IF/スコール
If
空の高さを歌っても
花散る季節を讃えても
虚しいだけだね
恐れていたことが
現実になってしまった朝
交差点がオレンジ色に染まる
長い影
ビルの向こうから海風が渡ってくる
とても寒い晩夏の朝
信念を曲げず生きてきたつもりが
終点にあったのはただの疲労
自分が残す声や言葉や文字が
悪臭を放っているように思えるのは変わらないけれど
今、錆びきった錠が壊れた
僕はもうきっとこのままどんどん忘れてしまう
くだらないけれど楽しかった日々を
惨めながらも不満だらけでも
愛すべき楽しみを密かに育てていた思い出を
綺麗な空さえあれば
心動かされるシーンがあればと思っていた時代は
もう終わりだ
人間に愛されていなくても世界が愛してくれていれば僕は笑って生きていける
それは完璧な定理に見えた
ただそれを信じるのも疲れた
僕は人間だから
水蒸気にはなれない
人間ならば
色々と必要なものがある
お金とか
食べ物とか
娯楽とか
尊厳とか
人の同情とか……。
空が明るい
風は冷たい
そして僕は誰にも愛されてなどいない
誰も愛せない心が脈を打っている
指先に血が回らない
寒い寒い寒い
未来永劫このままだ
どうしてこんな当然のことに気が付かなかったんだろう
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スコール
私と君と彼と
三人の帰り道
向こうからとぐろを巻く雲
だから言ったじゃないかと
責任押し付け合う間もなく散々な散歩道
買ったばかりのはずのビニール傘が哀れにも風に負けて
君の服の裾が体に張り付いて
私たちは温い風を翼に
彼が手招きする方へ走った
振り返れば
遠くのテラスで花嫁が慌てている
露色のブーケが零れ
観光客も通りすがりもみな展望台の軒下を借りて
小さな悲鳴たちはもう雨音に変わった
砂時計を振り続けるように
激流に揺れる灰色の海が眼前に広がれば
黙りこむ漂流船の乗員
下町に光芒
赤い観覧車に雷鳴
雲と空の境が滲む
来る虹の美しさも忘れうる程
波が轟く夏の海に
不覚にも君の楽しそうな声を聞く
それも随分遠くの思い出みたいに
気紛れな雨が閉じ込めていてくれるならと
笑いながら泣きたくなった
こどもの頃から
もしかしたら生まれて来た時から
なにかずっと愛しているものがある
それがわかった