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7 迷惑【ロバート】

 急いで来てくれたのだと思うが、夜着のまま外に出てはいけない。薄く艶のある生地は、柔らかな体のラインがしっかりとわかってしまう。私は染まった頬に気付かれぬように、はあとため息をついた。


「シャーロット、そんな薄着で男の前に出てはいけない」

「だって急いでたんだもの」

「君は女性だ。危ないことを自覚してくれ」


 彼女はまたお説教かとムッと不機嫌になった。


「じゃあ戻るわよ!せっかくあなたが来てくれたのに悪いなと思っただけ。じゃあね、おやすみなさい」


 シャーロットはプイッと背中を向けて、家に入ろうとした。


 違うんだ、怒らせたかったわけじゃない。本当は君に逢えて嬉しくて、嬉しくてたまらなかった。でも心配だと……どうやったら君に伝わるのだろう?


 私は咄嗟に彼女の腕を掴んで、体を引き寄せ後ろから抱きしめた。


 ああ、シャーロットの甘くて良い香りが堪らない。そして、彼女の柔らかな体に触れているだけでバクバクと心臓がうるさい。


「今日は、遅いしもう逢えないと思っていた。君が窓を覗いてくれていて嬉しかった」


 私は素直に気持ちを伝えることにした。恥ずかしいが、緊張して声が掠れる。


「しかも外に出て来てくれるなんて、夢みたいだ。ありがとう」

「い、忙しいなら無理して来ないで。身体壊れるわよ」

「シャーロットに逢った方が元気が出る」


 これは本当だ。君は私の癒しなのだから。お願いだから『来ないで』なんて言わないでくれ。


「……これ以上一緒にいては私の我慢が効かなくなる。さあ、部屋へ戻って」


 私はこのままずっと抱きしめていたかったが、理性を総動員してなんとか体を離した。最後に彼女の顔を見たくて正面にまわる。


 しかし、それがよくなかった。頬を染め潤んだ瞳の彼女はあまりにも可愛らしく、ついおでこにキスをしてしまった。私は誤魔化すように、おやすみと微笑んで家に戻るように促す。


「おや……すみなさい」


 真っ赤な顔で照れながら小声でそう言って去って行ったシャーロット。私は扉が閉まったのを確認して、その場にずるずるとしゃがみ込んだ。


 やばい。可愛すぎる。まだ自分の中には彼女の温もりも、香りも残っている。よくおでこのキスで我慢できたと自分で自分を褒めてあげたいくらいだ。


 もっと彼女に触れたい。もっと彼女を知りたい。キスしても拒否はされなかった。少しは……彼女も私のことを好きになってくれていると思いたい。


 私はこの乱れた心を落ち着かせるために、あえて馬で遠乗りしてから家に帰った。


♢♢♢


 次の日、彼女に逢いに行くと少し恥ずかしそうにもじもじしていた。きっと昨日の抱擁とキスを思い出して気にしているのだろう。私はあえて何事なかったかのように接した。


 すると、シャーロットは数日で元に戻ったので良かったとほっと安心した。私を『男』として気にしてくれるのは嬉しいが、避けられるのは辛い。普通に話せる関係をもう少し楽しみたい。ゆっくりと大事に彼女との距離を詰めていきたい。


 そしてそんな悠長なことを考えていた自分は、なんて馬鹿だったのかとすぐに後悔することになる。


 ある大きな規模の舞踏会へ招かれ、恐らくシャーロットも行くだろうと踏んで私も参加することにした。しかし、仕事で行くのが遅れた私は会場に着くとすぐに彼女の姿を探す。


「いない、なぜだ」


 シャーロットは目立つからどこにいても、すぐにわかるはずなのに。私は沢山の御令嬢方に囲まれるが、適当にあしらいながら会場を端から端まで移動する。


 ――ここにもいない。


 来ていないのか?いや、そんなはずはない。まさか外かと思ってバルコニーに出てみると、庭で沢山の女に囲まれているシャーロットを発見した。


「くそっ、ふざけるなよ」


 その光景を見た瞬間に走り出していた。私のシャーロットに何かしてみろ、たとえ女でも許さないからな。


 庭にたどり着いた時、シャーロットの大きな声が聞こえてきた。彼女がこんな怒るのは珍しい。


 どうやら、彼女が私や他の男から声をかけられてちやほやしているのが気に食わないと八つ当たりをされているようだ。そして、私を体で唆したのかと……そんな下衆な勘ぐりをしている。


 清廉で真面目な彼女が私にそんなことをするわけがない。馬鹿にするのもいい加減にしろと、怒りが沸々とわいてくる。


「それに私のことは何を言われても構いませんが、ロバート様のことを貶めるのはやめてくださいませ!彼が色仕掛けに引っかかるような男性ではないことはお姉様方が一番よくご存知でしょう」


 一人で沢山の御令嬢達に囲まれて怖いだろうに、君は私を庇ってくれるのか……やっぱり好きだ。


 シャーロットが突き飛ばされたのをみて、反射的に体が動いた。倒れる前に肩をそっと抱きしめる。


 ――もう大丈夫。私が守るから。


 ギッタギタに容赦なく叩きのめしてもいいが、さすがに女性相手にそれは良くないとぐっと堪える。しかし、許すことはできない。


 私が笑顔で恐ろしい圧をかけると、女達はすぐに恐怖で震え出した。それを見て優しいシャーロットはこの女達を庇い、見逃した。


「あなたは人気があるんですから。御令嬢達から嫌がらせされるんです」


 それを聞いて、胸が痛んだ。そうか、私が彼女に近付いたせいで性格の悪い御令嬢に囲まれて虐められたのか。


 じゃあ、今回のは完全に私のせいではないか。彼女に近付く男達を裏で牽制はしていた。だが嫉妬した御令嬢達がこんなにあからさまに、君に危害を加えるなんて考えてもいなかった。


 これからは一人で舞踏会には行かせない。私が傍を離れなければ大丈夫だろう。それに、君が私を好きなのではなく、()()君を好きなのだともっと周りにわかるようにしよう。


 何か言いたいことがあるなら、私に直接言えばいい。受けて立ってやる。彼女を傷付けるやつは許さない。


 だが、彼女は私に別の女を探してくれと言ってきた。どうして……そんなことを。やめてくれ。私は君以上に好きになる人なんていないのに。


「迷惑なんです」


 そう言われて息が止まりそうだった。シャーロットのその言葉は本音だろう。


 好きでもない男に惚れられて、好きでもない男を庇って御令嬢方に囲まれて危害を加えられそうになる。確かに迷惑だろうな。


 それでも……それでも諦められない。せっかく君に少し近付けたのに、また離れてしまうのか?そんなの嫌だ。


 私は離れていく彼女を繋ぎ止めたくて、体をぎゅっと抱き締めた。


 するとこの前と香りが違う。甘い香りだが、これは明らかに男の匂い。誰だ……誰と踊った?私はその香りを嗅いだ瞬間に、嫉妬で心が真っ黒になった。


「相手は誰?」


 なかなか相手を明かさない彼女に、苛立ちが隠せない。もしかしてそいつが好きなのか?だから、私を遠ざけようとするのか?不安で胸がしめつけられる。


 気付けばシャーロットをすごい勢いで問い詰めてしまっていた。そして私はつい馬鹿なことを言ってしまった。


「そいつのことが本気で好きだと言うのなら……君をきっぱりと諦める」


 その時のシャーロットは、かなり怒っていた。そりゃそうだろう。恋人でもなければ、婚約者でもない私にそんなことを言う資格はないのだから。


「私は今夜ダスティン様と踊りました。昔から彼に憧れていたし、さっきデートに誘われたんです」


 ――ダスティン・ヘインズ。こいつは最近年若い御令嬢達に人気の男だ。中性的な顔だが、剣の腕は確かで騎士団の若きエースと言われているらしい。


 実は彼女が度々騎士の試合をよく観に行っていたことは、知っていた。恐らくお目当てはダスティンだろう。


 しかし、あいつは今まで彼女に興味を持っていなかったはずだ。それなのに何故急に近付いた?シャーロットだって『憧れ』てはいただろうが、『男として好き』なようには見えなかったのに。


 私は彼女の口から他の男と踊った事実と、デートをするということを聞いて目眩がしてくる。


「邪魔しないで下さい。本当に迷惑なんです。もう家にも来ないで」


 ――もう本当に終わりなのか?


「今までありがとうございました。さようなら」


 私は美しい挨拶(カーテシー)をしたシャーロットを呆然と眺めていた。


 そのままどれくらいそこにいたのだろうか。いきなり姿を消した私を心配したブラッドリーに声をかけられるまで、そこを一歩も動けなかった。


♢♢♢


 ブラッドリーは様子のおかしい私を、無理矢理引きずり舞踏会を後にした。そして、今はこいつのお気に入りのバーで飲んでいる。


「私は迷惑らしい。もう生きていけない」


 私は度数の強い酒を一気に煽って、すぐにもう一杯注文する。


「いや、普通に生きていけるだろ」


 無表情のままのブラッドリーに、冷静に突っ込まれる。傷付いてるんだからせめて、嘘でも優しい言葉で慰めろよ。机にガンと頭を打ち付けた。


 どうして私は彼女を諦めるなんてそんなできないことを言ってしまったのかと、後悔している。


 そんな私を見てこいつは酒をチビチビ飲みながら、くっくっくと面白そうに笑っている。


「何がおかしいんだよ」

「いや。何事も器用に卒なくこなして、飄々と生きてきたお前がこの様だ。恋は盲目とはよく言ったものだ」

「うるさい」


 私は全てを忘れたくて、もう一杯酒を飲み干す。多少ふわふわはするが、もともと酒が強い私はこれくらいでは意識を失えないのが悲しいが。


「しかし、彼女が惚れた相手があのダスティンとは最悪だぞ」

「どういう意味だ?」


 私はそれを聞いて、急に意識がしっかり戻ってくる。


「お前知らないのか?まあ騎士団に入ったばかりだし、あいつ強いから基本怪我をしないんだよな。お前が治療したことないんだな」

「名前と最近若い御令嬢達に人気らしいくらいしか知らない……」

「流石に貴族の御令嬢にはあからさまには手を出してないようだが、毎晩違う女を連れてる。しかも人の女でもお構いなしだ」


 私はそれを聞いて、沸々と怒りがわいてきた。そんな奴がシャーロットに手を出そうとしてるのか。


「爽やかな見た目と社交的な性格、そして剣の腕もあってみんな騙されてる。まあ、上手く誤魔化してるんだろうな。しかし、若い騎士団の男達はみんな嫌ってるらしいぞ」

「彼女は昔から憧れてたって……」

「だから、それを利用してファンの女を連れ込んでポイ捨てだ」


 ――許せない。彼女の純粋な憧れを踏みにじるなんて。


「さっさとあいつの正体をバラして、お嬢ちゃん救ってやれ」

「いや、彼女にはこのことは言わない」

「はぁ?」

「言わずにシャーロットの目の前から消す。きっと叩けば埃が出てくるはずだ」


 だって、彼女がそんなことを知ったら悲しむに決まっている。


「本気かよ?あいつの手の早さは尋常じゃないぞ。手遅れになるなよ」

「わかってる」


 誰がこんな男に彼女をやるもんか。絶対に許さない……手を出したことを後悔させてやる。私はダスティンの周囲を調べることにした。

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