17 牽制
なんだか体が怠くて重たい。そんなことを思いながら目を覚ますと、私の手をロバート様が握ってくださっていて驚いた。
私が動いたのに気が付き、彼もゆっくりと瞼を開いた。
「ロバート様。私昨日どうやって……」
私が覚えているのは、舞踏会へ行ってダスティン様に閉じ込められて変な薬を飲まされたことだ。その後、ロバート様が助けてくださったはず。それ以降は覚えていない。
「私が連れて帰ったんだ。怖い思いさせて本当にすまなかった。許してくれ」
「いえ、助けていただいてありがとうございます」
「しんどくないか?」
「ええ。体が少し重たいくらいです」
私がニッコリと微笑むと、彼は頬を染めてあからさまに目線を逸らした。一体なんで?
「シャーロット、その……目のやり場に困るからもう一度ベッドの中に入ってくれないか」
そう言われて私は自分の服装を確認すると、まるで下着のような薄い夜着しか着ていなかった。しかもなんかちょっとセクシーなやつ。
「きゃあっ!」
私は頭まで隠れるようにガバッとシーツに包まった。こ、こんな姿をロバート様に見られるなんて。私はなんでこんな薄着で寝ているの?
彼はシーツの上からポンポンと私の頭を撫でてくれる。
「薬の影響で体温が上がっていたんだ。だから薄着だっただけだよ。もちろん着替えさせたのは君の侍女だ」
「そ……そうですか」
「私は一度部屋を出るから。ゆっくり支度をしておいで」
優しいロバート様の声が聞こえ、彼が出て行ったのと入れ違いでミラが部屋に入ってきた。
「お嬢様、ご気分はいかがですか」
「少し怠い程度よ」
「あとでお医者様に診てもらいますから」
「え?いいよ。そんな大袈裟な」
「だめです!お薬を飲まされたのですから。旦那様も、ロバート様もそうするようにおっしゃっていました」
私はお風呂に入り、楽なワンピースに着替えた。しかし、ロバート様には可愛く思われたい乙女心を察知してくれたミラが薄らとお化粧と簡単にヘアセットをしてくれた。
「お待たせしました」
私がリビングに降りていくと、そこにはもうお医者様とロバート様がいらっしゃった。彼も付き添うと聞かないため、お母様とお医者様と一緒に診察を受ける。
「おそらく飲まされたのはよく出回っている即効性の薬で、その効果は数時間です。今は後遺症もなさそうですし心配ありませんよ」
「ありがとうございます」
「その……答えにくいでしょうが大事なことなのでお聞きします。望まぬ行為はありませんでしたか?もしあったのであれば、それ用の薬がございます」
望まぬ行為……?そうか、そういうことをするための薬を飲まされたんだもんね。その瞬間昨夜のことがフラッシュバックし、ブルリと体が震える。
「ありません。大丈夫です」
ロバート様は私の手をそっと握り、ハッキリとそう言い切ってくださったので私はほっとした。お母様もそれを聞いて安心した様子だった。
「もうあの男はこの国にはいない。安心してくれ」
「わかりました」
おそらく、彼がどうなったかは私が聞かない方がいいはずだ。それからの私達は、我が家でゆっくりと二人で過ごした。
「あの、昨日の私はロバート様にご迷惑はかけなかったのでしょうか?」
不安だったことを質問すると、彼は頬を染めて口元を手で覆って隠した。
「別に……なにもない」
――この反応は絶対嘘だ。私は一体何をしたの?
「嘘ですよね!私は何をしたのですか?」
「大丈夫、可愛かったから。私だけが知っていればいいよ」
彼にはぐらかされ、何も教えてもらえなかった。そして夜になってミラと二人きりになった時に、昨日の状態を恐る恐る聞いてみることにした。
「あの時のお嬢様ですか?ロバート様にすりすりと甘えて、頬に何度もキスを繰り返していました。あと行かないでと泣いていらっしゃいましたね」
「え?私からキスを?」
「ええ。あ、でも可愛かったですよ。それにあれはお薬のせいですから」
にこにことミラがそんなとんでもない報告をしてくれた。恥ずかしすぎる。
「ロバート様は素敵な方ですね」
「そうね」
「あんなに可愛いお嬢様を前に、理性を崩さず手を出されませんでしたから。ご自身の腕を噛んでまで耐えるなんて紳士ですよね」
は?ご自身を噛む?
「噛むって何?どういう意味」
「ロバート様も媚薬を炊いた部屋に入られたので、理性を保つために自分で腕を噛まれたのです。あまりに痛そうだったので、こちらで消毒だけさせていただいたんですけど」
「本当!?」
「ええ。本当にお嬢様は良いご結婚相手を見つけられて、ミラは嬉しゅうございます」
彼女は涙を拭って喜んでいる。私は何も知らなかった自分に、はぁとため息をついた。ロバート様がどれだけ私を大事にしてくれているのかをひしひしと感じて、心が温かくなった。
♢♢♢
それから結婚までの半年は、花嫁修行をしながら学校へ通った。私達は定期的にデートを重ね、仲良くしている。
「そろそろ呼び捨てにしてくれないか?」
「いや、それはさすがに失礼です」
「どうして?私が呼んで欲しいんだ。お願い」
「ロバー……ト」
「いいね。もう一度呼んで」
「ロバート」
それだけのことで彼はとても嬉しそうに微笑んでくれる。
「ねえ、ロティて呼んでもいい?」
「ええ!いや……それは流石に恥ずかしいです」
常にそんな甘ったるい愛称で呼ばれるのは、照れるし困ってしまう。
「だめ?」
「だ、だめです」
「じゃあ二人きりの時だけ。ね?」
彼は私をじっと覗き込み無言で圧をかけている。つまり『イエス』以外の返事は聞いてくれないみたいだ。
「じゃあ、二人きりの時だけですよ」
「ありがとう、ロティ。愛してる」
彼はふんわりと笑い、チュッと軽いキスをした。
そんな感じで毎日甘やかされながらも、毎日頑張った私は今ではすっかり周りからロバートの婚約者として認められるようになった。
そしてあっという間に約束の半年が過ぎ、今日は学校を辞める日。私は、ニ週間後に彼の妻になるのだ。素敵なウェディングドレスも出来上がっている。
「皆様、大変お世話になりました。私がロレーヌ家に嫁いだ後も仲良くしてくださいませ」
最後の授業が終わった後、クラスの皆様に挨拶をしてお別れを告げた。
親友のスザンヌとは定期的に会う約束をしたが、他の方達にはなかなかお会いできなくなるかもしれない。一緒に卒業できないのは少し寂しいが、もっと大事なことを私は見つけたのだから仕方がない。
「シャーロット嬢、少しお時間よろしいですか」
「え?ええ」
「シャーロット様!後で僕もお話が」
「へ?」
「私も最後にお伝えしたいことがあります」
「はぁ……?」
なんだかよくわからないが、同じクラスの御令息達に声をかけられる。スザンヌと一緒に帰ろうと思っていたのに……困ったな。
「シャーロット、相変わらずもてもてね。今日何人に告白されるかしら?まあ、社交界の華が学校からいなくなるんだから男性陣は肩を落とすわよねぇ」
彼女は揶揄うようにケラケラと笑っている。
「私、結婚するためにやめるのよ?みんなご存知のはずだから今更そういうのはないわよ」
「何言ってるの!結婚したら二度と言えないから、今日言うんじゃない。青春の美しい想い出として彼等の告白を聞いてあげなさい」
じゃあね、と彼女はひらひらと手を振って去って行った。えー!助けてよ。
私は気が進まないながらも、呼び出された裏庭にとぼとぼと歩いて行った。
「シャーロット様!来ていただいてありがとうございます」
「いえ」
「ご結婚されることは知っています。しかし、僕はずっとあなたが好きでした。あなたは可愛くて、優しくて……いつも一方的に眺めて恋焦がれていたんです」
熱っぽい瞳で私をじっと見つめている。
「ずっと好きでした。それだけ伝えたくて」
「好きになっていただき、感謝致します。でも、私はロバートを愛して結婚します。だからお気持ちにはお応えできません」
彼はフッと微笑み「これで諦めがつきました」と頭を下げた。気持ちには応えられないけれど、好きになってもらえたことはとても嬉しい。それに、気持ちを素直に伝えるのは勇気のいることだとわかるから。
私も「ありがとうございました」と微笑んだその時、後ろからよく知る声が聞こえてきた。
「ロティ、探したよ。迎えに来たから一緒に帰ろう」
そこに立っていたのはロバートだった。なんかいつもにも増してお洒落をしているのか……キラキラしている。
彼がいることに気が付いた御令嬢達は、遠くからキャーキャーと黄色い声をあげている。相変わらずもてるのね。
しかし、どうして学校にいるのだろうか。それに、ロティと呼ぶのは二人きりの時だけと約束したのに!同級生の前で恥ずかしい。
「ロバート!どうして?」
「君に煩い虫が群がっていないかと心配でね。さあ、帰ろう。今日はこれからウェディングドレスの最終確認があるだろう」
……虫?なんのことか分からず首を傾げた。
「そうなのですが、沢山の方からお話があると言われておりまして」
すると、ロバートは大きな声でこう言った。
「シャーロットに用のある男は名乗り出てくれ。悪いがこっちには時間がないのでね。婚約者の私も一緒に聞こう」
しかし、彼の声に反応はなく周囲はシーンとする。あれ?皆さんお話があると言われていたのに。
彼は満足気にニッコリと笑い「よかった、大した用じゃないようだ」と言って、私をエスコートして先に馬車に乗せた。そして彼はなぜか乗らずに入口で立ち止まっている。
「私の妻が今まで世話になったね」
窓から眺めているとぽかんとしている同級生のご令息達に、ウィンクしている彼の姿が見えた。
「ロバート、わざわざ来てくれてありがとうございます。皆さんにご挨拶までしてくださって嬉しいです」
私が素直にお礼を伝えると、彼は少し驚いた顔をしてゔーっと頭を抱えた。
「どうされたのですか?」
体調でも悪いのかと心配していると、ロバートはパッと顔を上げた。
「いや、君と一緒にいると自分の性格の悪さが嫌になるなと思って」
「え?ロバートはとても優しいですよ」
「……優しいのは君にだけだよ」
彼がそう言って微笑んだのでドキッとしてしまった。ロバートがみんなにではなく、私だけに優しいのだとしたら嬉しいと思ってしまった自分がいたから。