしいのかな?」


「おかしくないよ」


「ほんと?」


「うん、その気持ちは大切にしたほうがいい」


 しんぷさまはにこっと笑って私の頭をなでてくれました。


 しんぷさまはとても優しいので、大好きです。


 だから、私、しんぷさまの言うことは守ろうと思います。







 あのおじさんが死んだ日から、今日で二十年になりました。


 今でもその日を、私はちゃんと覚えています。


 私は公園のブランコに乗りました。


 子供の頃は大きく感じたのに、今ではとても小さく感じてしまいます。


 もうブランコに乗って遊ぶような年じゃないけど、私は子供みたいにそこでブラブラと揺れていました。


 おじさんがいたあのベンチを見つめます。


 二十年前、そこにホームレスのおじさんがいたことなんて、おそらくだれも覚えていないのでしょう。


 あの日、おじさんがここで死んだということを、私だけはこれからもずっと覚えていようと思います。

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