15 望まぬ再会
私達が舞踏会の会場に入ると、ザワザワと周囲がうるさくなり視線が二人に集まる。
「おや、想像以上の大注目だ。君の美しさにみんな見惚れてるかと思うと妬けるな」
「何言ってるんですか。あなたが注目されてるんです」
私達は小声でそんな話をしながら二人で仲良く腕組みをして笑顔で歩いている。
「ロバート様、ご婚約されたというのは本当でございますか」
ある美しい御令嬢が、後ろに取り巻きを沢山連れて彼に声をかけた。確かこの方は侯爵家のお嬢様だ。ロバートはすぐに、にこりと他所行きの笑顔をはりつけた。
「ええ。情報が早いですね」
「……おめでとうございます」
「ありがとう。祝福してくれて嬉しいよ」
表面的には和やかだが、彼女は明らかに私を睨んでいる。ああ、なるほど。この方はロバート様が好きなのね。
「しかし、ロバート様?シャーロット様は社交界の華と言われていらっしゃるので、とてもおもてになられますわ。心配ですわねぇ」
「そうだね。でも可愛い彼女は目立つのは仕方がない。私が捨てられないように努力するよ」
ロバート様はそんな事を言いながら、はははと笑っている。
「まあ、ロバート様が捨てられるだなんて。でもいいのですか?シャーロット様は……あのダスティン様とも関係があったとか。あの方は手が早かったそうですから、彼女ももう経験豊富でいらっしゃるかもしれませんわよ」
彼はダスティン様の名前を聞いてピクリと眉を動かした。その女は扇子で顔を隠しながら、ふふんと意地悪そうに笑った。
「ダスティン様とは一度お食事をしただけですわ。もちろん何もございません。私はお姉様方と違って子どもですから、全てロバート様に教えていただいているところですわ」
私は美しく微笑みながらそう言った。
「口ではなんとでも言えますからね。素敵なロバート様には、もっと安心できる清廉な女性の方がお似合いではと思っただけですわ」
どうやら、彼女は引く気はないらしい。すると、彼は私の頬を両手で包んでぐいっと近づいてきた。
「ロティ、君の初めての恋人は私だと思っていたが違うのかな?」
彼は甘く蕩けるような声で、周囲に聞こえるように囁いた。しかも『ロティ』だなんて!そんな愛称で呼ばれたことのない私は、頬が熱くなる。
「も、もちろん私の恋人はロバート様以外いません」
そう言った私に。にこりと嬉しそうに微笑み見せつけるようにちゅっと唇に軽いキスをした。
――こんなみんなの前で!
周りにいた御令嬢達はキャーッと黄色い悲鳴をあげている。私は全身真っ赤になり、恥ずかしくて顔を手で隠した。
「皆様、ご心配なく。こんな触れるだけのキスで真っ赤になる彼女が、経験豊富なわけがない。私は彼女と幸せな結婚をするよ」
驚いてぽかんとしている、御令嬢を横目に私の腰を抱き「さあ行こう」と会場を移動した。
「ロバート様……」
「なんだい?ロティ」
彼は揶揄うようにわざとロティと呼んで微笑んだ。
「もうっ!あんな沢山の人の前で恥ずかしいです。こんなことをしたらお嫁にいけません」
「ははっ、ごめん。でもうちに嫁に来てもらわないと困る」
ロバート様がケラケラと笑っているのを見て、周りがザワザワとうるさくなる。
「あのロバート様が、あんなに声をだして笑っていらっしゃる」
「珍しいな。いつもクールなのに」
「彼が社交界の華に惚れ込んでるというのは、本当だったのか」
いろんな場所から色んな声が聞こえる。
「シャーロット、私と一曲踊っていただけませんか?」
「ええ、喜んで」
実は彼と踊るのは初めてだ。ドキドキしながら、そっと手を取る。
ロバート様はとってもダンスがお上手だった。私をリードしてくれて、ステップもターンも軽い。彼とならいくらでも踊っていられそうだ。
「君は羽が舞うように踊るね。とても素敵だよ」
「ロバート様のリードが上手いからです」
「ふふ、君と踊るために必死に練習した甲斐があるね」
「練習してくださったの?」
「ああ。君がダンスが上手と知って焦ったよ」
笑いながらそんなことを言われているが、私は彼が元からダンスが上手いことを知っている。上手いが、必要最低限しか踊らないと有名だったのだ。
「ダンスなんて面倒だと思っていた。しかし、君と踊るのは楽しいし幸せだな」
「ええ」
「愛してる」
「私も愛しています」
そのまま彼と二曲続けて踊った。踊っている最中も、私達は注目され続けていたがもう気にしないことにした。
「ロバート、今夜はかなり目立っているな」
「ブラッドリー……来ていたのか」
この方は以前助けていただいた、ロバート様のご友人だわ。
「この前はありがとうございました」
「いや、気にするな。ロバートと婚約したそうだな」
「はい。おかげさまで」
「おめでとう。こいつが嫌になったら匿ってあげるから、いつでも相談しておいで」
私はブラッドリー様にそう言われて、キョトンとした顔をした。
「何を言うんだ。彼女が私を嫌になるわけないだろ!」
「いや、この独占欲丸出しのドレスを着せてる時点で、お前の執着を感じて怖いわ」
「今日は婚約して初めてだから特別だ。いいだろ?彼女は私のなのだから」
ロバート様はムッと不機嫌になり、拗ねている。なんだかブラッドリー様の前にいる彼は子どもっぽくなるようだ。
彼は邪魔だとしっし、と追い払う仕草をした。ブラッドリー様はくすっと笑って「またな」と手を軽くあげて離れて行った。
その時にバタバタとロバート様の周りに王族を守る近衛騎士達が集まってきた。
「ロバート様、申し訳ありません。実は先程殿下がお怪我をされまして」
「なに?容体は?」
「大したことはありませんが、できれば治してあげていただきたいのです」
彼は一瞬困ったような顔をしたが、もちろん断れるわけがない。まだ幼い殿下は遊んでいてこけたらしい。
「ロバート様、早く行ってあげてくださいませ。私はあそこにいる親友のスザンヌと一緒におります」
「わかった、すまない。すぐに戻るよ。スザンヌ嬢には後で私も挨拶に行くから必ず一緒にいてくれ」
「わかりました」
彼は心配そうな顔をしているが、治癒士である以上このようなことは度々あるだろう。
彼を見送り私がスザンヌのところへ行こうと歩き出した時に、ウェイターから声をかけられる。
「あなた様はフォレスター家のシャーロット様ですね?」
「ええ」
「ああ。良かったです。ロバート様から伝言です。やはり舞踏会で一人にさせるのは心配だから、一番奥の休憩室で待っていて欲しいとのことでした。用事が終わればすぐに迎えに行くとおっしゃられていました」
あれ?さっきスザンヌのところへと言われたばかりだけど……やはり心配なのかな。
「そうですか。わかりました」
「お部屋には飲み物も用意しておきましたので、お好きに飲んでくださいね。では」
「ありがとうございます」
そう言われたら、部屋で待っておくべきなのだろう。私が移動しようとすると、スザンヌに声を掛けられる。
「シャーロット!今夜は目立ってるわね」
「やだ、やめてよ」
「あれ?ロバート様は?」
「今、お仕事で少しだけ抜けられてるの。だから奥の休憩室で待ってて欲しいって」
「そうなの?」
「ええ。後で二人で挨拶に行くわね」
「わかったわ」
私は彼女に手を振って別れ、会場を出て休憩室に向かう。ここはドレスや化粧を直したり、体調が悪くなった人が休む部屋だ。
「一番奥よね……ここかしら」
一応ノックをしたが、もちろん誰もいない。部屋に入るとなんだか少し暑くて蒸し蒸しする。
冷たい飲み物も沢山置いてあったため、私はアップルジュースをグラスに入れて飲むことにした。
――おかしい。冷たい物を飲んでいるのに、体がどんどん火照っている気がする。
それにこの部屋は甘い匂いが充満している。なんだか……どこかでこの香りを嗅いだことがあるような。
私は窓を開けようと、立ち上がったが頭がグラっとして胸がバクバクとうるさく動く。
「シャーロットちゃん、久しぶりだね」
私は声の方を振り向くと、そこにはダスティン様が扉の前に立っていた。
「ダス……ティン様」
そうだ。この香り……彼の香水を何倍も濃くしたような匂い!
彼はニタッといやらしく笑いながらガチャン、と部屋の鍵を閉めた。
「な、なにをするのですか。どうしてあなたがここに?」
私は密室になったことに危険を感じて、カタカタと体が震える。
「君にどうしても逢いたくて」
彼はゆっくりとこっちに近づいて来た。私は怖くて、一歩ずつ後退るがすぐに壁についてしまい逃げられなくなった。
「どうしてそんなに怯えるの?君は俺が好きだろう」
「好きではありません。ここを出してくださいませ。何が目的ですか」
なんとか涙を堪えるが、どうしても声が震えてしまう。
「俺が国外追放になったのは君のせいだ。俺だけこんな目にあうのは耐えられない。君にも傷を負ってもらおうと思ってね」
――国外追放?どういうこと。ダスティン様は騎士団を退団されただけでは?
「国外追放とはなんのことですか?あなたが?」
「アイツお前には何も話してないのか。まあ、どちらにしろアイツが嫌がることって君以外思いつかないんだよな」
私は無理矢理抱え上げられ、乱暴にベッドにおろされた。体調を崩された人のために、休憩室には簡易のベッドが置かれているのだ。
「あの堅物は君にまだ手を出していないだろ?なら俺が君の大事な初めてを貰おうと思ってね」
彼はペロリと舌なめずりをした。それを見るとゾクっと背筋が凍る。
「悔しいだろうな。大切に大切にしていたシャーロットちゃんの初めてを奪うのが俺だったら」
「や、やめてください。お願いですから」
「こう見えても俺は女の子を痛がらせる趣味は無い。その飲み物にも薬を入れたし、部屋にも媚薬を焚いたからすぐに気持ちよくなるよ」
私は驚いて目を見開いた。媚薬……それで、さっきから体が中から熱かったのか。
彼は私の両腕を片手で拘束し、馬乗りになって首や鎖骨辺りにじゅっと吸い付いた。
――嫌だ、嫌だ。気持ち悪い。
「やあっ……ん……」
「ふふ、甘い声出してどうしたの?」
何が甘い声だ。気持ち悪くて吐き気がするのに、体は彼の唇に反応して熱くて苦しくておかしくなりそうだ。
「やだっ!やめ……て!」
「女の子に嫌って言われると燃えるよね」
この人は頭がおかしい。私は恐怖でポロポロと涙が溢れてくる。
「ロバート様!ああっ……やっ!助けて!ロバート様!」
私は大声で彼の名前を呼ぶが「声を出すな」と口を手で塞がれた。息が苦しい。ロバート様……どうか助けてください。私は心の中で何度も彼の名前を叫んだ。
その時、バンッと扉が蹴飛ばされそこには鬼の形相のロバート様が立っていた。