16 罰【ロバート】
シャーロットと舞踏会に行き、周囲にも彼女が私の婚約者だと示すことができた。良かった……これであとは二人でこの場を楽しむだけだ。
そう思っていた時に、近衛騎士達に声をかけられた。
「ロバート様、申し訳ありません。実は先程殿下がお怪我をされまして」
「なに?容体は?」
「大したことはありませんが、できれば治してあげていただきたいのです」
チッ、彼女と二人の時に……最悪なタインミングだ。だが、治癒士である以上王族が怪我をして治しにいかないという選択肢はない。しかも殿下ならなおさら。
シャーロットはスザンヌ嬢と一緒にいると言ってくれるので、その言葉に甘えて治療に向かうことにした。
早く帰って来たいので、私は足早に王宮の殿下の部屋をノックする。
「ロバート・ド・ロレーヌ参りました。先程、近衛騎士に殿下がお怪我をされたとお聞きしたのですが」
そう告げたが、一向に返事がない。一体どうしたというのか?まさか返事ができないほど怪我が酷いのか?いや、それでもお付きの使用人がいるはずだ。
勝手に入るわけにもいかず、どうしたものかと悩んでいると別の部屋の警備をしていた近衛騎士が声をかけてきた。
「ロバート様、どうされたのですか?」
「先程殿下がお怪我をされたと報告を受けたのだが、何か知らぬか?」
「殿下が?それは何かの間違いでは?殿下は今、正妃様のお部屋にいらっしゃいますから」
「それは……本当か?」
「ええ。先程確認しましたので間違いありません」
「そうか、わかった」
私は急いで、会場に戻り声をかけてきた近衛騎士を探したがどこにもいなかった。
――チッ、はめられた。シャーロットは……シャーロットはどこだ!
会場を見渡し、彼女を探すが見つからない。どこだ?無事なのか?嫌な予感がする。
そんな時、スザンヌ嬢の姿が見えて急いで追いかけて声をかけた。
「スザンヌ嬢っ!」
「ロバート様?」
「はぁ、はぁ……いきなりすまない。シャーロットを知らないか?君と一緒にいると言っていたのだが」
「え?シャーロットはあなた様に休憩室で待ってるように言われたと言っていましたが、いませんでしたか?」
「休憩室……どこだ?どこの休憩室だ!?」
私はスザンヌ嬢につい大きな声を出してしまった。彼女は一瞬驚いたが、すぐに表情をもどした。
「一番奥です!彼女に何かあったのですね?早く行ってあげてください」
「ああ。もちろんだ、ありがとう」
私は全速力で走った。早く、早く行かなければ。
「おい、騒いでいたが大丈夫か?」
「シャーロットがいなくなった。おそらく誰かに連れて行かれた」
「本当か?俺も一緒にいく」
「ああ、助かる」
息を切らして扉の前にたどり着いた時、彼女の悲鳴が聞こえた。
「ロバート様!ああっ……やっ!助けて!ロバート様!」
その声を聞いた瞬間、私の頭の中でプチっと何かが切れた。彼女に何かしたやつを絶対に許さない。
「ブラッドリー……お前は裏に行ってくれ」
「わかった」
扉には鍵がかかっている。だが、そんなことは問題ではない。私は少し後ろに下がって、助走をとり思いっきり扉を蹴り飛ばした。
バーンッという音と共に、扉をぶち破る。部屋からは嫌な甘い香りがただよっている。
――なんだこの匂いは。
そこにはダスティンに組み敷かれて泣いているシャーロットがいた。
「殺されたくなければ、その汚い手を今すぐ離せ」
地を這う程恐ろしい声を出し、ギロリとやつを睨みつける。怒りで全身が震える。こんな場面を見て正気ではいられない。
「ロバート……さま……ぁ」
「よくここがわかったな」
アイツはぐいっと彼女をベッドに座らせて、喉にポケットから出したナイフを突き立てながら後ろから抱き締めている。
「治せるとはいえ、シャーロットちゃんが傷付くの嫌だろ?それ以上近付くな。一歩でも近付けば刺す」
彼女はカタカタと震えている。
「お前はそこで俺が彼女を味わうのを、指咥えて眺めてなよ」
あいつはベロリと彼女の首を舐め、見せつけるようにドレスの上から胸を鷲掴みにしている。
「ああ、やはり君は顔と胸は最高だね」
「やめ……てっ」
彼女は涙を流し真っ赤になりながら、苦しそうな声を出している。
やはり、こいつは生きている価値がない。私は隙をついてあいつの手を蹴り上げナイフを飛ばした。シャーロットからきゃあ!と悲鳴があがる。私は彼女をギュッと抱きしめた。
「シャーロット、ごめん。助けが遅くなって本当にごめん。怖かっただろう」
「ロバート様、ありがと……ございます」
彼女は頬を染めて、苦しそうにハフハフと息をしている。
その瞬間、外からブラッドリーが窓を蹴破って入ってきた。そして、ダスティンを羽交い締めにしている。
「なんでブラッドリーまでいるんだよ」
「私一人なんて誰が言った?」
「クソっ」
「おい、お前!シャーロットに何をした?様子がおかしい」
「なに……気持ち良くなる薬を飲ませただけだよ」
この男はそんなあり得ないことを言って、ハッと鼻で笑った。私は全力でこいつの頬を殴った。やつの歯が折れボタボタと血が出る。
「シャーロットに手を出したら許さないって言ったよな?お前は言葉が理解できないのかな」
怒りのおさまらない私は、やつの顔をもう一度殴ろうとした。
「はぁ……はぁ……ロバート様、もうやめてくださいませ」
彼女は私に抱きつき、無理矢理手を止めさせた。それで冷静になった私は、彼女の前でこんな姿を見せてはいけないと思い直す。
「わかった、もうしない。怖がらせてごめん」
「よかっ……た」
私は彼女をもう一度優しく抱きしめた。そして、ブラッドリーにアイコンタクトをすると彼は頷いた。
「こいつは騎士団の地下に入れといてくれ。あとで私が行く」
「わかった。任せろ。お前はとりあえずシャーロット嬢を」
「助かる」
体が火照っている彼女を横抱きにして、部屋を出て行く。そして、我が家の馬車に乗せた。
「ロバート様、なんかずっと体が熱くて……苦しいの。助けて……あつい……服脱ぎたい」
潤んだ瞳でとんでもない発言をする彼女の破壊力は凄まじい。しかし、これはいかがわしい薬の影響だ。
「大丈夫、それは薬のせいだ。少しだけ我慢して……部屋に着いたら脱げるからね」
私は理性を総動員し、彼女をなだめる。シャーロットはすりすりと私に甘え、上目遣いでとろんと私を見つめている。
だめだ!私がおかしくなりそうだ。
いたたまれなくて、私はそっと目線を外すと彼女は私の首に腕を回して深く口付けた。
「ふっ……んんっ……」
舌を絡めて、激しいキスをされる。彼女からこんな積極的なキスをされる日がくるなんて。
「はぁ、気持ち……い……」
彼女から甘い声が漏れる。私も気持ちがいい。いや、気持ちが良すぎて困る。そと後唇がそっと離れるが、彼女は困ったように微笑んだ。
「もっとして……もっと欲しいの」
――なんだって!
「私、おかしいかも。いやらしい子でごめんなさい」
彼女は真っ赤になっている。
「こんな私……嫌ですか?」
嫌なわけがない。どんな君も大好きに決まっている。私の理性はあっという間にどこかへ行き、馬車のソファーに彼女を押し倒した。
噛み付くように濃厚なキスをする。いつもよりかなり強引で激しいが、媚薬の効果か彼女は蕩けるような表情だ。
お互いの唾液がこぼれ口から溢れる。それを吸い取り、アイツが触れた首筋も消毒するようにペロリと舐めた。そして、胸をそっとなぞる。
「ああ……んんっ……」
彼女の声を聞いて、ドクドクと男の欲が溜まるのがわかる。私もあの媚薬を焚いた部屋にいた影響もあるのだろう。ああ、苦しい。このまま抱ければどれだけ気持ちがいいか。
――だが、だめだ。これは本当の彼女ではない。私は彼女を大事にすると決めただろう。このまま関係を持てば、明日にはお互い後悔しか残らない。
私は自制するため、自分の腕を血が出る程強く思いっきり噛んだ。その痛みでようやく正気に戻った。
私は苦しそうな彼女を強く抱え込み「もう少しだから」とフォレスター家に着くまでひたすら耐えた。
死ぬ程長く感じたが、彼女の家になんとか着いた。横抱きにして、馬車を降りて玄関の外にミラを呼んでもらう。
「お嬢様っ!ロバート様、一体これはどういう状況でしょうか」
「詳しい説明はあとにするが、実は彼女は騙されて媚薬を飲まされたのだ。彼女が部屋に入るまで男の使用人を絶対に廊下に出さないでくれ。あと、お父上や弟君も同じだ。異性がいるのは危ない」
「わかりました。すぐ指示して参ります」
できる侍女の彼女は、テキパキと指示しシャーロットの家族にも説明をしてくれたようだった。
「男性は皆払いました。どうぞ中に入ってください」
「ありがとう」
彼女をベッドにそっとおろす。シャーロットはまだ私の頬にすりすりと甘え、ちゅっちゅとキスをしている。私もここにいてはいけない。手を離すと、彼女は私の腕をつかんで「行かないで」と泣きだした。
私は心が痛んだが、自分の理性が保てているうちにここを去らねばならない。
「おやすみ。起きたらきっと薬が抜けて楽になる」
私は彼女の頬をするりと撫で、おでこに優しくキスをした。
「ロバートさまぁ、やだっ……寂しいよ」
舌足らずな口調で、甘えるように呟く彼女にクラクラするが心を鬼にして振り返らずに部屋を出た。
ミラには媚薬の匂いのついた服を着替えさせ、水分をなるべく多く取らすようにお願いした。そして絶対に男性を入れぬように念を押した。
シャーロットの両親に今夜の事件について説明し、彼女を危険に晒したことを詫びた。二人はむしろ助けてくれてありがとうとお礼を言ってくださった。
しかし、これは私の油断が生んだものだ。やつは今夜国を出ることになっていた。そして、国を出たと報告は入っていたのだ。まさかあの男がそいつらに裏で手を回して、舞踏会に忍びこんでいたとは思っていなかった。
そしてダスティンのことは自分が責任を持って彼女の前に現れなくするので、任せて欲しいとお願いした。
さあ、今からがお仕置きの時間だ。忠告したにも関わらず私の大切なものに手を出した罰を受けてもらおう。
一人で騎士団の地下牢に向かった。ここは、捕まえた犯罪者を一時的に置いておく場所だ。その入口にはブラッドリーが煙草を吸いながら座っており、私が到着したのを見て他の団員をその場から下げた。
「悪いな。こんな時間まで付き合わせて」
「別にいいさ。クズは牢屋に入れてある」
私は扉を開けて、中に入り手足を拘束されているダスティンを眺めた。
「お前はよっぽど死にたいらしいな」
「ケッ、女一人に真剣になるなんてだせぇんだよ」
「ほう?まだ無駄口をたたけるのか」
ニッコリと笑い、こいつの右腕をへし折った。
バキッという鈍い音と共に「ぐっ」とうめき声が聞こえ顔が苦痛に歪む。
「痛いか?そうか。可哀想にな」
「殺せ……ひと思いに殺せばいいだろ」
「殺す?とんでもない」
そして一本ずつ指をパキパキと折っていく。こいつからは「ひっ……」と声にならない悲鳴が聞こえる。
「殺すなんて勿体無いことしない。一瞬で終われると思ってるのか?それに、優しいシャーロットは私が人殺ししたら嫌がるだろうし」
ニィと笑って「長い夜になりそうだ」と告げ、折って殴っては意識を手放す寸前で治癒魔法をかけて全てを治す。そしてまたボコボコにする……それを繰り返した。
「もう勘弁してくれ。謝るから。俺が悪かった……お願いだ。お願いだからやめてくれ」
そんな恐怖のループを三回繰り返した時、こいつはガタガタと震え出し全面降伏してきた。
「謝ればなんでも許されると?甘いな」
私はこいつの腹を思い切り蹴飛ばした。こいつは今、死ぬよりも辛いだろう。だがお前が騙した女性やシャーロットの心の傷に比べればこんなもの大したことはない。
夜が明けた頃、この国に足を踏み入れたら命の保証はないという書類に了承のサイン書かせてから意識を手放すことをやっと許した。
治癒魔法をかけて、何事もなかったかのように元に戻す。そしてこいつを担ぎ上げ、国外へ放り出すところまで自分で見届けた。他の奴等に任せてまた偽の報告などされてはたまったものではない。
意識を失っているこの男を、隣国の森の中に乱暴に放り投げた。
「さようなら」
私は踵を返し、我が国に戻った。もうこいつと会うことはない。