1.生まれつき人の顔が認識できないせいでなぜか皇后の座を押し付けられた。
「この国の皇帝の美しさはまるで呪いのようだ」
彩光国の皇帝の顔をみたことある人間は自国、他国の物を問わずにそう答えるだろう。その美しさゆえに、兵力に恵まれ、自然豊かなこの国ではある問題を抱えていた。
皇帝は今年で32になるというのに、未だ跡継ぎができないことだ。別に皇帝に子作りの機能がないわけではない。もっと別の問題だ。
「皇帝陛下!皇后陛下が……お亡くなりになりました」
「……そうか、今回も一年持たなかったな。それで今回の死因は何なんだい?」
部下の知らせに皇帝はそっけなく返す。仮にも妻の死の知らせを『今回も一年持たなかった』と返すほど、彼はこの手の知らせを受け続けていた。
この国の王族はなにか一つのことに特化した才能をもって生まれるとされている。
国を作り上げた初代は後に国民から『千里眼皇帝』という異名を国民からもらうほど、先を見据え頭脳で国を作り上げた。そこから皇帝は才にあった異名を国民からもらうという風習ができた。
先代皇帝は生涯無敗の強さを誇り、出会う敵全てを葬ったことから『死神皇帝』の異名を得た。先々代は自身が直接戦うことには向かなかったが、頭の良さで国を広げ、『知略皇帝』という異名を得た。
様々な皇帝がいろんな異名をもらう中、対する当代の皇帝の異名は『美殺皇帝』である。
字を読んでわかる通り、彼は力でも知恵でもなく、その並外れた美しさで人を死に追いやるのだ。
皇帝の美で死んだものとして一番記憶にある古いものは産みの母である。彼女は彼が生まれるまで絶世の美女であり、美しさだけで皇后の座を掴んだものであった。故に、彼女は日に日に傾国の美しさと呼ばれた自分の美しさに近づく息子を恐れたのだ。
『あなたが日に日に美しくなっていくのが怖いわ。あなたはきっと母の美しさをすべて奪ってしまったの。だからあなたのお父様である陛下もわたしのことを見なくなってしまった。ああ、あなたの美しさが憎くて恐い……』
彼の母は誰もが夢中になるほど美しい女性であった。だが、母の美の天下は後の皇帝となる息子が生まれることによって終わりを告げた。母は日に日に美しくなる息子に嫉妬と恐怖の目を向けた。息子が6歳になる頃には、彼に会うと怯えを滲ませるようになっていた。
美しさしかもたない母は息子が美しくなるに比例して、どんどんと精神が不安定になっていき、最後は狂って死んだ。公には事故死として隠してあるが、母の死は自殺だった。息子の誕生日に皇后になった記念に贈られた梅の木に首をつった。
母の死に慌てふためく周りを見ながら、『人というのは美醜で簡単に死ぬ』という事実を後の皇帝となる彼は知った。
12歳になる頃、彼の美しさは既に完成されたものとなった。誰もがその美しさが世界一と認めるほどの美貌へと成長した彼は初めて妻を娶った。
次期皇帝の妻として、同い年の上流貴族の娘を父の命で娶った。一番最初の妻は美しくはないが、素朴な可愛さを持つ心優しい少女だった。一緒に過ごしていくうちに彼女がとても大切な存在になっていった。結婚して一年たった頃、彼は妻に彼女の名前のちなんだ花の柄が入った着物を贈った。彼女は着物を受け取りながら、少し強ばった笑顔でこう返した。
「ありがとうございます、皇太子様。わたしなんかのために贈っていただいて……一生大切にいたします」
そう誓った翌日に彼女は死んだ。彼女に贈った着物を身に纏い、母と同じように梅の木で首をつった。
『平凡な人間であるわたしに、この世のものではない美しさを持つ皇太子の妻として支え続ける覚悟がありません。彼の人の隣は地獄よりも辛い日々でした。』
彼女の残した遺書を読み、彼は母のように美しさだけで人が死ぬことを思い出した。一年も過ごしたから大丈夫とどこかで思っていたのかもしれない。母のように彼女は自分の顔が原因で死ぬわけがないと信じたかったのだ。
その日から、彼は他人に期待することをやめた。それから何度か結婚したが、例外はなく妻となる女は彼の化け物じみた美に精神が狂い、死んでいった。彼の美しさに魅了された父は異母兄弟を皆殺しにし、そのあと病死した。父の死後、20歳で皇帝になり、与えられた後宮で手をつけた女どもも例外なく同じように精神が狂って死んだ。
自分の妻の葬式をあげたのかわからなくなる。それまでに、彼は自分の美に振り回されていた。
「いっそのこと僕の顔がわからない女とか、美醜の判定が逆の女を娶ればこの悲劇は終わるのかもしれないな」
誰にいうわけでもなく皇帝がそう呟けば、側近の一人がそれに答えるように発言をする。
「皇帝陛下、お耳にいれたい話があります」
「なんだ?」
「実は中流貴族の家に『生まれつき顔が認識できない』という噂の娘がいるそうです」
「顔が認識できない娘……? それは本当か?」
「ええ、その娘の父親とは幼馴染みなのですが、娘のことでいつも頭を抱えております。顔がわからないから声や服装で人を判別するそうで、顔がわからないから変な男にひっかからないか心配だと」
「そんな人間が本当にいるのか?」
「娘の方もあったことがあるのですが、本当に人の顔が認識できていないのです。似たような服装なら顔が全然似てない人でも間違えるくらいなんですよ。彼女がいうにはすべての人間がのっぺらぼうに見えるそうで」
顔が認識できない人間。本当にいるのならこの悲劇は終わり、自分の子供も持てるかもしれない。
「……決めた」
「陛下?」
「その顔が認識できないという娘を僕の次の皇后にする!顔が認識できないのなら、きっと僕の美しさで死ぬのこともないはずだ」
本当にそんな女がいれば、跡取りがいないこの国は救われる。そう思った臣下たちはこの皇帝の判断に反対する声は誰一人いなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「梅鈴!梅鈴!大変だよ!大変なんだ!すごいことになってしまった!!!」
広いとはいえないが、狭いともいえない我が家に父の声が響き渡る。表情はわからないが、かなり焦った様子だと梅鈴と呼ばれた少女は感じた。
「なあに? お父様。ついに職場の役職を降格されたの? 残念会でもする?」
声がする方に向かい、父の特徴によく似た背格好の人に声をかける。
「ああ、梅鈴よ……その程度だったらどんなによかったものを……」
この返答で梅鈴は話しかけた相手が父であることが確定した。どうして梅鈴がそんな回りくどい方法をとるのかというと、彼女は生まれつき、人の顔を認識できないからである。
生まれたときから、彼女は人の顔を認識できたことは一度もない。どんな相手ものっぺらぼうに見える。不細工といわれる人も、美人だといわれる人も等しく同じに見えるのだ。自分の顔も認識できない梅鈴は美醜の基準なんてあってないものだ。
当然、こんな欠陥があるものだから嫁の貰い手もなく、18という貴族の娘なら嫁いでいてもおかしくない身で婚約者すら梅鈴にはいなかった。このまま梅鈴は結婚することもなく、死ぬまで家にいるのかもと思っていたのだが、父親の言葉は予想外のものであった。
「梅鈴や、お前を嫁にしたいという人がやってきたのだ」
「はあ? 顔がわからない異常者に縁談? 物好きね」
人の顔が認識できないわり者の娘としてこの辺りで彼女は有名であり、生まれつきそんな欠陥がある彼女を好んで一族に迎え入れようとするものがいるはずもない。
中流貴族の娘に生まれ、普通なら婚約者がいるはずの年になっても婚約が決まらないのはそのせいだ。
「こんな異常者を嫁にしたい変わり者ってだれよ? お父様」
「えっと……その、な……皇帝陛下なんだ。お前のその『人の顔が認識できない』というこのに興味を持った皇帝陛下がお前を皇后にほしいと仰せでな」
父親の言葉が頭の中で響き渡る。この国の皇帝陛下陛下といえば、その化け物じみた美貌のせいで子孫を残すのも難しい、あの皇帝陛下?
「はぃい!?皇帝陛下? あの皇帝陛下でお間違いないですか!?」
「うん、そうだよ……あの皇帝陛下だよ。我が国の頂点で呪われた美貌を持つあのお方だよ」
「……美しさだけで妻を狂わせ自殺させる……通称・美殺皇帝のもとに嫁げというのですか!?お父様の鬼!」
家からろくにでない梅鈴ですら、美殺皇帝の噂を知っている。あまりの美しさに一緒に一夜過ごせば翌日には気が狂って死ぬとか、結婚相手は長くても一年しか正気を保てず全員が狂って自殺するという呪われた美しさで有名だ。その噂話を聞いたとき、顔が認識できなくてよかったと心から思ったほどのある。そして、自分は顔が認識できないという欠陥があるから絶対に皇帝の妃として後宮にはいることもないとも思っていた。それなのに、まさかの側妃を飛ばして、皇后になるのいうあり得ない現実にめまいがする。
「あの美殺皇帝の皇后にわたしが内定したと? あり得ない。あり得なすぎるわ。カもなく不可もないうちの血筋ではよくて側室では?」
「そんなことをいわれても皇帝の命は絶対だぞ? 逆らうとお父様の首が飛ぶぞ? 一族皆殺しぞ?」
「ひええ!!嫁いでも嫁がなくても死とか終わってる!こんな無理すぎる設定今時小説でも流行らんわ」
「残念ながらこれは現実だ、受け入れろ」
「というか、陛下はなにゆえわたしなんかを皇后にしようと? 顔が認識できない欠陥品のわたしを皇后にしようなんて正気じゃないわ」
「むしろお前が顔を認識できないからこそ嫁に来てほしいそうだ」
「はい?」
顔が認識できないから皇后? 全くもって意味がわからない。
「皇帝陛下のお噂は知っているだろう? この間も皇后を亡くされ、深く傷ついておってな。『いっそのこと美醜が判断できないか、美醜の基準が反対の女と結婚すれば
このような悲劇は起こらないかもしれない』とお嘆きになったそうで……それを聞いた我が幼馴染みが顔が認識できないお前を皇后にどうかと推薦したらしく……」
「すべての原因はあのぼんくら親父か!わたしが死んだら恨んでやる!」
父の幼馴染みである上流貴族の劉のおじさまはとりあえず次あったときに回し蹴りしてやるわ。軽い提案で人の人生を狂わせやがって!
「さすがに人が認識できないお前でも皇帝陛下の顔は認識できるかもな。あの人の美しさは人外じみているから」
「もしそうならすごいわ、皇帝陛下。まあ、そんな事情があるなら……めちゃくちゃ嫌だけど皇后になるしかないわよね。一族の命には変えられないわ」
しぶしぶ覚悟を決め、梅鈴は喪明けに皇后として嫁ぐために準備をすることになったのだ。この先嫁ぎ先もなく役立たずな自分が家の役にたつのもきっとこれが最初で最後だろう、そう思いながら……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
前皇后の喪が明け、梅鈴が嫁ぐ日がやってきた。さすがの梅鈴でも人外じみた美しさの皇帝の顔は認識できるのではないかという不安はあったが、結論からいえば美殺皇帝の美貌も梅鈴の前では等しくのっぺらぼうであった。美殺皇帝の人外のような美貌も梅鈴の病気の前では無力のようだ。
「本当に余の顔が見えないのか?」
「ええ、のっぺらぼうに見えますわ」
皇帝だといわれ、紹介を受けた男の顔もやはり梅鈴の目にはのっぺらぼうに見えるだけだ。これが本当に噂の美殺皇帝であるのかと疑うほど、ほかの人間と見え方は変わらない。
『さすがに人間を越えた美しさと称される美殺皇帝ともなれば、他の人とは人とはちょっと違うのかなと思ったけども……』
やっぱりなんと見ても他の人と変わらない
。自分の認識機能はやっぱりおかしいのだ。そう持ったとき、梅鈴に衝撃が走った。
「陛下、式のお時間ですよ」
そう呼びにきた仮面で顔を隠した従者を見て梅鈴は初めて他の人とは違う『顔』を見た。
「はぁ!?皇帝、こっちの顔を隠した方じゃん!!皇帝を名乗ったくせにあんた皇帝じゃない!嘘つきじゃん!」
梅鈴のその言葉に一瞬静かになったあと、周りの人間は好き勝手に言葉を投げつける。
『顔がわからないのではなかったのか?』
『さすがに皇帝陛下の美しさは認識できない人間でもわかるほどの美しさなのでは?』
いろいろな憶測が飛び交うが、答えはそんなもんじゃない。顔は見えなくても梅鈴には彼が皇帝だとわかるのだ。なぜなら……
「どうして僕が皇帝だと思うのかい?」
「いや、だってあなたの顔に『皇帝』ってでかでかと書いてあるし……というか、さすがに間違えたらヤバイ人はこう見えるんだ。新発見だわ」
そう、のっぺらぼうに変わりないが、彼の顔には『皇帝』という文字がでかでかと書かれているのである。これで彼が皇帝でなければこの頭はもうどうしようもない。今すぐ死んで来世に期待するしかない。
「あはははは!!なにその理由!そんなんで影武者と入れ替わったのがばれたの?」
顔を隠した彼は、仮面をとり、顔をさらすが、梅鈴には『皇帝』と書かれていること以外は周りと変わりはない。
「すごい面白いね。誰か、紙と筆を持ってきてくれないか?」
皇帝が声をかければすぐに部下が紙と筆を持ってくる。皇帝は準備されたそれを梅鈴に渡す。
「あのー、皇帝陛下、この紙と筆はいったいなんなのでしょうか?」
「君からは僕の顔がどう見えるのかこの場で描いてもらいたいと思ってさ」
「は、はあ……どんな風に書いても無礼と思いませんか? 不敬罪として首ちょんぱになりませんか?」
「どんだけ怯えてるの? 絶対に死刑にしないことを誓うから描いてよ」
「わ、わかりました」
梅鈴はしぶしぶ皇帝陛下の命令通り絵を描く。といっても梅鈴にはどんな人物ものっぺらぼうに見えるだけだ。皇帝とその他の人物で違うのはそののっぺらぼうな顔に『皇帝』と描かれているかいないかである。
「あはははは!!僕の顔は君にはこう見えてるんだ」
「そうですけど?」
「ふふ、面白いな。他の人にも僕の顔がこう見えていればいいのに」
皇帝のその言葉はどこか影がある言い方であった。なんだかんだ騒動はあったものの、無事(?)に婚姻を結び、梅鈴は何代目がわからない皇后の座を就任した。
「そういえば、陛下と結婚し、一夜を共に過ごした女は気が狂って全員自殺するときいたのですが、本当ですか?」
皇后専用の部屋に案内された梅鈴は皇帝陛下になにげなしに噂を確かめると彼は肯定した。
「そうだよ、僕の皇后、側室も含め、一年以内にみんな僕の美しさに恐怖を抱き、やがて狂い死ぬ」
「そんなバカな話があります?」
「君は僕の顔が見えないからわからないだろうけど、本当なんだ。この美しさは呪いだともいわれたよ。過ぎた美しさは他人の人生をも狂わせると」
「わたしには人の美醜はわかりませんが、そんなに『美しすぎる』というだけで人は簡単に狂うものなんですか?」
「人は美醜で簡単に死ぬよ。現に僕の母は僕の美しさに恐怖を抱き、僕が6歳の時に梅の木に首をつって死んだ」
「え……?」
「最初の妻も母と同じように梅の木で首をつって死んだよ。仲良く過ごせてたと思っていたのは僕だけで、彼女は美しすぎる僕のそばにいることより、死ぬ方が楽だったようだ」
「そんな……」
「『あなたの美しさが怖くてこの世からすぐに消えたい』と目の前で腹を切って死なれたこともあったな。君にはわからないが、僕の美しさはそういう類いのものらしい」
皇帝陛下は悲しげな声色で梅鈴に懇願するようにいった。
「梅鈴、君が旦那にする男は美しさに呪われた男だよ。君はどうか一年以上は生き延びてね?」
その皇帝の一言に梅鈴は『とんでもないところにきてしまった……』と苦笑いを浮かべるしかなかった。