8 本性【ロバート】
私は自分とロレーヌ家の権力を惜しげもなく使い、秘密裏にダスティンとヘインズ伯爵家について調べ上げた。
調べてすぐにヤツの素行の悪さは、ただの噂ではなく本当だったとわかった。平民のお嬢さんや夜の街の女性達は数え切れぬ程、中には下級貴族の御令嬢に手を出した事実を金で揉み消していたこともわかっている。その中には同じ騎士団員の婚約者だった人もいたらしい。
「ろくでもなさすぎる」
想像の上をいく酷さに吐き気がする。女性の好意を利用し、体を重ねたら『一晩寝たくらいで彼女面するな』と捨てるような下衆男だ。
あまりに奔放な息子を見兼ねて、ヘインズ伯爵は結婚させようとしている。そしてその相手としてシャーロットが目をつけられた。
反抗しないように伯爵家より下の爵位で、派手ではなく家庭的なタイプ。そして、ちゃんとマナーや振る舞いができる御令嬢。あとは社交界で使える『美しさ』だ。社交界の華と言われてるシャーロットは適任というわけだ。
恐らく父親は彼女がダスティンのファンだというのも調べた上で、あえて息子から声をかけるように指示したのだろう。
「……逢いたい」
私はあれからシャーロットと話していない。毎日仕事で疲れて、ただ寝るだけ。暇になるとつい癖で彼女へ手紙を書いてしまうが……届けられるはずもない。街で彼女に似合いそうな物が売っていたらつい手をのばしてしまう。
届けられない手紙と贈れないプレゼントが私の部屋に増えていく。
「我ながら……困ったものだな」
ついに堪えられなくて、ばれないように遠くに隠れて彼女を見に行った。久しぶりに見た彼女はやはり可愛くて、全く諦められる気がしない。例えこのまま二度と会えないとしても、彼女を想い続ける自信がある。
♢♢♢
そしてある舞踏会にシャーロットとダスティンが共に出席すると情報を得て、私も参加を決めた。二人はまだ婚約を結んでいない。まだ、間に合うはずだ。
もう少し……もう少しだけ時間が欲しい。あいつを引きずりおろす決定的な証拠を集めたい。彼女に危険が及ばないように監視しなくては。
私は先に会場入りし、舞踏会にいるのが不自然にならないように御令嬢に誘われるままダンスを踊る。あまりダンスを受けない私が踊っているということで、周囲がざわついていた。適当に話を合わせて、笑顔を作る。
踊っていると強い視線を感じて、顔をあげる。するとシャーロットと目が合ってしまった。久しぶりにこんな近くで彼女を見た。それだけで嬉しくて、ついにやけそうになる。
それではまずいと思い、あからさまに視線を外した。シャーロットから見てくれるなんて、もしかして私を気にしているのか?そう思うと胸が高鳴った。
踊り終わって、それとなくシャーロットの姿を追うとやはりダスティンは彼女に近付きダンスに誘っている。
阻止したいが……だめだ。二人はただダンスするだけ。それだけだと自分に言い聞かせる。
ダンスは貴族間では挨拶のようなものだ。私はそれに嫉妬して、無理矢理相手を問いただして彼女に嫌われたんじゃないか。深呼吸をして、これは監視のためだと二人を眺める。
近付いて何か話した後、ダスティンはするりとシャーロットの背中を撫でた。彼女は驚いてビクッと体を震わせている。
あいつ……!殺す。
私は殺気を込めてダスティンをギロリと睨みつけた。一瞬だけあいつと目が合うが、ニヤリと笑ったように見えた。
今夜のシャーロットは背中の大きく開いた少しセクシーなドレスを着ている。似合っているが、危ないのだ。少女から大人へと花開きかけている彼女は、可愛くてあどけないのに色気も出てきている。その危うさが男を惹きつけるのだ。
――だから服装には気をつけてくれと散々言ってきたのに。
そう思いながらジッと見つめていると、シャーロットとも目が合ってしまい慌ててその場を去った。
そしてあの野郎は彼女の頬にキスをして、別れた。やっぱり……殺す。でも、ダンスは一度きりで終わったためホッと息をつく。
しかし、その後も彼女は沢山の男達に声をかけられて困っていた。この一ヶ月、私は彼女に近付く男達への牽制をしていない。すると、一旦落ち着いていたのにまた社交界の華めがけて男どもが群がってきたのだ。
「チッ、煩い虫ばかりだな」
「さっさとお前が止めて来いよ」
いつの間にかブラッドリーが後ろからそう揶揄ってくる。その時、彼女を強引に引っ張る男がいた。
「おい!お前が助けて来てくれ」
「はあ?なんで俺が」
「いいから早く行ってくれ!人助けは騎士の役目だろ。いいか?私の名前は絶対に出すなよ」
ブラッドリーを無理矢理、彼女の元に押しつける。嫌そうな顔をしながらも、本当に困っているシャーロットを見てちゃんと助けてくれた。
はぁ、彼女に何もなくて良かった。そう思っていると、何故かあいつはシャーロットを連れて庭に出て行く。
いやいや、ちょっと待て!どこへ行くつもりだ。不安に思いながらも庭に出るわけにもいかず、そのまま会場であいつが戻ってくるのを待った。
「助けたぞ。もう帰らせた」
「悪かったな、ありがとう。でも私は彼女と二人きりになってくれとまでは言ってない」
私が不機嫌にそう言うと、ブラッドリーはくっくっくと笑った。
「なんだ?俺にまで妬くつもりか」
「……」
「お前は可愛い男だな」
「うるせぇよ」
彼女がいない舞踏会に用事はない。私も最低限必要な挨拶だけしてさっさと会場をあとにした。
♢♢♢
それから一週間後、私とブラッドリーは仕事終わりに飲みに来ていた。
「シャーロット嬢から連絡は?」
「彼女から連絡なんてあるわけないだろ」
「……そうか」
ブラッドリーは何かを考えている。何言ってるんだ?シャーロットが連絡なんてくれるわけがない。もしくれたら死ぬ程嬉しいけれど。
他愛のない話をして、何杯目かの酒を飲んだ時にダスティンが店に入ってきた。俺たちは一番奥の席で飲んでいるためあいつはこっちに気付いていない。
――しかもあいつは女を連れ。真っ赤な口紅をつけ、豊満な胸がこぼれ落ちそうな程布地が少ないいやらしいドレスを着た品のない女があいつにしなだれかかって甘えている。
「お盛んなことだ。この前見かけた女とまた違う」
ブラッドリーはチラリとその様子を見て、馬鹿にしたように鼻で笑った。
「悪いがもう出るぞ。ここにいたら、私はあいつを殴ってしまいそうだ」
「俺も同じ気持ちだ。酒が不味くなる。さっさとここを出よう」
二人共立ち上がり、顔を見られる前に去るはずだった。こいつの会話を聞いてしまうまでは。
「ダスティン様、貴族の御令嬢と結婚するって本当?」
「ああ、親が煩いからな。黙らすために仕方がない」
「あーん、じゃあもう逢えないのね。寂しい」
「馬鹿言うなよ。結婚したって遊ぶに決まってるだろ?そのために文句言わなさそうな女選ぶのに」
「えー?奥様が可哀想」
女はくすくすと笑っている。私はその会話を聞いた時点で、ブチ切れそうだったがなんとか我慢する。
「社交界の華とか言われてるけど、その女ガキみたいにチビなんだよ。俺はお前みたいにセクシーな女が好きなのに、まじで好みじゃないわ」
ダスティンは女を自分の腕の中に抱き、何度も濃厚なキスを繰り返している。
「そうそう、聞いてくれよ!そいつ頬にキスしただけで真っ赤になって固まったんだよ。あり得なくね?」
「えーっ?純情で可愛いじゃない」
「かなりだるい。でもあの女は胸と顔だけはいいから、初物をちょろっと味見して飽きたら家に閉じ込めて放置するわ」
――ふざけるな。もう我慢の限界だった。
バキッ
ガッシャーン
「お前、それ以上何か言ってみろ?二度と口が聞けなくしてやるからな」
私は無意識のうちにダスティンの頬を思いっきり殴っていた。床には割れたグラスの破片が散らばっており、周囲からは恐怖の悲鳴があがっている。
ダスティンは私をギロリと睨み、ペッと口に溜まった血を吐いた。
「痛えな。誰かと思えば、俺のシャーロットに振られたロバート様じゃないですか」
「誰がお前のだ」
「そんなにあの女が好きですか?でも残念ですね、あの子が好きなのは俺だ」
私はこいつの胸ぐらを掴んで、もう一度殴った。吹っ飛んだこいつは、すぐに起き上がり私を殴り返す。
ガシャーン パリーンッ
店内はもう無茶苦茶だ。しかし今の私にはそんなこと、知ったことではない。絶対にシャーロットへの暴言を許すことができない。
「二度と彼女に近付かないと誓え」
「はあ?ふざけんなよ。関係ないやつは引っ込んでろ」
私達はそのまま何度も殴り合って、お互いボロボロだ。私は治癒士だが、体が資本の仕事なので日頃から鍛えているのでそこそこ力は強い。
そしてムカつくが、こいつは騎士団のエースと呼ばれるだけあって体術もかなりできる。一回のパンチが重いので、全身が痛い。しかし、こんな痛みどうって事はない。シャーロットの方が何倍も辛くて痛いと思うから。
しばらくするとあまりに派手に暴れていたからか、騒ぎを聞きつけて仲裁のために複数の騎士団員達が店に入ってきた。しかしそこで殴り合っているのが、私とダスティンなのでみんなかなり驚いている。
ちなみにブラッドリーは、店の端で俺達の喧嘩をつまみに、面白がりながら酒を飲んでいる。こいつ……楽しんでやがる。
若い団員は困ってブラッドリーに助けを求めている。
「ブラッドリーさん!なに呑気に酒飲んでるんですか!二人を止めてくださいよ」
「男の喧嘩に口出しすべきじゃないだろ」
「市民から苦情来てますから!俺達の実力じゃあの二人止められません」
「はあ、仕方ねえな。俺一人でロバート止めるから、お前ら全員でダスティン死ぬ気で押さえつけろ」
もともと力もあり興奮している私達が簡単におさえられるわけもなく、ブラッドリーや騎士団員達もボロボロになりながらなんとか無理矢理引き剥がされた。
「ロバート、帰るぞ。お前らはダスティンをヘインズ家へ送れ」
ブラッドリーが団員に指示を出し、バーのマスターには今日いた客の全ての支払いと店の修繕を約束し「迷惑をかけた」と謝っているのが朦朧とした意識のなかでもわかった。
「馬鹿だな、お前は」
「好きな女をあんな風に言われて、黙っていられるか」
「……馬鹿だが格好良いよ」
全身がズキズキと痛い。頭もくらくらする。もう体が動かない私は、ブラッドリーに抱え上げられた瞬間に意識を失った。