14 代償【ロバート】
シャーロットと正式に婚約できて、私は生きてきて一番幸せだ。彼女も彼女のご両親も半年後に結婚することを了承してくれた。
――はやく彼女一緒に幸せに生きていきたい。
そのために邪魔なものは排除する。彼女を傷付けるものは絶対に許さない。
「あの……ダスティン様はどうなさったのですか?噂では騎士団を退団されたとお聞きしたのですが」
婚約した後、シャーロットはずっと気になっていたであろうあの男について質問してきた。
彼女からあいつの名前が出るだけで、心にドロドロとした黒いもやがかかる。あんなやつに『様』をつける必要もない。
偽りの姿だったとはいえ、学生時代の彼女の『憧れ』であったという事実にも妬けてくる。
「シャーロット、二度とその男の名前は口に出さないで欲しい」
余裕のない私は、つい冷たい声を出してしまう。彼女が悪いわけではないのだからと、怖がられないように笑顔を作るが……変に思われただろうか。
シャーロットの記憶からあの男を消し去りたい。君を傷付けたあいつを私は絶対に許せない。彼女が心配することはないと伝え、これ以上は知らなくていいと無言で圧をかけた。
優しい彼女はきっと、あんなクズでも酷い目にあえば気にするだろうから。だから知らなくていい。
♢♢♢
実は怪我をした数日後、ブラッドリーが我が家に見舞いに来ていた。
「案外元気そうだな」
「ああ。ブラッドリー、悪かった。迷惑かけたな」
私が素直に謝ると、こいつはくくっと笑い出した。
「いや、面白いものが見れた。この飾ってある真っ赤な薔薇を見ると、愛しのシャーロット嬢が来てくれたようだな」
「ん……まぁな」
ブラッドリーはめざとく三十本の薔薇を見つけてそう揶揄ってくる。あの日、彼女が持ってきてくれたという薔薇は『縁を信じる』という意味だ。つまり、私との縁を切りたくないという意思表示だ。
――嬉しい。可愛い。好き。
執事からシャーロット様からのお見舞いですと、花束を持ってきてもらった時……本数を確認して内心めちゃくちゃ喜んだ。顔には出さなしかったけど。
「上手くいったのか?」
「ああ」
「良かったな。大怪我した甲斐があるじゃねぇか」
こいつは遠慮なく力一杯バシバシと、私の背中を叩いた。
「痛てぇよ。怪我してんだぞ?こっちは」
「ははは、痛みなんて感じないくらい嬉しいだろ」
大袈裟に痛がる私にブラッドリーはニヤリと笑った。そして、私はふと彼女とのキスを思い出した。
「なあ……どうやったらキスがレモン味になると思う」
私は彼女とキスをしてから、ずっとぐるぐる考えていたことをそのまま呟いた。
「はぁ?」
「だから、キスをレモン味にしたいんだよ」
何言ってるんだ?と、しかめっ面をしたブラッドリーに真剣な顔で質問する。
「知るか!レモンまるごと齧っとけ」
「キスする直前にレモン齧ってる男なんていないだろ!怖いじゃないか」
「俺はお前の方が怖いわ。なんでそんなわけのわからないことを言い出すんだ」
そして、彼女に初めてキスをした時にレモン味じゃないと言われたことを白状した。そして、できればそれを叶えてあげたいなと思ったことも。
そして……こいつはまた腹を抱えて笑っている。
「くっくっく……はは。涙が出てくる。そうか、十六歳のお嬢ちゃんはそんな夢みたいなことを言い出したか」
「おい、笑うな!可愛いじゃないか」
私はこいつに話したのが間違いだったと気が付いた。純粋なシャーロットのことをこいつが理解できるはずがないのだ。
「レモン味なんていうのは、夢物語だと教えてやるのも大人なお前の役目だろ」
「わかってるけど、夢をみさせてあげたい」
「現実的なお前がそんなこと言うなんて意外だな。他の女がそんなことを言えば鼻で笑うくせに。シャーロット嬢のことになると、お前はおかしくなるらしい」
「煩いな。もうお前には相談しない」
私は不機嫌になり、こいつをジロリと睨んだ。
「ふぅ、まあ冗談はこれくらいで……ダスティンのことだ」
「こっちの証拠は集まった。あとはどうお披露目するかだ」
「そうか。あいつの父親が、フォレスター家が婚約を断ってきたことに激怒してるらしい。子爵家が伯爵家に楯突くのかと……。あとお前との喧嘩もシャーロット嬢絡みだとわかっているから、息子が怪我をしたのは彼女のせいだと責めているらしい」
それを聞いて、私はふつふつと怒りがわいてくる。
「自分の息子が何をしているかも知らずに、馬鹿だな。明日にでもヘインズ家で楽しいお話をしに行くよ」
「お前、動けるのか?」
「ああ。全身痛みはあるが、怪我はそう酷くない」
「なんだ、心配して損した。ロレーヌ伯爵から毎日毎日、シャーロット嬢が看病に来ていると聞いていたからかなり怪我が酷いのだと思っていた。お前、彼女の前で大袈裟に痛がっているだろう」
ブラッドリーは軽蔑した目をこちらに向けるので、私はそっと目を逸らした。
「あー……なんか痛くなってきた」
「下手な芝居はよせ」
「シャーロットに絶対言うなよ」
「親友の楽しみを奪う趣味はねぇよ」
またくっくっくと笑い、じゃあなと部屋を出て行った。
そして、次の日、私はヘインズ家に直接乗り込んだ。いきなり来た私に伯爵は不機嫌さを前面に出していたが、息子さんの大事な話ですと言うと家にあげてくれた。
「ヘインズ伯爵、あなたはご自身の息子さんが何をされているかわかっていますか?」
「……何の話だ」
「ふふ、惚けないでください。知ってるでしょう?素行が悪くてお困りのようですものね」
私はバサッと彼に向かって、あいつが手を出したであろう女性の一覧を投げた。その数はすごい量だ。
「平民の女性は数知れず、貴族の御令嬢にも手を出している。ああ、騎士団の隊長の奥様ともご関係があったみたいですね。いやぁ、これはいけない。まだバレていないようですが、明るみに出れば罰則ですね。いや、規律違反で退団かな?」
「なん……だって」
「君しか好きじゃないと甘い言葉を囁いて、女を抱いてポイ捨てだ。捨てられた女は傷付いて、自殺未遂している人もいる。父親としてどうお考えですか?」
私は無表情のまま、わざと口元だけニコリと笑った。ヘインズ伯爵は青ざめて震えていた。
「わ、私が責任を持って……彼女達に謝罪する。だから、見逃してくれ。君の望みはシャーロット嬢だろう?こちらは手を引く!あいつにも二度と近付かせないと約束させる」
そんなことは当たり前だ。お前なんかに彼女の名を呼んでほしくない。
「彼ももう大人です。甘やかすのは良くないのでは?」
「か、かならず更生させる」
「無理なんじゃないですかね。ここに、アイツ呼んでください。直接話したい」
ヘインズ伯爵は外の使用人に声をかけ、怪我が治っていないダスティンを部屋に呼んだ。あいつは私をみた途端に、ギロリと睨んでムスッとしている。
「なんだよ!なんでお前がうちにいる」
私に突っかかるアイツに、伯爵は「黙れ」と嗜めている。
「ああ、ダスティン。この前は感情的になって悪かったね。どうしても君に聞きたいことがあるんだよ」
なるべく穏やかな表情でそう話しかける。
「けっ。悪いなんて思ってもいないだろ!こっちは話すことなどねぇよ」
こいつは態度を改めるつもりは一切ないらしく、悪態をついている。
「ダスティン、お前は自分に惚れた少女達を金持ちの貴族や商人に売っていたな?」
私が冷たくそう話すと、彼は驚いた顔をした後青ざめた。
「な、何を。そんなことしているはずがないだろ」
「ほお?しらばっくれるのか。お前は夜の街に入り浸り賭け事にもよく行っていた。騎士の給与が高いとはいえ、新人のお前が毎日そんなところで遊べる金があるわけない。しかし、お前はいつも女性に羽振りが良く金がないようには思えなかった」
「はっ……俺は伯爵家の息子だぜ?金がねぇわけないだろ」
ダスティンは震えながらも、まだ誤魔化すつもりらしい。
「そうかな?ヘインズ伯爵はお前の素行の悪さを心配して、家の金を自由には使わせなかったはずだ。そうですね?」
「あ……ああ」
伯爵はこの世の終わりのような絶望した表情をしている。
「誰に何人売っていたか全て調べはついている。本当に酷くて反吐が出る。自分への恋心を利用して若い女性を金持ちに売りつけるなんてな」
「し、していない。何かの間違いだ」
「間違い?じゃあ、この事を陛下に報告しよう。事実じゃないなら、国がお前の無実を証明してくれるだろう」
私はフッと笑った。
「陛下はこういう事件が大嫌いだと知っているだろう?事実なら、お前だけでなくヘインズ家もただではすまないことを覚悟しろ」
そう。今の陛下は民を思いやる名君だ。それに強い者は弱い女性や子どもを慈しみ、守るべきだというお考えなのである。人身売買や売春などゆるすはずがない。
「待て!悪かった……陛下には言わないでくれ。あんたは何が望みだ?何でも言うことを聞く」
「何でもだと?お前は私の大事な女性を傷付けた。それを許せるわけがない」
「大事な女性?それってシャーロ……」
私はダスティンの胸ぐらを掴んで、首をグッと絞めた。
「汚らわしいお前が彼女の名を口に出すな」
「ぐっ……かはっ」
「二度と呼ぶな」
苦しそうな声を出したので、パッと手を離したところ床にドサっと倒れ込んだ。ゴホゴホッと苦しそうにむせているのを、冷たい目で見下ろす。
「ヘインズ伯爵。こいつと縁を切って国外追放して、被害を受けた女性への支援をしてください。それならば陛下への報告は控えましょう」
「縁を……切る」
「ええ。この馬鹿息子には手を焼いていたでしょう?沢山調べたがあなたは確かにこいつを更生させようとしていたし、この悪事について知らなかったことはわかっている。こいつのせいでヘインズ家が没落するのに耐えられますか?」
ヘインズ伯爵はギュッと目を閉じて、ふうと重たいため息をついた。
「わかった。君の条件を飲む」
「ありがとうございます。あなたは賢くて良かったですよ」
「父上!待ってください!」
「喋るな。何度も忠告してきたはずだ。お前はもううちの息子ではない」
実の父親にそう言われたダスティンは、絶望し動けなくなっていた。
私はヘインズ伯爵にシャーロットに二度と関わらないことと、ダスティンを国外追放すること、被害女性の支援をすることこの三つを誓約書に書かせることを条件に、事件を明るみにしないことを約束した。
表向きは女遊びが激しく、素行が悪いダスティンを見放した伯爵が騎士団を退団させ他国の知り合いに預けるというシナリオにした。
これでこいつを社会的に抹殺し、彼女の目の前に二度と現れないようにすることができた。
だが、シャーロットはこんなこと知らなくていい。彼女を傷付ける人物を裏で消すのは私の役目なのだから。