第9話 異世界返りの元勇者が女子にビキニアーマーを着させるんだけど、なにか質問ある?
――剣一郎さん頑張ってください! 目指すは、異世界アパレルショップの全国チェーン展開ですよ!
女神から、そんな無茶ぶりをされて早数日。
今日も大学の中庭にアトリエを構えていた剣一郎の元に、珍しくお客さんがやってきた。
珍しくというか、初日に一人訪れて以来のことだ(しかも、その一人は現在警察で取り調べを受けている)。
「はい、どのような御用――あ」
剣一郎の声が止まる。
「お! その反応はわたしをおぼえてて、くれてたのかな?」
にこやかな顔でそう告げたのは、先日の騒動の時に知り合った先輩女子だ。
名前はたしか――
「北野さん……ですよね?」
「正解!」
ぱちぱちと拍手する彼女。
北野京子は、デニムのショートパンツ、量販店のTシャツの上に、二の腕までの長さの生地の薄いジャケットという出で立ちだった。
5月下旬にしてはだいぶ薄着だが、スポーティーな彼女にはよく似合っている。
「そちらの方々は?」
剣一郎は彼女の隣に目を向けて、尋ねた。
男女二人組だ。
どちらも黒光りするプロテクターで全身を固めており、顔にも目と口元だけを露出した真っ黒なマスクを被っている。
その異様な風体は、剣一郎のアパレル屋以上に、閑静なキャンパスの風景から浮いていた。
「はいはーい、今から紹介するよー」
京子は、プレッシャーを放ちつつ無言で立ち尽くす二人を掌で示した。
「実戦型護身同好会の大和盾くんと大和無敵ちゃんでーす」
二人組は同時に一歩踏み出すと、これまた同じタイミングで首を一つ頷かせた。
「実戦型護身同好会………ですか?」
聞き慣れない言葉を、剣一郎が繰り返す。
応えたのは男の方だった。
「我々は兄弟だが、『自分の身は、たとえ暴力を用いても自分で守れ』が家訓である。父が平和主義者なので」
女の方が言葉を引き継いだ。
「幼少の頃より、合気道などの『先に攻撃を受けてから敵をぶちのめす護身術』を徹底的に仕込まれてきました。父が平和主義者なので」
合気道をまじめにやっている人が聞いたら激怒しそうなことを、真顔で告げた。
「ただし、我々にとってはあくまで防御が最優先事項。そこで本日はこちらのアトリエに護身に役立つ装備を紹介してもらうべく馳せ参じた次第」
「よろしくお頼み申し上げます」
そう告げると、なにかの芸のように動きを同期させて一礼する兄弟。
――またやばそうなのが来ましたわね……
例によって手乗り文鳥の姿に変じた女神が、ゴ○ブリのように黒光りする彼らのコスチュームを眺めつつ、思う。
とりあえずこの前の男子のように、悪い目的を持っているわけではなさそうだが、別の意味で厄介なのは確実だろう。
というか、あのバッ○マンのコスプレのような恰好で授業に出ているのだろうか……
「ってことで、このアトリエのことを話したら興味を持ったみたいだから、連れてきてあげたんだー」
京子が言った。
「わかりました。では、実戦型護身に適した防具を探してみましょう」
あっさり請け負った剣一郎に、女神はそこはかとなく不安をおぼえるが、そんな彼女の気持ちをよそに、元勇者は話を進めてゆく。
「機能の要望はありますか?」
剣一郎が兄弟に尋ねる。
「機能?」
「こんな特性や特殊効果が欲しいとかです。遠慮せず仰ってください」
それを聞いて二人の客は話し合いを始めた。
やがて、兄の方が剣一郎に告げる。
「現在我々が身に付けているプロテクターは、頑強なのだが、かなり重い。そのため動きが鈍ってしまう。ここが改善された物が好ましい」
剣一郎は微かに目をすがめて、黒ずくめの兄弟を見据えた。
「ステータスを確認させてもらいましたが、たしかに敏捷度が低下していますね。特にそちらの女性の方は、完全に装備重量オーバーです。これでは戦闘中、ローリング回避不能では?」
異世界じゃないんだからローリング回避が必要なシチュエーション自体ないでしょ、と思わず心の中で突っ込む女神。
「その通りです。ローリング回避できないから、実戦で不利なことが多いです」
妹がこたえた。
…………………………あるのね。
「では、『軽い』『動きやすい』『防御力が高い』この三点を備えた防具ということでよいでしょうか?」
「ぜひそれでお願いしたい」
「わかりました」
剣一郎は頷くと、足元の宝箱をがさごそ探って、なにかを取り出した。
「こちらはいかがでしょう?」
彼が見せたのは、ひどく表面積の少ない鎧型の防具だった。
鉄でできた部分は、胸と股間のみ。
その二か所が細いひも状の物で繋がっている。
ちょうど女性のビキニが鋼鉄になったような感じだ。
「……これは?」
さすがに兄が疑問の声を上げた。
「ビキニアーマーと言います」
「びきにあーまー………」
剣一郎の言葉をオウム返しする。
妹に至っては、ただ呆然とその防具を見つめるばかりだ。
「軽くて、動きやすく、実は防御力も高い。まさに条件を兼ね備えていると思います」
――それはそうかもしれないけど、問題はそこじゃないでしょう……
女神は翼を広げて、彼の頭を軽くペチペチやったが、剣一郎は例によって怪訝そうな顔を見せただけだった。
「あはははは、なにこれ!? すごーwwwwwwww」
対照的に爆笑したのは、京子である。
彼女は、防具をひょいと手に取って、自分の身体に当ててみせた。
「いや、これホント、紐ビキニじゃんw」
「はい。ビキニアーマーです」
真面目な声でそう返され、ますます腹を抱える京子。
「ていうか、これ絶対防御力なんてないでしょ?w」
「いえ、ありますよ。俺の鑑定スキルで装備時の守備力が見えていますから」
心なし、むっとした顔で返す剣一郎。
「ふーん、じゃあ試しに着てみていい?」
「どうぞ」
いたずらっぽく笑う先輩女子に、彼は軽く頷いてみせた。
「それじゃちょっと着替えてくるね。ほら、無敵ちゃんも」
京子は大和兄弟の妹を手招きする。
「え? わ、わたしもですか!?」
「いやだって、あなたのための装備だし。まあ嫌なら無理しなくてもいいけど」
妹はしばしの間、ためらっていたが、意を決したのか、顔を上げてこたえる。
「わかりました。着ます」
剣一郎は、彼女のためにもう一着ビキニアーマーを取り出して、手渡した。
二人は連れ立って、例の部室棟へ向かう。
ほどなく着替えを終えた京子たちが、戻ってきた。
「じゃーん☆」
そんな声を上げながら、京子が剣一郎たちの前でポーズを取る。
細身ながらも出るところはしっかり出た肢体。
運動系サークルにしては存外白い肌にピンク色の胸当てが眩しい。
端的に言うと、絶妙に似合っていた。
「いやー、さすがにちょっと恥ずかしいねぇ、あははは」
言葉とは裏腹に、腰に手を当てて堂々と大笑する彼女。
対照的に大和兄弟の妹は、顔を真っ赤にして、少しでも肌を隠そうと両腕を体に巻き付けていた。
「無敵……」
兄が呼びかけると、足をもじもじさせ、後ずさる。
彼女は例の黒マスクを外し素顔を晒していたが、想像と違って、おとなしそうな顔立ちであることに、女神は軽く驚いた。
髪はおかっぱで全体的に飾り気がないが、造作は整っており、まず誰に聞いても『かわいい子』に分類されるだろう。
「あんまり見ないで……」
消え入りそうな声で、兄に告げる彼女。
目を伏せて恥じらっている様は、大概の男の琴線に触れるのではないだろうか。
もっとも実の兄と朴念仁の元勇者しかこの場に男はいないが……
「す、すまん妹よ。それでどうだ、着てみた感じは」
「…どうって?」
「動きやすいとか、戦いやすそうとか、防御力が高いなーとか」
「そんなのわからないよ……」
ますます縮こまってこたえる彼女。
「てかさ、やっぱりこれ、防御力とかなくない?」
京子が剣一郎に向かって言った。
「だって、ほとんど素肌を晒してるじゃん? これでどうやって攻撃を防ぐの?」
「俺も初めはそう思いましたけど、実際にこの防具を装備している人が戦うところを見て、納得しました」
「へえ、どうやって防いでたの?」
剣一郎は、人差し指で京子の胸当てを示す。
その指をすっとスライドさせ、今度は下腹部を申し訳程度に覆っている金属箇所を指した。
「この二ヵ所を使って攻撃を受け止めるんです」
「はい???」
きょとんとした顔になる先輩女子。
「この二ヵ所で攻撃を受け止めるんです」
再度告げる剣一郎。
京子は、うーんと唸り、やおら大和兄弟の方を振り返って、「わかる?」と尋ねた。
二人とも首を振る。
剣一郎は立ち上がると、机の脇の旗を手に取った。
「失礼します」
そう断ると、旗を正眼に構え、剣道の胴のように京子の胸当て目掛けて振った。
寸止めして再び元の構えに戻ると、今度は下腹部の鎧に寸止めを繰り出す。
「こんな感じで攻撃を受け止めるんです」
間。
「いやいや、ちょっと待ってよ。足とかお腹とかに攻撃が飛んできたらどうすんの?」
「その時はこう、身体をずらしてその部分で受け止めるよう調整するんです」
京子のツッコミに、身体をなんともいえない所作でくねらせつつ、解説する剣一郎。
一同は、ぽかんとした顔でその様子を眺める。
「なんだそれwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
京子が腹を抱えて大笑いした。
しかし、剣一郎は至って真剣な表情である。
「なんでも、この二ヵ所は希少金属で極限まで防御力を高めてあるという話です。軽くて動きやすく、防御力も高い。ただし、かなりの敏捷度と器用さの能力値が求められますが」
腕を組み、誰も聞いていないうんちくを垂れる剣一郎に、女神は翼を顔に当てて、首を振った。
――やっぱりだめだわ、この子……
「無敵よ、どうだ、できそうか?」
大和兄弟の兄が妹に尋ねた。
「できそうって?」
「いま彼が話したように、実戦で、胸と股間ですべての攻撃を受け止めることができそうかと聞いている」
一瞬なにを言われたのかわからなかったのか、きょとんとした顔を見せる彼女。
ついでみるみる首まで真っ赤になる。
「できるかぁぁぁっっっーー-!!!!!」
正拳突きが兄の顔面に炸裂した。
妹はくるりと反転して、部室棟に駆け戻っていく。
「……残念ながら、気に入らなかったようだ」
「そのようですね」
鼻血を垂らしながら告げる兄に、剣一郎は淡々とこたえた。
「とりあえずお兄さんの方の防具から決めましょう。このライトアーマーとかはいかがですか?」
そう言いながら軽鎧を見せる剣一郎に、しかし、大和兄は首を振った。
「いや、あれでいい」
「あれ……といいますと?」
「あのビキニアーマーとやらだ」
場になんとも言えぬ空気が流れた。
「……ええと、いまお兄さんの防具を探しているんですよね?」
「ああ。俺の防具は、ビキニアーマーでいい」
腕を組み、再度告げる、黒づくめの男。
「というか、ビキニアーマーがいい。見ていたら着てみたくなったのだ」
一陣の風がキャンパス内を吹き抜けていった。
「そ、そうですか、では、どうぞ」
剣一郎は短くこたえると、そそくさと品物を渡した。
さしもの彼も引きつった顔を見せている。
兄は、ビキニアーマーを受け取ると、威風堂々《いふうどうどう》とした足取りで去ってゆく。
その後姿を見ながら、ふいに京子がぽつりと呟いた。
「でもさ、あの人、股間はどうするんだろ?」
剣一郎と女神は目を瞬かせる。
たしかに、あの女性用ビキニアーマーに、件の箇所をどうやって収めるのか、女神には想像がつかなかった。
「……ええと、その、サイズに自信があるのでは…」
剣一郎が歯切れ悪くこたえる。
――いや、それ『自信がないから』の間違いでしょ
心の中でそう突っ込まずにはいられない女神だった。
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しばらくのち、このキャンパス界隈で犯罪行為が発生すると、現場に奇妙な男が現れるという噂がまことしやかに囁かれ始めた。
なんでもその人物は、鋼鉄製の異様なビキニに黒マスクという容貌で出現するという。
『変態仮面』という名称で親しまれるその正義の味方は、一部の学生の間でひそかな人気を博したが、彼の正体は誰も知らないとのことである……。
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