6 好かれる努力【ロバート】
私はシャーロットが好きだ。彼女は俺の命の恩人だから。きっと全然覚えていないだろうけど。
「相変わらず可愛いな」
舞踏会で彼女を遠くで見つめながら、俺がぽつりと呟くと昔からの友人のブラッドリーが呆れたようにため息をつく。
「じゃあ、いい加減声をかけろよ。辛気くさいな」
「うるさい。見ているだけでいいんだ」
私は自分が可愛いと口に出していたことに気がついて、恥ずかしくなり誤魔化すように顔を背けた。
子爵家の長女であるシャーロット・フォレスター、十六歳。彼女は数ヶ月前に社交界デビューしたばかり。その美しさと素直に微笑む可愛らしさから『社交界の華』が現れたと一気に話題になった。ダンスが得意なことも高ポイントのようだ。
まだ若い彼女を自分の手でいちから染め上げたいと、沢山の男達が群がっている。あれは侯爵家の息子、こいつは王族の遠い親戚だったか……あいつの親は外交官だったな。彼女の周りには、将来有望そうな奴等ばかりだった。
私は二十三歳。彼女から見たらかなり年上に思える年の差だろう。実はこの前、舞踏会で彼女が友人と話しているのをたまたま聞いてしまったのだ。
「結婚するならやっぱり年が近い方がいいわ」
「そうね。その方が話が合うし、緊張しないものね」
「五歳も十歳も年上の男性と結婚するのは嫌だわ。だっておじさんに思えるもの」
私はその発言に胸が抉られるような気持ちになった。彼女との年の差は七歳。おじさん……おじさんか。確かに学生の彼女からみて俺はおじさんなのだろう。
そしてはっきりと『嫌』と言っていた。だから、俺は声をかけるのを諦めて遠くから身守ることにした。
彼女にとっておじさんである私は、正直もてる。高給取りの治癒士という職業である上に、伯爵家の長男だ。自分で言うのもなんだが見た目も悪くない。舞踏会では御令嬢達に囲まれるし、体を使ったあからさまなお誘いも山程ある。全て無視しているが。
早く結婚しろと両親や陛下から言われるが、今まで結婚したいと思う人には出逢わなかった。そう、数ヶ月前に彼女に再会するまでは。
もちろんそれなりに女性とお付き合いをしたこともあるが、誰にも本気にはなれなかった。割り切った関係というやつだ。私はこれからどうすべきなのだろうか。
彼女はダンスの誘いを上手く断れず、何度も何度も踊っている。
そんなに連続で踊っては疲れるだろうと心配する。本音を言えば自分も彼女と踊りたい。彼女の腕や腰に手を添えて踊っている男達に嫉妬してしまうのに、目が離せない。
そして、彼女が足を痛そうにしていることに気がつく。しかし周りの男は全く彼女の変化に気が付かず、まだダンスを誘っている。
あいつ達はどこに目がついてるんだ!せっかく彼女の傍にいれる権利があるのに、馬鹿ばかりだ。
シャーロットの顔は痛みで青ざめてきている。どうして誰も気が付かない?ふざけるな。もうこんな奴等に彼女を任せてはおけない。そう思った瞬間、私は駆け出していた。
そして、彼女の腕を取って怪我をした右足に治癒をかける。
「君の口はイエスしか言えないのか?あんなに連続で踊ったら、足を痛めるに決まっているだろう」
俺はつまらない嫉妬から、そんな嫌なことを彼女に言ってしまう。
そして彼女が俺に微笑んでくれたことで、愛する気持ちが急にぶわっと溢れ出し……気がつけば求婚していた。
「シャーロット嬢、私と結婚してくれ」
驚いた彼女は逃げるようにその場を去って行った。ああ、ちゃんと走れている。きちんと足が治って良かったな……と現実逃避しているとブラッドリーにボカっと後ろから殴られる。
「お前怖いわ。俺があの子でも走って逃げるね」
「何でだよ」
「ロバートはあの子のこと知ってるだろうが、彼女にとっては初対面の相手だぞ。年上の見知らぬ男に説教されてドレスの裾をめくられて、いきなり求婚……ホラーだろ」
そう言われると確かにそうだ。やってしまった。
「嫌われたかな」
「嫌われるというより変なやつ認定されてるだろ」
「はぁ……」
どうしたらいいんだ。しかし、直接話したシャーロットは本当に愛らしかった。やっぱり好きだと気持ちが溢れてしまう。俺は本当に彼女を諦められるのだろうか?たぶん無理だ。
俺はどうせ変な奴だと思われているんだと開き直り、彼女に真正面からぶつかることに決めた。
「彼女に好かれるように努力する」
「フッ、まあせいぜい頑張れよ」
ブラッドリーは揶揄うように笑った。
♢♢♢
それからの私は、彼女の家に行き求婚をした。シャーロットは戸惑い困っていた。しかし、これは予想範囲内だ。すぐに求婚を受け入れてくれるわけはないと思っていたから。
私はめげずに毎日彼女に逢いに行った。シャーロットは最初とても迷惑そうな顔をしていたが、だんだんと慣れてきたのかぽつりぽつりと話してくれるようになった。
――それがものすごく嬉しかった。
今まで遠くから見ているだけだった彼女が目の前にいる。彼女が笑ったり怒ったり、表情豊かに動いている姿を間近で見れて幸せ。
治癒士の仕事はかなり忙しくて大変だが、シャーロットに逢いに行けると思うと頑張れる。一日のご褒美だ。
「毎日楽しそうだな」
「当たり前だろ。仕事が終われば好きな女に逢える」
「まさか『どんな女にも本気にならない冷たい男』と言われたお前がそんなに惚気るなんて……恋愛とは恐ろしいものだな」
「自分でもこんな自分、可笑しいと思うよ」
本当に毎日とても楽しかった。遠征でしばらく家を空ける時は、手紙を書いた。今までどれだけ想っていても手紙を書くことなんてできなかったから、何百枚でも書けそうな気分だ。
彼女に似合いそうな小物をプレゼントとして用意して、三本の深紅の薔薇を添えて贈る。数日連続で家を空ける時は、その日数分手紙とプレゼントを事前に用意して毎日贈るように使用人にお願いしておいた。
『愛してる』
手紙にも薔薇にもその願いを込めている。シャーロット、どうか私を少しでも好きになってくれないか。
彼女からは三回に一回くらいしか返事が返ってこなかったが、それでも嬉しかった。逢えなかった日に何をしていたかや、私からのプレゼントを使っているとか他愛のないことを書いてくれていた。それは私の宝物だ。逢えない日は、その手紙を持って行って夜に読み返す。
――これでは恋する乙女は私の方だな。自分で呆れてしまうが仕方がない。
ある日、魔物討伐が長引き治療にも時間がかかった。後処理を終えるとすっかり外は真っ暗。
ああ、今日は逢いに行けると思っていたから手紙も用意していない。あの舞踏会の日からせっかく毎日続けていたのに。こんな時間では家に乗り込むわけにはいかない。それに彼女はもう寝てしまっているだろう。
シャーロットはどうして今日は私が来ないのかと気にしているだろうか?そうだったら嬉しい。そんな勝手な期待をするが、ふと冷静になってそれはあり得ないと考え直す。
きっと彼女は「今日は来なかったわ!もう明日からも来ないかも」と両手をあげて喜んでいるだろう。残念だが、明日からはいつも通り来るから覚悟していろと心の中で呟く。
彼女が愛おしいあまり、私はついつい口煩く彼女に小言を言ってしまう。
学校から寄り道せずに帰りなさいとか、同級生であっても男と二人きりになるなとか、胸や背中の出た露出の多いドレスを着るなとか。今思うと、彼女の言う嫌いな『おじさん』そのものだ。若い彼女には私の心配は理解できないだろう。
「放っておいてください」
彼女によく言われる言葉だ。最初は貴族令嬢らしく取り繕っていた彼女も、毎日来る私には猫をかぶらなくなった。うるさいな、と言う表情を隠しもせずに私に言ってくる。
その言葉を言われるのは辛いが、素の彼女でいてくれるのは嬉しかった。そしてそんな嫌そうな顔も可愛いと思う私は、本当に彼女に惚れているのだと思う。
逢えなくてもいい。彼女の家の前まで行ってから帰ろう。彼女の部屋の電気が消えていれば、寝ているのだと安心できる。
愛馬を走らせて、フォレスター家に向かった。間に合った。まだギリギリ日付をこえる前だ。裏から周り、彼女の部屋が見える位置に移動する。
「電気が……ついてる」
まだ起きているのか。早く寝なさいとまた小言を言いたくなる気持ちと、起きているのならひと目でもいいから逢いたかったなと残念な気持ちになる。
しかし、たいした用もないのにこんな時間に家を訪ねるのは非常識すぎる。そう思って帰ろうとした時に、彼女の部屋の窓が開いた。
「シャーロット?」
私の願いが聞こえていたかのようなタイミングで、突然窓が開いて彼女はこちらを見ている。
私が手を挙げると、彼女も遠慮がちに振り返してくれた。
嬉しい。今日はもう逢えないと思っていたのに。もしかすると、本当に来ない私のことを気にしてくれていたのかもしれない。
フォレスター家に寄ってよかったと思い、そのまま帰ろうとすると彼女が玄関の方を指差して何かジェスチャーをしている。
「え?玄関に来いって?」
――もしかして。出てくるつもりか?
遠目で顔を見れただけでも嬉しいのに、彼女に直接逢えるのだろうか。いや、でもこんな深夜に一人で出てくるはずはないよな……ばれたらシャーロットは両親に怒られるだろう。色々と考えたが、とりあえず玄関に回ることにした。
すると、夜着にガウンを羽織っただけの彼女が玄関からそっと出て来て驚いた。この子は本当に……私のことを男だと認識していないのだろうか。
こんな遅い時間に片想いの相手が薄着で目の前に現れたら、大抵の男は勘違いするだろう。それが彼女は全然わかっていない。