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5 本当の優しさ

 私はロバート様が見える場所にいたくなくて、そこから離れた。するとダスティン様に声をかけられる。


「シャーロットちゃん、久しぶり」

「ああ、ダスティン様。お久しぶりでございます」

「可愛いレディ、俺と踊っていただけますか?」

「は、はい」


 彼は婚約については何も言ってこなかった。ダスティン様が自ら望まれたことではないのだろう。もしかしたら、ご存知ないのかもしれない。


 そんなことを考えながらダンスを続ける。おかしいな、この前はダスティン様と踊れるのがとても嬉しかったのに今夜は何も感じない。


「今日は随分セクシーなドレス着てるね」


 そう言われてハッと意識が戻る。素肌の部分をいやらしくするりと撫でられて、恐怖でゾクッとする。


「もしかして誘ってる?」

「ち、違います。こういうドレスが流行っていて」

「ふふ、冗談だよ。可愛ね」


 彼はあんなことをしたのに、何食わぬ顔でダンスを続けている。するとくるくるとステップを踏んでいる時に、鋭い目でこちらを睨みつけるブルーの瞳に気がつく。


 ――ロバート様。


 彼は私と目が合ったことに気が付き、背を向けてその場を去った。あ、行ってしまった。


 私はダスティン様に気付かれぬように、ダンスに集中することだけを考えた。


「ありがとうございました」

「うん、また踊ろうね」

「はい……」


 曖昧な笑顔を向ける私に、ダスティン様は腰を抱き寄せ頬にキスをして去って行った。


 すると、また沢山の男性達に囲まれてダンスの申し込みをされる。ど、どうして?最近はずっとこんなことはなかったのに。


「ごめんなさい、疲れてしまって」

「では一緒に休憩しましょう。奥に部屋があります」

「い、いえ。一人で結構です」


 私は足早にその場を逃げた。しかし、行くところ行くところで声をかけ続けられる。


「僕と踊っていただけませんか」

「私は友人と待ち合わせをしていているのです。ごめんなさい」

「ご友人を待つ間に一曲」

「いえ、あの。ごめんなさい」


 一体どうしたというのか。最近はダンスのお誘いも簡単にお断りできていたはずなのに、どうして今夜は皆こんなにしつこいのだろう。


 困ってチラリとダスティン様に視線を送ってみるが、彼は一向にこちらに気が付かずに別の御令嬢と話している。


 はあ……助けてくれるわけないよね。スザンヌは今日は舞踏会に来ていないようで見つからない。お父様も近くにいない。


「こっちが下手に出れば調子に乗りやがって。色んな男を渡り歩いてるくせに、もったいつけてるんじゃねぇよ」


 しつこく誘ってくる男にそんな暴言を吐かれて、私は強く腕を引かれる。色んな男を渡り歩くですって?失礼にも程がある。


「痛っ!」

「こんないやらしいドレスを着て。男を誘ってるんだろ?どんなに上手いのか教えてくれよ」

「何の話?きゃあ。嫌、やめて」


 男はペロリと舌を舐めた後、さらに強く腕を引っ張った。私は恐怖で涙が出てくる。怖い、怖いよ。上手いって一体何の話なのだろうか。


 私はこの最先端の美しいドレスがいやらしいとは思わない。でも私にはまだ早いのだ。ロバート様はよく露出の多いドレスを着るなと言っていた。きっとこんな危険があるとわかっていらっしゃったから。その言いつけを守ったら良かった。


「手を離せ」


 男はギリギリと腕が折れそうな程強く捻りあげられている。


「くっ……」

「今すぐに去れば見逃してやる」


 男はガタガタ震えて、足早にその場から逃げていった。


「あ……すみません。あのあなたは」

「ブラッドリー・イザードだ。騎士をしている」

「助けていただいてありがとうございました」

「礼ならロバートに言え。俺は頼まれただけだ」

「え?」


 私はそう言われて驚きが隠せない。目の前の大柄の男性は、ロバート様に頼まれて助けに来てくださった?あんな酷いことを言ったのに、どうして彼が私を気にしてくれるのだろうか。


 ブラッドリー様は外に出ろ、と目で合図を送ってきたので私は後ろをついていく。


 庭のベンチに座るが、彼はだいぶ距離を空けて私の隣に腰掛けた。それだけで彼はきちんとした人なのだとわかる。


「少し話したいことがある。俺には婚約者がいるから警戒するな」

「警戒なんてしておりません。あの、ロバート様に頼まれたというのは本当ですか」

「ああ。絶対にシャーロット嬢に自分の名前を出すなと言っていたがな」


 ブラッドリー様はくくっと面白そうに笑っている。


「え?でも、今ばらされていますよね」

「知ったことか。巻き込まれている俺は迷惑だ」


 彼はさも面倒くさそうにそう言った。


「君はもう少し『社交界の華』と呼ばれている自分の価値を自覚した方がいい」

「最近は男性から強引なお誘いもなかったですし、ちゃんと自分でお断りできていたんです。なのに、今夜はなぜかしつこくて」


 そう言った私を、彼はチラリと見てはぁとため息をついた。


「今まで安全だったのは、ロバートが君に近づく男達を裏で牽制していたからだ。でも今はそれがない。いわば無法地帯だから狙われ放題なんだろ」

「牽制?」


 私はそれを聞いて驚いた。私は自分のスキルが上がって上手にお断りできるようになったのだと一人で勘違いしていたのだ。恥ずかしい。


「ロバートは君が男に無理矢理連れて行かれそうになるのを心配していた。でも、自分が行けば君に迷惑になるから俺に行けと言ったんだ」

「ロバート様……」


 私があの時『迷惑だ』と言ったから。それなのにちゃんと私を見ていてくださったのだ。私は自然とポロポロと涙が溢れてくる。


「俺は君の色恋に口出すつもりはない。友人だからとロバートを選べとも言わない」

「……」

「しかし、君を本当に想っている男は誰なのかもう一度考えてみたらどうだ」

「はい」

「少なくとも君が困っているのに気付かないような、しょうもない男はやめておけ」


 ブラッドリー様は立ち上がって、フッと笑って私の頭をポンポンと撫でた。


「あの、色々とご迷惑をおかけしました。ありがとうございました」

「ああ。気が向いたら、君に振られて凹んでるあいつに連絡してやってくれ。また変な男に付き纏われる前に気をつけて帰れよ」


 彼は振り返らずにスッと手を挙げて去って行った。私はまたポロポロ涙が出てくる。


 知らないうちにロバート様に支えてもらっていたのだと、言われて初めてわかった。どうしてその深い優しさに自分で気が付けなかったのだろう。


「私、ロバート様が好きなんだ」


 初めから年齢が離れてるとか、家格が違うとか、御令嬢に睨まれたくないとか色々理由をつけてロバート様自身をちゃんとみていなかった。


 ――私、馬鹿だな。彼はもう私を許してくれないかもしれない。でも自分の気持ちをきちんと伝えよう。


 そのためにまずはダスティン様との婚約をお断りしようと心に決めた。


♢♢♢


「お父様、ダスティン様との婚約はお断りしてください」

「どうして?」

「私、ロバート様が好きなんです」

「シャーロット、お前……」

「やっと気が付いたんです。もう遅いかもしれませんが、こんな気持ちで他の男性へ嫁げません」

「そうか。わかった」


 お父様はそれ以上は何も言わずに、私の気持ちを尊重してくださった。


 私はロバート様に手紙を書くことを決めた。今までのお礼と……やっと気付いた恋心を素直に綴ろうと机に向かったが、上手く書けずに何度も書き直す。机には書き損じてグシャグシャにした便箋が何枚も散らばっている。


 改めて彼を好きだと自覚すると、素直な気持ちを伝えるのが恥ずかしい。ロバート様は何度も素直に愛してると伝えてくださったのに。


「なんか上手く書けないわ」


 悩んでいる私を見て、ミラは嬉しそうに笑っている。


「お嬢様、上手く書けなくていいんです。そのまま素直にお気持ちを書いてみては」

「でもそんなの恥ずかしいわ」

「きっとロバート様は喜んでくださいますわ」

「そうかな。今更迷惑なんじゃないかな」


 私はペンを取っては置きを繰り返し、一週間くらいかけてなんとか手紙を完成させた。私は手紙にロバート様のイニシャルを刺繍したハンカチと、深紅の薔薇を三本添えて贈る予定だ。


 やっと想いを伝えられると思っていたところに、お父様から衝撃の話を聞く。


「ロバート様が怪我をなさったそうだ。しかもダスティン様と大喧嘩をされたともっぱらの噂だ」

「え?そんな……どうして」

「詳しいことはまだわからない」


 ロバート様が大怪我……。大丈夫なのだろうか。しかもダスティン様と喧嘩なんて信じられない。


「でもロバート様は治癒士(ヒーラー)ですから、ご自身の怪我もすぐ治せるんですよね」


 そうだ。彼は優秀な治癒士(ヒーラー)なのだから怪我の心配はしなくていいはずだ。


「そうか、お前は知らないのか。治癒士(ヒーラー)は自分には力を使えない。他人を治すことしかできないんだよ」

「え……?」


 え?自分を治すことはできないの?


「まあ父親のロレーヌ伯爵も治癒士(ヒーラー)なのだが……派手な喧嘩をした罰として、治してもらっていないそうだ」

「そんな」


 私はロバート様が心配になり、青ざめる。大怪我ってどの程度なんだろうか。


「あの、私ロレーヌ家にお見舞いを……」

「シャーロット、ちょっと待ちなさい」

「ああ、子爵家の私がいきなり伺うのは失礼ですよね。ええーっと……向こうへ手紙を出して、それから」

「そういう話ではない!落ち着いて聞きなさい」


 混乱している私の手をお父様はギュッと握った。私がゆっくりと顔を上げると、お父様は真剣な顔をした。


「二人はシャーロットのことで揉めたらしい。君を軽んじることをダスティン様がおっしゃったらしく、それに怒ったロバート様が殴りかかったと」


 私は驚いて言葉が出てこない。では、ロバート様の怪我は私のせいということ?


「そんな」

「周りにいた人が証言してくれた」

「ダスティン様は、私のことを何と言われたのですか」


 立場のあるロバート様がちょっとやそっとのことで、大喧嘩をなさるわけがない。怒ったとしても、波風が立たぬように裏で圧をかけ上手く場をおさめるはずだ。


 きっと彼が感情的になるほど、私は酷いことを言われたのだろう。


「言えば君が傷付くのがわかっている。だから彼の暴言を教えるつもりはない。すまない、まさか彼があんな男とは思っていなかったんだ。私も娘を侮辱したアイツを到底許せない」


 お父様もかなり怒っている。


「お父様。私は全てを受け止める覚悟ができています。どうか教えてくださいませ」


 私はぐっと口を引き結び、真剣な顔でお父様を見つめた。

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