3題小説 穢れ・デート・名字
「嬉しいな。嬉しいな。初めてのデートだ」
「もっと早く一緒に行けば良かった」
「ホントだよ。こんな可愛い幼馴染放っておくなんて」
今日は病院から近くの場所に来ていた。
数台止まっているだけの寂しい駐車場に車を止めて、木立を抜けたら絶景が出迎えてくれた。
泣きたいぐらいの快晴で、雲ひとつない空。その下に広がる青い地平線。
古い木の柵の下から岸壁をたたく波の音が、時折激しく聞こえてくる。
「どう、凄いでしょ?」
「本当に綺麗だ。渚の言っていた通りだよ」
「ふふん。絶対、サトルと来るって決めてたんだ」
「……来たこともないくせにな」
「いやいや、そこは褒めるべきでしょ! 一生懸命スマホで調べたんだよ、私」
「最近は痛みで寝てるのすら辛かったっていうのに」
「そこは愛の力ですよ。こう、サトルの事を考えると元気が湧いてくる……ちょっと恥ずかしいな」
渚のお母さんから渡されたスマホの検索履歴はそればっかりだった。弱音なんか一つ無い。
LINEに残ってた俺宛の未送信メッセージ。
『私なんか忘れていい女見つけろ!』
「そんな文章送るか迷ってんじゃねーよ」
「いやー、ついつい我ながら未練が残っちゃってさ……できれば一緒の名字になりたかったし」
「忘れられるわけないだろ」
「それでも、聞こえてないだろうけど……やっぱりサトルには幸せになって欲しいな」
「ごめん。でも俺、渚が居ない世界なんて無理だ。お前の憧れの場所、穢すことになる」
「そっか」
木の柵に手をかける。
「じゃあ仕方ないね。あっちで一緒になろうか。鬼籍っていうし」
「今、行くぞ、渚」
「ううん、一緒に行こ」
まるで風に包まれるような感触を手に感じて、俺は落ちた。
東尋岬で男性が飛び降りました。
警察は自殺とみて捜査を勧めています。
「ーーはい、男の人が、一人でブツブツ喋りながら崖際に行ったと思ったら飛び降りたんです」